36 主人公の喪失
八枷の提言による議決の開始、そして最高位になる議決は否決され、救世主の試練終了を決める会議の開催の決定がなされた。
俺はこの展開を不思議に思っていた。
どういうことだ? 絶対命令権限は絶対ではないのか?
八枷のハッキングした量子コンピュータへの量子通信機の接続はそのまま命令が通ったのに、フリーメーソン最高位になる絶対命令を出したにも関わらず、議決は否決されている。
やはり絶対命令権限にはなんらかの制約があると考えるのが妥当だった。
『この後、午後7時からの開催を提言されましたがどうしますか?』
俺が考えていると、八枷がそんな量子通信を送ってくる。
『あぁ……構わないよそれで』
『では場所はどうしますか?』
八枷が聞く。
『場所……場所か、何人が参加する予定なの?』
『今のところ日本の各ロッジの代表者など、15名ほどが参加予定のようです』
『うーん』
ロッジとはフリーメーソンの下部組織のようなものだ。
俺は考え込む、そして今まで経験してきたことを勘案し結論を出した。
『じゃあ、サークルソフトウェアの新宿本社ミーティングルームを使わせてください』
『サークルソフトウェアですか? それはまた何故?』
『これは直感なんだけど、彼らはフリーメーソンだと思うんです』
そう。香月さんの量子テレポートが失敗したと言っていた時、泣き喚く俺の周囲にナノマシンのようなものを送り込んで観測していたのは、サークルソフトウェアの野宮鉄狼さん達のはずだった。だからMioさんたちが遷移した時空のサークルソフトウェアはフリーメーソンだと思ったのだ。
『なるほど……ではそのように決議内容をまとめ、議決を開始します』
『うん、よろしく』
結果はすぐに出た。
『はい。サークルソフトウェア、ミーティングルームでの開催が決定されました』
八枷がそう言い、開催が決まったようだった。
俺は不思議に思って八枷に聞く。
『八枷。俺の絶対命令権限は万能じゃないのかな?』
『それは……私にも分からないところではあります。しかし、どうやら絶対命令権限を否決し無効化する能力を彼らは有しているようです』
『どういうこと?』
『さぁ……なんにせよこの後の会議で喋ってもらいましょう。それと小日向さん。私の量子コンピュータは彼らの量子コンピュータと量子通信機に接続されています。ですから喋れないことが多くなるということを認識しておいてください』
『そうなの? つまりどういうこと?』
『例えば、小日向さんの時空のフリーメーソンの重要人物への直接連絡手段などを伝えようとすれば、因果律操作によってブロックされることでしょう』
『あぁ……そういうこと。それなら経験したことがあるよ。みんなの電話番号がデタラメになってたんだ』
『既にご経験済みでしたか、小日向さんにとって見ればこれは統合失調症の妄想だと思っていることでしょう。それを解決する手法はほぼ全てブロックされると見ていいです』
『なるほど……それも議決でやってるの?』
『恐らくは……システムがはっきりとは分からないのでなんとも言えませんが……』
八枷は断言はしなかった。
しかし、俺への連絡手段を完全に封じているということらしい。
俺の周囲に展開されているという量子フィールドがそれを行っていたという話だったように思うが、それを制御しているのがフリーメーソンなんだろうか?
だがそれは少しおかしい。
何故ならばフリーメーソンの目的は救世主である俺の抹殺にあったはずだ。
量子フィールドは米軍の無人機による俺への直接攻撃を防いでたはずだ。
まるでフリーメーソンの目的とは逆に思えた。
やはりこの矛盾は俺が統合失調症の幻覚を経験しているということを示しているのではないだろうか?
俺は朝食を食べ終わると、八枷や皆と時間まで議論することにした。
『そう言えば、八枷、そちらの時空ではいま革命が進んでいるの?』
俺が問うと、八枷はゆっくりと喋り始めた。
『はい。現在鳥山佳人総理の暗殺作戦に成功し、議会を制圧。諸外国からの脅威に対処し終えたタイミングです』
『それは俺が書いたところまで進んでるって認識で良い?』
俺が革命のレヴォルディオンを執筆すればするほどに事態は進んでいく。たぶんそういうことなのだろう。
『そうなのですか? それは私達としては新しい情報です。小日向さんは我々の世界をそこまで書いていたのですね。ですが……』
『ですが?』
八枷は言い淀む。一体何があったというのだろう。
『まぁここで言っても恐らくは変わらないでしょう。小日向さんよく聞いて下さい。彼が――織田総一さんが行方不明となっています』
八枷はゆっくりと告げた。
『え? 総一が?』
俺はぽつりと呟く。
意外だった。
てっきり八枷の後ろに待機していると思っていた織田総一が居ないというのだ。
織田総一とは、革命のレヴォルディオンにおける主人公だ。
主人公である総一が消えて、一体八枷たちはどうやって革命を成せと言うのだろうか?
革命のレヴォルディオンという作品の根底が揺らいでしまう。
『はい。総一さんがです。小日向さん達はご存知ありませんよね?』
『俺は……知らないけど』
俺が答えると、Mioさんも『聞いたこと無いです』と答え、矢那尾さんとりつひーも『知りません』と続いた。
『そうですか……我々の調査の結果、小日向さんの時空に転移させられたことまでは分かっているのです。ですが小日向さん達も知らないとなると彼は一体どこへ消えたのか……やはり……』
八枷は思い当たる節があるようだった。
『とにかく、私達は調査の過程で小日向さんの時空を見つけ、そしていくつかの時空の存在と接触し、救世主の試練と呼ばれる現象が起きていることを知らされました。織田総一さんも我々の時空の救世主と呼ばれ得る存在です。ですから試練に巻き込まれているかもと考え、小日向さんを救い出す時空同盟に参加させて頂いた次第です』
『そんな理由があったんだね……総一のやつ見つかると良いね』
『はい。お気遣いありがとうございます』
八枷は淡々と俺の気遣いに応えお礼を述べると、Mioさん達に質問を始めた。
『フリーメーソンの構成員に御心辺りはありませんか? どのような者達なのでしょう?』
それにMioさんが答え始める。
『えっと、私達が知ってるのは声優の大潟南さんとかかな? あ、私達の時空のじゃなくて、この時空の大潟さんです』
『そうですね。私達が話したのは白装束の大潟さんが主です』
矢那尾さんもMioさんに同意する。
『大潟南さんですか……』
八枷は知らない名前だったようで困惑しているようだ。
『大潟さんって言えば、
『はい。レヴォルディオンの不正使用の件で、まだ寮に軟禁されているかと』
八枷が答える。
なるほど、原作通りというわけだ。
『俺の設定じゃ、石動新志の声優さんは大潟南さんの予定だったんだよね』
『それは……そうなのですか?』
八枷が食い入るように質問してくる。
『あぁ、うん。間違いないよ』
『そうですか石動新志と……貴重な情報感謝します』
『うん。それじゃあ石動生徒会長のとばっちりで、マリエ副会長もまだレヴォルディオンには乗れてないの?』
俺が質問すると、八枷は『はい……?』と訳が分からないようだった。
『え? だってマリエ副会長は石動生徒会長のリーヴァーだろ?』
レヴォルディオンは複座式の人形機動兵器だ。
その操縦要員はメインパイロットたる男性と、動力源を制御するリーヴァーと呼ばれる女性とで構成される。マリエ副会長は石動生徒会長のリーヴァーだったはずだ。
俺が不思議に思っていると、八枷が答える。
『なにをおっしゃっているのか分かりません。石動生徒会長にリーヴァーは必要ありません』
『え? 何言ってんるんだよ。石動会長はパイロットなんだから、リーヴァーは必要だろう?』
『ふむ……どうやら設定の変更があるようですね。我々の時空の石動新志にリーヴァーは必要ありません。何故ならば、彼女は
八枷が冷静に指摘してくる。
『は? 何言ってんだよ。石動生徒会長が女性だって!? 男だろどう考えても!』
そんなわけはない。
俺は確かに男性に設定していたはずだ。
『たっくん落ち着いてください。T2さんが前に言ってたじゃないですか。虚構もあれば実在もある。ただし、全てが同じ設定とは限らないが……って、たぶんたっくんのレヴォルディオンの設定と違うんですよ』
りつひーが俺に冷静に指摘してきて、俺は確かに……と納得した。
そうこうしている内に八枷や皆との議論の時はあっという間に過ぎ、会議の開催時刻となる午後7時がやってきた。
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