第12話 ファッションセンス

 街の鐘の音で目を覚まし、豪華なスイートルームのベッドの上で寝ぼけていた俺は、突然襲ってきた空腹に目を覚ました。


「腹減ったぁぁぁ!!」


昨夜、ぶどうしか食べてなかったツケが、今になってやってきた。俺の胃は早急に何かを要求している。


育ち盛りの俺にぶどうだけはさすがにきつい。


しかも、昨日のセレブ気分からか、普通の飯じゃ満足できない気がする。


「でも、どうする? この部屋から出たくないし、外でご飯食べるにも街の事全然知らないし、ファストフードとかファミレス以外を一人で入るの勇気がいるぞ」


とりあえず思いついたのが、ルームサービス。これ、だけのホテルだし頼めば飯くらい持ってきてくれるだろ。


俺はホテルの内線を使ってフロントに電話した。


「えっと……朝ご飯をお願いしたいんですけど」


それだけ言うと、向こうのスタッフはすぐに対応してくれた。


数分後――。


ノックの音とともに、部屋に入ってきたスタッフが押してきたのは……豪華すぎる朝食セット。


「なにこれ!? 朝からフルコースかよ!」


テーブルには焼きたてのパン、キラキラ輝くサラダ、肉汁たっぷりのソーセージ、さらにフルーツの盛り合わせまで。


どっからどう見てもセレブの朝食で、完全に場違い感がすごい。


「うおおおお! これはやばい! セレブ感、極まってるじゃん!」


テンションが一気に上がり、俺はさっそくパンを一口かじった。


「うまっ! パンがこんなにフワフワなわけある!? これ、空気食ってるみたいじゃん!」


次にソーセージを一口――。


「肉汁が! 口の中でダム決壊してんだけど!?」


夢中で食べながら、ふと我に返る。


「……これ、毎日こんなの食べてたら、絶対太るよな」


セレブは太っている人が多い。確かにこの国の王様も太ってた。偏見丸出しで納得する俺。


だが、豪華な朝食を前に手を止める理由もない。とりあえず全部平らげた。


食べたら眠くなってきた。このまま夜まで寝ろって言われたら余裕で寝れるぞ。そして、一日終わる頃に俺何してたんだろって自己嫌悪に陥るやつだ。


でも、せっかく異世界に旅行にきて、金だけはめっちゃあるんだから、ダメな休日の代表的な過ごし方をしてはバチが当たる。


そんな事考えていると、ふと自分の服が気になる。


「そういえば、これ……学生服だよな」


街中で学生服なんて着てたら絶対目立つし、昨夜のギャングにまた狙われる可能性もある。


「……服、買わなきゃな」でも服屋とかどのエリアにあるのかわからないし、この国のセンスも分からないしな。というわけでコンシェルジュに頼る事にした。


「服をご希望ですか、佐倉様?」


豪華なカウンター越しに、完璧な笑顔のコンシェルジュが応じる。


「はい。できるだけ目立たない、普通っぽいやつをお願いします。イメージとしてはBランク僧侶っぽい感じでお願いします」


「ちょっと何をおっしゃってるのかわかりませんが…かしこまりました。佐倉様にぴったりの装いをご用意させていただきます」


なんか、スタッフたちがやたらキビキビ動いてる。いや、俺、別にそこまで特別扱いされたいわけじゃないんだけどな……。


しばらく待つと、大きな箱が運ばれてきた。


「こちらが、佐倉様にふさわしい服でございます」


コンシェルジュが自信満々で紹介してきたのは――金色の刺繍がキラキラ光るフリルシャツに、真っ白なマント。さらに、ひざ丈ブーツときらびやかなベルト。


「……いやいやいやいや! これ絶対普通の服じゃねぇだろ!! 俺の話聞いてました?? 昨日、街歩いた時にこんな特異な格好したやつ誰もいなかったぞ! 」


思わず突っ込んだ俺に、コンシェルジュはにっこり微笑む。


「こちら、この国で最先端のおしゃれを反映したデザインでございます。オシャレとは普通の人とは違うものなんですよ。だから目立つのです!」


(ファッションの真理を突いている気もするけど…俺、おしゃれして目立ちたいって言ってたっけ!?)


渋々試着室に入ってその服を着てみたものの、鏡に映った自分を見て絶句した。


「なにこれ……ミュージカル俳優か、どこかの歌って踊れてバラエティーも出来るアイドルのステージ衣装じゃん……」


だが、周囲のスタッフたちは大絶賛。


「さすが佐倉様!」「貴族のような風格!」「完璧です!」


「ごめん、こう……ダークな感じとか、もっと渋い色合いとか、そういうのないの?」


コンシェルジュは少しだけ困惑した表情を浮かべたが、すぐに笑顔を取り戻した。


「かしこまりました。佐倉様のご希望に沿った装いを再度ご提案させていただきます」


(あれ、これってわがまま言ってもいい感じ? 金貨持ってるとこうなるのか?)


しばらく待つと、今度は深い黒を基調にしたコートや、シンプルなシャツ、そしてダークな色合いのパンツが用意された。


「こちら、佐倉様のギャンブラーとしての風格を意識してご用意いたしました」


「おお、これいいじゃん! やっぱギャンブラーはこういう雰囲気じゃないと!」


俺は満足して服に袖を通した。鏡に映る自分を見ると、さっきの貴族っぽい格好よりずっと落ち着いている。


「これなら街を歩いても派手すぎないし、雰囲気もバッチリだな!」


「お代は金貨20枚でございます」


「……はあ!? 200万!? 服に!? 異世界の金銭感覚どうなってんの!?」


「こちらは最高級の素材を用い、職人が一つ一つ手作業で仕上げた――」


「ちょっと落ち着いて! 説明長い! 分かった、分かったから!」


渋々金貨20枚を支払いながら、俺はため息をついた。


「いやー、これなら街中で浮かないし、カジノにも馴染むだろ!」


と、自分で自分を納得させていたその時――。


「佐倉様、ギャンブラーの装いには、アクセサリーが不可欠でございます」


そう言いながら、コンシェルジュが箱を差し出してきた。中には、ギラギラ光る巨大な指輪や、謎の石がついたネックレス。そして、派手なデザインのイヤリングが揃っている。


「……いやいやいや! これ、派手すぎるだろ!? 目立つのが嫌で暗い色にしたのに、これ付けたら意味なくない?」


俺が突っ込むと、コンシェルジュは優雅な微笑みを浮かべたまま首を横に振る。


「ギャンブラーは運と華やかさが命です。こちらのアクセサリーは、運を引き寄せる力を持つと言われております」


「運を引き寄せる力……いや、俺これ以上運とか必要ないから!」


心の中で叫びつつも、コンシェルジュの説得に負けて指輪を1つだけ試しにつけてみる。


「……重っ!」


どう見ても中身が詰まってる金の指輪。これ、殴ったら武器になりそうな勢いだぞ?


「次はこちらをぜひお試しください」


そう言って差し出されたのは、ルビーみたいな石がついたネックレス。


「これ完全にラスボスが持ってるやつじゃん! これつけて街歩いたら、またギャングとか寄ってくるだろ!」


しかしコンシェルジュは全く引き下がらない。


「こちらのネックレスは、佐倉様の威厳を引き立たせるだけでなく、周囲に安心感を与える効果もございます」


「安心感って、これ完全にヤバい人がつけるやつだろ……」


最終的に、俺はイヤリングを除いたアクセサリーを一通り身に付ける羽目になった。鏡に映る自分の姿を見て、思わずため息が出る。


「いや、どこの成金だよ、これ……異世界のセンスって恐ろしいな」


しかし、周囲のスタッフたちは口々に「お似合いです!」と絶賛している。


「佐倉様、これで完璧でございます。これならどこへ行っても注目の的です」


「……注目の的になりたいわけじゃないんだけどな」


そうぼやきながらも、結局アクセサリー一式を購入。金貨10枚を支払った。


ここまでの俺の装い300万…。もう俺の金銭感覚は崩壊し始めていた。


アクセサリーを揃えてセレブっぽい見た目を整えた俺は、ふと不安を覚えた。


「そういえば……俺、丸腰だよな」


確かに、今の見た目はギャンブラーとして様になってる。でも、それだけじゃ不十分だ。もしまたギャングとかに絡まれたらどうする? 身体能力Eランクの俺じゃ、走って逃げるにも限界がある。


「やっぱり、何か強そうな武器を持っといた方がいいよな」


そう思い立って、コンシェルジュに相談してみることにした。


「武器、ですか? かしこまりました。佐倉様に相応しい品をご用意いたします」


そう言って彼女が持ってきたのは、2本の武器だった。一方は細身のレイピア、もう一方はシンプルなダガー。


「こちらのレイピアは、この国で最も名高い武器職人が作り上げた逸品でございます。細身ながら高い強度を誇り、その見た目はスタイリッシュでございます」


「なるほど、確かにかっこいいな」


腰に下げたら、まるで異世界の剣士みたいじゃないか。ただ、この黒い格好で装備するとマジシャン感が強く出る。


「んーこれでピエロのマスクでも被ったら完全に覆面マジシャンだな…」


「次に、こちらのダガーは、製作者や出所は不明ではございますが、性能自体は折り紙付きで、信頼できる武器商人から仕入れたものです。なんでもダンジョンの奥底に眠っていた品だとか」


「製作者不明……? ダンジョンの奥底? なんか伝説の武器感が漂っているな」


コンシェルジュは淡々と続けた。


「武器商人によれば、性能については確実に保証されております。ただ、その……やや曰くつきの品である可能性も否定できません」


「いやいや、曰くつきってめちゃくちゃ怖いこと言わないでよ!」


とはいえ、手に取ってみると、このダガーが妙にしっくりくる感じがした。何か言葉で言い表せない不思議な感覚を感じる。しかも軽くて扱いやすそうだし、俺みたいな筋力Eランクでも振り回せそうだ。


「これ、腰に付けておけばさっと取り出せるし、便利そうだな……」


一方のレイピアはスタイリッシュではあるけど、腰につけると、売れない二流マジシャンみたいな感じが強すぎる。


「うーん……どっちがいいかな。レイピアは見た目重視、ダガーは実用性重視って感じだな」


俺は悩んだ末に、なぜかダガーに引き寄せられるように選んだ。


「このダガーでお願いします!」


コンシェルジュは少し驚いたようだったが、すぐに微笑んで答えた。


「かしこまりました。では、お代金として金貨100枚をいただきます」


「……え?」


一瞬、耳を疑った。金貨100枚? いや、さっきの服とアクセサリーで30枚使ったばっかりだぞ?


「金貨100枚……ってことは、1000万円!? これ、ただのナイフでしょ!? ナイフに1000万!?!?」


俺の叫びにコンシェルジュは冷静に答える。


「佐倉様、こちらは非常に希少な武器でございます。価格に見合う価値をお約束いたします」


「価値とか希少とか言うけど、実際に戦う予定なんて今のとこないんだよ! これ、護身用なんだぞ!?」


俺の心の叫びをよそに、コンシェルジュは微笑みを崩さない。

「お似合いでございます!」


結局、俺はしぶしぶ金貨100枚を取り出した。


「……これで、安心して歩ける……はず……だよな」


まあでも、新しい服を買うと外を歩きたくなるのは人間のさがなんだろうか?


というわけで金貨に金をしまって出掛ける事にする。

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