第22話 【短編小説】 ご先祖様

優一は平凡な会社員だった。仕事はきついがやりがいも少なく、上司は厳しい。最近は疲れが顔に出るほどで、家に帰ると泥のように眠る毎日だった。


そんな彼の生活に転機が訪れたのは、田中家の古びた仏壇がきっかけだった。


ある土曜日、優一は実家の片付けを手伝うため、田舎に帰省していた。優一の両親は数年前に他界しており、今は誰も住んでいない家がぽつんと残されている。


「まあ、そろそろ処分しなきゃな……」


そう思いながら、使われなくなった家具や古い写真を整理していると、部屋の隅に古びた仏壇が目に入った。


「まだこんなところにあったのか……」


仏壇は何年も放置されていたのだろう。埃をかぶり、扉は少し歪んでいた。


優一はふと中を覗き込んだ。仏壇には位牌や小さな香炉が置かれ、見覚えのない古い巻物が一緒に収められていた。


「こんなもの、前からあったかな?」


不思議に思いつつ、優一は巻物を手に取った。それは驚くほど軽く、ぼんやりとした文字が書かれている。


「なんだ、これ……?」


文字は達筆すぎて読めないが、妙に惹きつけられるものがあった。その瞬間、ふわりと香ばしい香りが漂い、背後から不思議な気配を感じた。


「よくぞ気づいてくれたのう。」


優一は驚いて振り返った。そこには和服姿の老人が立っていた。


「だ、誰ですか!? いつの間に家に入ったんですか!」


「慌てるでない。わしは田中家の先祖、田中源左衛門じゃ。」


「……は?」


優一は完全に言葉を失った。目の前の老人は透けているように見え、足元がない。幽霊以外の何物でもない。


「信じられんかもしれんが、わしはお前の先祖だ。この仏壇には特別な力が宿っておる。お前が巻物を手に取ったことで、わしが目覚めたというわけじゃ。」


最初は信じられなかった優一も、源左衛門の落ち着いた語り口と奇妙な説得力に押され、半ば強引に話を聞くことにした。


「で、俺をどうしたいんですか?」


「いや、むしろお前がどうしたいのかを聞きたい。わしは田中家の子孫を見守る使命を持っているが、最近のお前を見ておると、少々疲れているように見えたのでな。」


優一はその言葉に少しだけ驚いた。


「まあ、確かに仕事でいっぱいいっぱいですよ。でも、それが普通っていうか……別に何か変えられるわけでもないし。」


源左衛門は眉をひそめた。


「それはお前が田中家の力を知らぬからじゃ。」


源左衛門は、田中家には「困難を乗り越える力」を受け継ぐ秘密があると語り始めた。仏壇はその力を守る役目を果たしており、先祖たちの知恵や加護が必要なときにのみ姿を現すのだという。


「お前にとっての助けとなるものを一つ授けよう。ただし、使い方を間違えれば自らを滅ぼすことにもなりかねん。覚悟はあるか?」


優一は半信半疑ながらもうなずいた。


「わかった。何をすればいいんですか?」


源左衛門は手をかざすと、優一の前に一対の小さな鍵を差し出した。それは古びた金色の鍵で、細かい模様が彫られていた。


「これが田中家の『幸運の鍵』じゃ。この鍵を使えば、難題を解決する手助けをしてくれる。」


「こんな小さな鍵で?」


「大切なのは鍵そのものではない。お前がその鍵をどう使うかだ。」


源左衛門はそう言い残すと、ふっと消えてしまった。


優一は半信半疑ながらも鍵を持ち帰った。


その翌日、会社で大きなトラブルが発生した。重要なプロジェクトでデータが消失し、上司から厳しい叱責を受けることになったのだ。


「田中、お前が責任を取れ!」


完全に窮地に立たされた優一は、ふとポケットの中の鍵を思い出した。


「……まさかね。」


しかし、すがるような思いで鍵を握りしめた瞬間、不思議な感覚が彼を包んだ。


その日、優一は奇跡的なひらめきを得て、失われたデータを復元する方法を思いついた。翌日にはプロジェクトが無事に完了し、上司からは感謝の言葉を受けることに。


「田中、お前、よくやったな!」


信じられないような結果に、優一は呆然とした。


その後も、優一は鍵を握るたびに小さな幸運に恵まれた。仕事のトラブルは減り、同僚からの信頼も増し、いつしか職場で頼りにされる存在になっていった。


「先祖の力って、本当にあるのかもしれない……。」


しかし、源左衛門の言葉を思い出し、優一は慎重に鍵を使うよう心掛けた。


ある日、ふと気づくと、鍵がポケットの中から消えていた。慌てて探したが、どこにも見当たらない。


その夜、優一の夢に源左衛門が現れた。


「鍵はお前の役目を終えた。これからは己の力で道を切り開くのじゃ。」


「でも、まだ自分にできるかどうか……」


「大丈夫じゃ。お前にはもう、田中家の血が流れる者としての自信が備わっておる。困難に直面したとき、わしら先祖たちが見守っておることを忘れるでない。」


目が覚めた優一は、不思議な安堵感に包まれていた。そしてその日から、鍵なしでも彼は自分の力で物事に立ち向かえるようになった。


ご先祖様からの贈り物は消えたが、その加護は彼の心にしっかりと刻まれていたのだ。

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