第二十六話 恋人選びの門②

 氷の洞窟内にある灯篭の間は、既に退場したカップルが残した雪灯篭が中央の祭壇に積み上げられ、幻想的な明るさで照らされている。参加者は仮装に仮面をして自分の姿を隠した大勢の人でにぎわうこの広間で、自分のパートナーを探さねばならない。


 会話をすることは禁じられているが、ダンスの申し込みをして踊ることが出来る。

ダンスを通じてパートナーを確認するのだ。参加者たちは恭しく手に手を取って、思い思いに踊っている。見ず知らずの相手と踊り、思いがけず距離が近づくのもまた一興ということなのだろう。


 アヤメは文字通り氷の壁の花と化して、華やかに踊る男女のペアを眺めていた。

 その中には、先ほどからひっきりなしに声を掛けられ、休む間もなく踊り続けているアマリリスとアネモネ、ドゴールとシルバンの姿もある。それぞれに、美しいコバルトブルーと可愛らしいローズピンクのドレスに身を包み、洗練された金と銀の騎士の衣装を纏っている。

 彼らはお互いに相手を見極めながらも、一期一会の出会いとダンスを楽しんでいるようだ。


 どんなに仮面をつけていても匂い立つような美しさは隠せない。

 姉姫たちも金と銀の王子たちも、持って生まれた華やかさが溢れ出ていて、砂糖に群がるアリのように次々と人が寄ってくる。


 皆、幻想的な氷の舞踏会で新たな出会いを楽しんでいる。


《アヤメ姫は踊られなくてよろしいのですか?》


 誰にも声を掛けられず、ひたすらに壁の花を続けるアヤメに、隣に並んだ妖艶な女性が目を向ける。女性の鮮やかな赤紫、緋色のドレスに美しいプロポーションが映える。アヤメをこの洞窟イベントに連れて来てくれた変身館のあるじ、ラミナさんだ。


 アヤメは静かに首を横に振った。

 踊らなくても良かった。そもそもアヤメは何のステップも踏めない。ラミナには自分に構わず踊ってきて欲しいと伝えているつもりだが、ラミナもまたその場を動かない。


 仮面で隠されてはいるが、ラミナは顔も容姿同様飛び抜けて美しく、先ほどから何度もダンスの申し込みを受けている。しかし、やんわり断ってアヤメの隣に付いていてくれる。


《なりたい自分にしてあげる》


 と、ラミナは言った。


 もう少し器量が良ければ、利発であれば、要領よく振舞えれば……

 旦那様もカップルイベントに参加することを躊躇したりしなかったかもしれない。


 せめてあと少しだけ、目が大きく、鼻が高く、色白で女性らしい身体つきであれば……

 父王をがっかりさせず、もう少しこちらを向いてもらえたかもしれない。


 アヤメが、長い間その身を苛んできたことを知っているかのように、ラミナは希望を叶えてくれた。

 シンデレラのかぼちゃの馬車を作った魔女のように、アヤメの姿を美しく変え、豪奢なドレスに包まれた誰もが認める高貴なプリンセスにした。


「さあ、その姿で意中の殿方をお誘いなさい」


 ラミナは変身したアヤメの姿を絶賛してそう勧めてくれたけれど、アヤメは結局断ってしまった。


『よく来た、アヤメ』


 そう呼んで労わってくれた旦那様の目に映ったアヤメではなかったから。

 確かに理想の姿であり、姉姫たちのように人目を惹く華やかな姿があった。父王を喜ばせるであろう姿があった。しかし、それはアヤメではなかった。


 結局、シンプルなサテン織の白いドレスを借り、仮面をつけるだけにした。素朴なドレスは蓮の花を思わせる。


「あの姿なら、どんな男性も選り取り見取りなのに」


 残念そうなラミナには丁寧に謝った。


 ラミナに連れられて洞窟イベントに参加した。

 ばあややガラコスたち従者がそこで待っていると教えられたのだ。しかしまだばあやたちの姿を探し出すことは出来ずにいる。到着が遅れているらしい。


 その間、この浮世離れした幻想的な空間で待つように言われ、これまで目にしたこともないほど美しい世界に感動していた。誰にも声を掛けられずとも、ダンスなど出来なくとも、このイベントに参加させてもらったことに感謝していた。


 でも。

 未だ現れないばあやたちの様子が気になるし、教会で待たせている旦那様のことも気になる。


《そろそろ出ましょうか》


 と、ラミナに伝えようとした時、新たに灯篭の間に入ってきた人物がアヤメの心臓をわしづかみにした。


 ガマニエルだ。


 仮面をつけてはいるものの、ガマニエルは仮装をしていない。いつも身に着けているローブも羽織っていないので、一目でわかる。どうして、ガマニエルがここに?


 ガマニエルは一心に誰かを探すようなそぶりを見せている。

 誰と一緒に参加したんだろう。


 胸の奥がギュッとつかまれたように痛くなる。


 アヤメは手にしたままの雪灯篭を落としそうになり、すっとラミナに支えられた。

 その時何故かラミナが、曰くありげな様相を呈していることに気づいた。仮面の下の目が光ったような、艶やかな黒髪が逆立ったような、獲物を見つけたハイエナのような、……そんな不穏な気配を感じてしまい、アヤメは慌てて首を振った。

 雪灯篭を持ち直させてくれたラミナに、もう不審なところは見当たらない。


 ガマニエルは、灯篭の間で一心に注目を浴びていた。

 その大きく堂々たる風貌に普段は躊躇いを見せる人も、仮装だと思うからか、ひるまずに群がっている。着飾った多くの美女たちに囲まれ、ダンスの申し込みを受けている。


 しかし、ガマニエルは承諾していないようで、人々を避けながら、視線を巡らせ、誰かを探し続けて……


 ふいに、壁の花の奥義を極めたアヤメと目が合った。むろん、仮面越しなのだが、確かにガマニエルがアヤメを見た。


 ガマニエルは大股にアヤメのいる方に近づき、しかしその途中で両側からアマリリスとアネモネに抱き着かれた。


 ガマニエルは一瞬アヤメに、否、アヤメの隣にいるラミナに視線を向け、動きを止めると、アマリリスを抱き上げてダンスの輪に加わった。アネモネは近くに居たトカゲ族姿のやはり仮装していないマーカスとペアを組んで踊り始める。

 厳かに灯篭の間を満たす舞踏曲が変わったところで、ペア替えをして、ガマニエルはアネモネと、マーカスはアマリリスとまた踊った。


 巨体でありながら、ガマニエルの動きは優雅で華麗で、威厳に満ちている。その力強さと美しさに、周りで踊っていた人々も次第に動きを止め、思わず見惚れた。


 自由に選択が出来れば、ガマニエル様は私たちを選ぶ。敢えてアヤメなどを選んだりしないのよ。


 アヤメに向かって、時折ちらりと飛ばされる姉姫たちの視線が雄弁に物語っている。


 ガマニエルがダンスを終えると、誰からともなく拍手が沸き起こり、灯篭の間は称賛の嵐に包まれた。

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