04:運動音痴が引き起こしたこと

 入学式も終わり、華の女子高生生活が始まって二週間が経った。


 二週間。半月である。


 半月もあれば、ヒロインなら目当ての攻略キャラといくつかのイベントを終えて友達以上恋人未満の関係になり、甘酸っぱい青春を謳歌しているはずなのに、私に限っては何のイベントも起こらなかった。 


 せっかく拓馬や拓馬の友達であり、攻略対象キャラの一人、緑地幸太りょくちこうたと同じ一組になれたというのに、びっくりするほど何もない。


 一度だけ勇気を出して拓馬に「おはよう」と朝の挨拶をしてみたけれど、「おはよう」とテンション低めの声で返されて終わった。


 いや、私としては終わらせたくなかったんだけど、拓馬から寄るな触るなオーラがこれでもかと放出されているので引くしかないのだ。


 つれないのは拓馬だけではなく、緑地くんも私の存在を空気のように無視している。


 もはや目に映っているかどうかすら怪しい。


 モブに厳しすぎませんかね、この世界。

 いや、それが普通なのか。

 所詮、モブはモブでしかないのか……。


 ため息をつく毎日だったけれど、ある四月下旬の雨の日、事件は起こった。


「野々原って、何かおれに恨みでもあるの」

 五時間目の体育が終わった直後、短い休憩時間中。

 右の頬をガーゼで覆った拓馬はジャージ姿で保健室のベッドに座っていた。しかめっ面で。


「いいえ、そんなまさか。滅相もございません」

 私はベッドの脇の椅子に座り、ひたすら身を小さくしていた。


 事の起こりは少し前。


 天候が雨だったため、今日の体育は男女ともに体育館でバスケットボールになった。


 最初は男女別だったけれど、後半は男女混合になり、試合も行われた。

 高校に入学して始めてとなる男女混合のバスケットボールに、ほとんどの生徒は浮かれていた。


 気になるあの子に良いところを見せようと張り切る男子、彼氏に声援を送る女子。試合は常にはない盛り上がりを見せていた。


 私もチームの皆に迷惑をかけるわけにはいかないと、身を引き締めて臨んだ。


 男子から緩いパスを受け取ったときも、張り切ってゴール下にいた味方にパスを繋ごうとした……のだけれど。


 ここで問題がひとつ。

 私は酷い運動音痴だった。


 味方に向かって全力投球されたはずのボールは全く見当違いの方向へ飛び、コート外で応援していた生徒へ襲い掛かった。


 近くの生徒はとっさに避けてくれた。

 しかし、ボールの軌道上にいた拓馬は間の悪いことに、体育館の時計を見ていた。


 授業終了間際だったので、あと何分か確かめようとしたのだろう。

 結果、ボールは半分顔を背けていた拓馬の頰を直撃。


 拓馬は卒倒――打ち所が悪かったらしい。


 大騒ぎの末、拓馬は緑地くんにお姫様抱っこされて保健室へと運ばれていった。


 授業が終わるや否や、私は速攻で着替えてお見舞いに駆けつけ……いまに至るというわけである。


 拓馬がすぐ意識を回復し、軽い脳震盪で済んだことは本当に良かったけれど、端正な顔立ちを覆う白いガーゼは目に眩しく、また、この後彼が教室でどんな憂き目に遭うか想像するだけで胃がきりきりする。


 拓馬が緑地くんにお姫様抱っこされた際、クラスメイトのお調子者たちは「姫だ」「黒瀬が姫だ」と騒いでいた。


 彼が教室に戻れば「姫が帰って来たぞ」とか言われるのだろう。


 しばらくはからかわれるに違いない。私のせいで。


「一応聞くけど、わざとじゃないんだよな?」

「はい……」

「素であれなのかよ……悪いことは言わないから、これ以上の犠牲者を出さないためにも、今後の体育は見学したほうがいいんじゃないか」

 拓馬は私の運動音痴ぶりにドン引きしているらしく、真面目な口調でそう言った。


「それが許されるならそうしたいところなんですけど……本当にごめんなさい……」

 私はただただ謝罪することしかできない。


 そして同時に、自分の運動音痴ぶりを心の底から呪った。

 なんでよりによって拓馬にぶつけちゃうんだよ!

 いや、誰にぶつけても良くないに決まってるけど!


 ああもう、本当に、どうしたらいいんだろう。


「私にできる償いなら何でもする。してほしいことがあれば言って。黒瀬くんの気が済むんだったら一発殴ってくれても構わない。ううん、それでチャラに出来るんなら望むところ」

 私は覚悟を決めて、ぎゅっと目を閉じた。


「どうぞっ」

 バスケットボールを顔面にぶつけられた報復として殴られるんだったら、凄く痛いんだろうな。


 戦々恐々としながら、身を固くして衝撃を待ち構える。


 軽い音と衝撃が額に走った。

 額を指で弾かれたのだ。


「!?」

 びっくりして目を開けると、拓馬の顔がすぐ目の前にあって、心臓が大きく跳ねた。


「もういいよ、これで。謝ってもらったし、終わり」

 身を引いて、拓馬はそう言った。

「え」

 私は額を押さえた。

 弾かれたといっても、本当に軽くて、痛みなんてほとんどなかったぞ?


 これがバスケットボールで不意打ちを喰らった代償なんて軽すぎる!

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