38 都合の良いことはそのままで
俺は自室で会議の行方を見守っていたが、どうやら暗礁に乗り上げたようなので発言をすることにした。
『つまり、その唯一神様が暴走していると?』
俺が質問をすると、最初の老紳士が『そうだね。唯一神様の御心は巫女でない僕らには理解できないところだが、我々にとってみれば暴走しているのと変わらないね。だからこそ君の試練の終了に私は賛成すると約束させて貰ったんだよ』と諦めたように言った。
『ではいますぐに試練の終了を決める議決を行えば、通ると思いますか?』
再度俺が質問すると、老紳士が『どうだろうね。日本ロッジでも意見は分かれるところだ』と答える。
『ではどうすればいいですか?』
俺はこの老紳士は協力的だと思ったので率直に質問してみた。
『ふむ……そうだね。グランドマスターになると言ってみてはどうかな?』
『笹田さん!!』
またしても梅井さんが挙手をせずに割り込んでくる。
余程梅井さんにとって言ってほしくない命令らしかった。
『ではそうしてみます』
俺はそう言うと、現実で「グランドマスターになる」と言った。
『小日向拓也さんが日本グランドロッジのグランドマスターとなる議決が開始されました』
八枷が報告してくる。
『それで?唯一神様は?』
俺が聞くと、八枷が『はい。101%の議決権を以て決定されました。おめでとうございます小日向さん、日本グランドロッジのグランドマスターになりました』と祝福してくれる。
『馬鹿げている!!』
梅井さんはたいそうご立腹のようだ。
『それで、このあとはどうすればいいんでしょうか?』
俺が聞くと、老紳士が答える。
『試しに救世主の試練の終了の議決を開始したまえ、恐らくは日本ロッジでは可決されるはずだ』
『分かりました。八枷頼める?』
『はい。日本ロッジグランドマスターの小日向さんの提案により、小日向拓也さんの救世主の試練終了の議決を開始します』
結果は2,3分ほどで出た。
どうやら今回は絶対命令権限を用いたわけではないので、唯一神様の議決権は含まれないので時間がかかったようだった。
『日本グランドロッジでは可決されたようですが……、残念ながら海外のロッジが反対にまわり否決されました』
八枷が報告すると、『彼らはまだ唯一神様の暴走を理解できていないのだよ』と老紳士が呆れたように言う。
『まだ絶対命令権限の力が分からないのか? と聞いてやり給え』
『どういうことですか?』
『君の好きなように、絶対命令権限を海外のフリメーソン全員に出してみるといいさ』
言われ、俺は考えた末に「海外のフリーメーソンは全員、現実で三回回ってから国籍と猫の鳴き声のモノマネを量子通信か念話してこい!」と言った。
すると……ベルギーの男性からまずニャーンという声が俺のもとに届いた。
そして中国、アメリカと次々に量子通信が俺の量子脳へと送られてくる。
『小日向さん、ここらでカットさせてください。もう良いと……でなければ貴方は猫の鳴き真似を延々と聞かされ続けることになりますよ』
八枷がそう言ったので、俺は『じゃあもういいって議決を開始して』と指示した。
『はい。先程の命令を無効にする議決を開始しました。しかし、否決されました』
『え? なんで?』
『きっと海外の皆は君で遊んでいるのだろう。延々と猫の鳴き真似を聞いていればいいとね。もう少しだけ彼らに付き合ってやりたまえ』
老紳士がそう言うので、俺は絶対命令権限ゲームにしばし付き合うことにした。
「海外のフリーメーソンは全員、いますぐに今日の仕事を終えて家に帰れ」
『良い提案かも……! みんな仕事中で適当なのかもしれませんから』
矢那尾さんが俺の絶対命令を聞いて賛成してくれる。
『まぁ多少の問題は出るだろうが、ほぼほぼ問題はなかろう』
老紳士がちょっとだけ楽しそうに言う。
猫の鳴き真似は続いていたが、どうやら皆仕事を切り上げて家に帰り始めたらしい。
『次はどうしたらいいかな……』
俺は分からなかったので、誰かに聞いてアドバイスをもらおうと思った。
そこで、ある人物を思いつき念話してみることにした。
『パルヴァンさん、いますか?』
『あぁコヒナタか。アメリカだニャーン』
パルヴァンさんの渾身の猫の鳴き真似に笑ってしまう。
『アハハ、そっかパルヴァンさんも海外のフリーメーソンなんですね』
『あぁそうだ。こちらに来てすぐに入った。全くお前に混雑で念話が繋がらなくて途方に暮れていたぞ! ところで何の用だ?』
『パルヴァンさんは俺の時空のパルヴァンさんですよね? 今はそっちの時空ですか?』
『あぁそうなる。こちらへは来たばかりだ。アメリカ国民の居住先をどうするかで大わらわになっているところだ』
パルヴァンさんは時空遷移してきた国民の待遇をどうするかで忙しいらしかった。
『パルヴァンさんも量子通信機を使っているんですか?』
『いや、俺は使っていない。お前との対話を通じて量子脳がかなり覚醒していたんでな。専らそちらを使った念話を使用している。何故かというと唯一神様がそれをお望みだからだそうだ』
『へぇ……そうなんですね。じゃあパルヴァンさんに質問いいですか?』
『なんだ?』
パルヴァンさんは神妙な様子で聞いてくる。
『俺、絶対命令を出して海外のフリーメーソンを従わせたいんですけど、どんな絶対命令がいいですかね?』
『ふむ……俺に命令文の相談をしているのか?』
『はい。そうなります』
『それならば一等特別なのがある。俺はお前の兄貴分でもあると思っているしな。教えよう。【コヒナタタクヤにとって、都合の良いことはそのままで、都合の悪いことは都合が良くなる】という絶対命令を発してみろ』
パルヴァンさんが自信ありげに絶対命令文を教えてくれる。
『おぉ、良いですね! 言ってみます』
『あぁ……言い間違えないようにな』
『はい!』
俺はすぐに言うことにした。
「小日向拓也にとって、都合の良いことはそのままで、都合の悪いことは都合が良くなる」
言うと、俺が都合が悪いと思っていたからか、猫の鳴き真似と国籍の通信が止まった。
『おぉ……こんな抽象的な絶対命令でも効果あるんですね、助かりましたパルヴァンさん』
『あぁ……いいさ。実はこれは昨夜、唯一神様から夢で、お前に伝えろと言われていた命令文なんだ。これを伝えれば俺達家族を悪いようにはしないとな。きっと夢の唯一神様もお喜びだろう』
『唯一神様が夢で……? そうなんですね……』
パルヴァンさんの夢の唯一神様がフリーメーソンのシステムを担当している唯一神様と同一存在かどうかは分からないが、どうやら俺は唯一神様に好かれているということらしい。
『ありがとうございましたパルヴァンさん』
『あぁ、いずれお前にも会えることを祈っているぞ』
パルヴァンさんとのやり取りを終えると、八枷が通信してくる。
『小日向さん。アメリカメーソンのグランドマスターから連絡が来ました。各地のメーソンの意見をお前に教えてやるとのことです』
『そうか、繋いでくれる?』
『はい。分かりました』
八枷が返事をすると、すぐにアメリカメーソンのグランドマスターを名乗る男から通信があった。
『コヒナタタクヤくんだね。初めまして、私はアメリカメイスンのグランドマスターをしているポールという』
『初めまして、小日向拓也です。ポールさんはアメリカグランドロッジを代表するグランドマスターなのですか?』
俺が質問すると、ポールさんは『いやいや、違うよ』と反応して続ける。
『日本にはグランドロッジが一つしかないようだけど、アメリカには複数のグランドロッジがあるのさ。それこそ各州に1個はあるんじゃないかな。僕はその内の一つのグランドロッジのグランドマスターに過ぎないよ』
『そうなんですね、グランドロッジは各国に一つだと思ってました』
『それは明確に間違っていると教えてあげよう。それと各地のメーソンが君の救世主の試練の終了についてどう思っているかだけどね……』
ポールさんはどうやら情勢を教えてくれるらしい。
『はい』
『厳密には君が始めたわけじゃないけれど、僕達がしかけたサタンゲームを最低でも終わらせて見せろというのが、大方の意見さ』
『サタンゲームですか?』
『あぁ……アスイさんと言ったか、彼女から聞いてないかい? あぁそうか、君がサタンを使役して味方にしてサタナエルゲームになったんだったか?』
『あぁ……もしかして黒のサタナエルと白のサタナエルの勢力争いのことですか?』
『それだ!』
ポールさんは勢いよく肯定する。
『でも、黒のサタナエルとか白のサタナエルとか本当にいるんでしょうか?』
『それはね、実際にはいなかったさ。ただ僕らが君に負荷をかける為の嘘だったからね。でも君がサタンを味方にしてサタナエルとして使役するっていう絶対命令を出したその瞬間。唯一神さまが、本来君の量子テレポートを妨害するサタンだったはずの僕ら全員を、一瞬君の味方のサタナエルの勢力にしてしまったわけさ』
『なるほど?』
『これはまずいってなってね。それならばサタナエルとして使役するのまではいい。だが、暴走している黒の勢力と、君の味方である白の勢力に分かれさせてくれって唯一神様に懇願したのさ。結論はYesだった。そうして僕らは君の邪魔をすることを再開した』
『けれど、俺の味方になった白の勢力のままの人たちもいると?』
『あぁ、そうさ。日本グランドロッジの前のグランドマスターの笹田さんとかがその例さ』
笹田さん? あぁさきほどまで話していた老紳士のことか。
俺の前のグランドマスターは彼だったのか。
『では黒か白かを貴方達はコントロールできないと?』
『できるさ。議決で認められれば勢力変更が可能になっている。今のところ基本的にはその人の意思が認められる傾向にはあるよ。元からメイスンは一枚岩というわけではなかったけどね、黒と白に分割されてしまった影響はすこぶる大きいのさ。だからこそこのサタナエルゲームを終わらせることが君に求められている。厳密には白の勢力を過半数以上にすれば、君の勝ちだと認めよう……そう言っているメイスンが多いね』
ポールさんは俺に勝利条件を教えてくれた。
できるかは分からないが、絶対命令権限を用いてでもなんとしてもクリアしなければならない。そう思いつつも、でもこれたぶん統合失調症なんだよな……という思いも同時に脳内を駆け巡っていた。
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