『雪舞いの三重奏』

紫亜

Ⅰ.

第1章 雨の駅前広場――邂逅


 十一月のはじめだというのに、季節外れの冷たい雨が降り続いていた。どことなく空気が張りつめているような朝。いつもより少しだけ早めに自宅を出た俺――結城悠人は、駅前広場の石畳を大股で歩く。大学の一限目にギリギリ間に合いそうな時間帯。傘を差していても、斜めから降りつける細かな雨粒がコートの襟元を容赦なく濡らしてくる。


 そのとき、聞こえたのは妙に明るい声だった。

「わあっ、こんなに降ってくるなんて聞いてないよ。天気予報、外れたんじゃないかなぁ」

「でも、予報では昼前に止むって言ってたし……」

 思わず顔を向けた先、そこには相合傘ですらない状態で、二人の少女が立ち尽くしていた。服の袖や髪先がしっとりと濡れ、寒そうに肩をすくめている。


 一人は長い髪を明るく揺らし、にこにこと笑顔を絶やさない印象。もう一人は対照的にショートカット寄りの落ち着いた髪型で、どこか遠慮がちにうつむいていた。

 どうやら傘を持っていないらしい。困っている様子が伝わってくるが、俺は正直少し迷う。声をかけるべきか、そのまま通り過ぎるべきか。


 しかし、彼女たちがあまりにも困り顔をしているのと、見つめられた視線のせいで、結局は立ち止まってしまった。

「……あの、よければ俺の折りたたみ傘、使いませんか? 小さいから三人は無理でも、二人ならどうにか……」

 思いがけず自分から声をかけた俺に、長い髪の子がぱっと笑みを浮かべる。

「え、いいの? でも、あなたはどうするの?」

「俺もぎりぎりまで一緒に入れば、大学が近いからなんとかなるかなと……」


 決して余裕があるわけではない。むしろ時間はぎりぎり。しかも初対面の女子と相合傘というのも気恥ずかしい。ただ、不思議なことに、それ以上の“何か”が俺の行動を後押ししていた。

「助かるわ! 私、姫川 優香。こちらは氷室 凛々。ええっと……あなたは?」

「結城悠人……です。よろしく」

 そう言って慌ただしく傘の中へ身体を寄せ合う。ぎこちなくなりながらも、三人は駅から大学へと向かった。

 長い髪の“優香”は、まるで雨なんて気にしていないかのように元気で朗らか。対照的に“凛々”という少女は、こぼれ落ちる雨粒を数えるように視線を落としていた。

 俺は雨音を聞きながら、彼女たちのまっすぐな瞳と、どこか儚げな雰囲気に惹きつけられている自分に気づいた。


 あの朝の雨が、すべての始まりだった――。


第2章 三人をつなぐ旋律


 無事に大学へ到着すると、二人は同じ音楽サークルに興味があるという。

「私たち、途中からでも入れるのかな? 半端な時期に入部するのってちょっと心配なんだけど……」

 優香がそう言いながら、視線で凛々を促す。

「……私、歌を歌いたいけど……人前に立つのが苦手で……」と凛々はおずおずと打ち明けるように言った。


 俺は音楽サークルに所属し、ギターを担当していることを伝え、二人を部室まで案内することにした。大学構内を歩きながら、優香がにこやかに口を開く。

「へぇ、ギターやってるんだ。すごいね。私、歌が好きで……よかったら弾いてくれないかな?」

「……え、俺が?」

「そうそう! 凛々も歌うのが好きなんだよ。見た目と違って、実は綺麗な声してるの」

「や、やめてよ……私、そんな……」

 凛々は顔を赤らめながら、優香の言葉を否定しようとしている。だが、どこか照れているような雰囲気で、その瞳はまんざらでもなさそうだ。


 サークルの部室に着くと、ちょうど昼前でメンバーは少なかった。ギターを手にした俺は、軽い気持ちで「じゃあ試しに弾いてみるよ」と弦を爪弾いてみる。すると、優香がまるで待ってましたと言わんばかりに、軽快なリズムに合わせて小声でハミングを始めた。

 その歌声は、まるで冬の曇天を吹き飛ばすような明るさだった。朗々としていて伸びやかで、聴いていると心が弾む。まさに太陽のイメージ。

 続いて、促される形で凛々も小さく口を開く。最初は恥ずかしそうに震えていたが、音程を取り始めると、その声は驚くほど澄んでいた。静かで儚い響きなのに、芯が通っていて引き込まれる。まさに月の光のようにしっとりした輝きがあった。


 まったく正反対の二人。

 それが、奇妙に調和する瞬間がある。優香の明るい声と凛々の透明感ある声が、ひとつの音楽として混ざり合うとき、言葉にできないほど美しいハーモニーが生まれるのを感じた。

 ギターを弾いている俺ですら、息が詰まるほど衝撃を受ける。二人は驚いたように顔を見合わせ、俺もまた「すごい……」と呟かずにはいられなかった。

 こうして俺は、初対面同然の二人を、なぜか“伴奏者”として助けてあげたいという気持ちに駆られた。それは単なる好奇心ではなく、二人が放つ何かが、俺の心を大きく揺さぶったからだ。


第3章 太陽と月の狭間で


 それから数日、優香と凛々は正式にサークルへ加入した。俺も含めて三人一緒にいる機会が増え、部室の片隅で練習したり、授業終わりにカフェで打ち合わせをしたりと、急速に距離が縮まっていく。

 優香は快活で、誰とでもすぐ打ち解けるタイプらしく、部内でも「元気娘」という異名をとるほどに溶け込んだ。一方の凛々は無口で控えめだが、いざ歌い始めると周囲が息をのむほどの才能を見せる。そんな凛々を、部のメンバーは「神秘的だ」と面白がりつつも大切に扱っていた。


 俺自身は、そんな二人を見守りながらも、どこかで「彼女たちをもっと知りたい」という気持ちを抑えられなくなっていた。

 ある日の午後、いつものように部室でギターを調整していると、凛々が静かに近づいてきた。

「……あの、優香がいないみたいだけど、ちょっと練習付き合ってもらってもいい……?」

「あ、もちろん」

 そう答えると、凛々はどこかほっとしたように息を吐く。


 すると、扉ががらりと開き、「あっ、いたいた!」と優香が元気よく入ってきた。

「あれ、二人で何してるの?」

「いや、凛々がちょっとだけ練習したいって……」

 俺が答えると、優香は楽しそうに手を叩く。

「じゃあ私も混ざるー!」


 練習が始まると、優香はポップな曲で明るいビートを刻むように歌い、凛々はどちらかというとバラード寄りの曲を好む。こんなふうに三人でいるときは、自然と「優香タイム」「凛々タイム」みたいな流れが生まれていくのが常だった。

 どうしても同じ曲を一緒に歌うというよりは、まずは「交代でソロを歌う」形が多い。二人の声質があまりにも対照的で、本人たちがまだ“合わせる”ことに戸惑っているからだ。

 しかし、俺はそんな状況こそ刺激的だった。誰かの伴奏をしているとき、もう片方がじっとそれを聴き、時には不思議そうな顔をしている。その空気感すら面白い。


 やがて、部員の一人が「冬の音楽祭」に出場しないかと提案してきた。学内で開催される小さなステージイベントで、外部のお客さんも多少は来るらしい。サークルで複数のチームを組み、順番に演奏や歌を披露する場だ。

 優香は二つ返事で「出たい!」と即答。一方の凛々は「私は……やっぱり恥ずかしくて……」と尻込みする。

 だけど優香や他のメンバーが一生懸命に説得すると、凛々は最後には小さく頷いた。

「……やってみたい気持ちは、あるから……」


 それが、俺たち三人が「本格的に外のステージに立つ」第一歩となる。まだ気軽なイベントではあるものの、凛々にとっては大きな挑戦だった。

 俺はギターを磨きながら、二人の行く末に興味と不安を募らせていた。太陽のような優香と、月のような凛々。彼女たちと一緒に音楽を奏でる日々は、まるで嵐の前の静けさのように穏やかで――そしてどこか儚げでもあった。

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