16 下された命令

 俺による再度の電話に関する一言を受けてか、矢張さんのおかしな様子は治まった。


『たっくん……悪いけどもう安易な命令をするのはやめてもらってもいいかな?』


 亜翠さんがそう言い、俺は暗澹たる気分で『分かりました』と答えた。


『まさか本当に操がたっくんの絶対命令権限? に反応するなんて……ごめん、ごめんね操』


 実験に乗って、時間指定の発案をしたことを後悔しているのか、香月さんがしきりに矢張さんに謝っている。


『伊緒奈ちゃん。大丈夫だよ。私、もう大丈夫だから。ラジオ収録の方はもう今日は間に合わないけど、スケジュール調整してもらってるから平気だよ』


 矢張さんが香月さんを元気づける。


『矢張さん、本当に大丈夫?』


 俺も気になっていたのでそう聞く。


『うん。もう大丈夫です。さっきまではあんなに、たっくんに電話を掛けなきゃいけないって思ってたのに……』


 矢張さんはあっさりとした様子で答える。


『全く、うちの事務所のマネージャー二人も自衛隊中央病院に来てるし、自衛隊の護衛も米軍の護衛の人も何があったのかっててんやわんやでしたよ』


 亜翠さんと共に矢張さんを抑えてくれたりつひーが、やれやれといった様子で話す。


『ありがとうね、りつひちゃん。亜翠さんも。私、もう大丈夫です!』


 矢張さんが二人にお礼を述べ、元気なことをアピールする。


『たっくん。私、記憶障害や脳の変性なんかがないか調べて貰った方が良いと思うの。矢張さん。悪いけど今日はこのあとも検査してもらえる?』


 ギアスコードの内容を熟知しているらしき亜翠さんが、心配そうに提案する。


『明日も仕事がありますから、それに触らない範囲でなら……』


 と矢張さんは了承した。


『自衛隊と米軍の人が、今回の一件は熊総理やパルヴァンさんにすぐに報告させて貰いますって言ってます。小日向さん、厄介なことになるかもしれませんよ。この力は救世主だとしてもあまりにも強力すぎます』


 俺が矢張さんの検査結果を心配していると、りつひーがそう告げた。


『りつひー。でも小日向さんの周囲3kmには例の物理的フィールド? っていうのがあるんだから、もし危険人物扱いされたとしても、みんな何も出来ないんじゃないかな?』


 矢那尾さんが物理的フィールドのことを指摘する。


『それはそうかもしれませんけど……他人を自在に操る力なんて危険すぎますよ。ただの中卒ニートに持たせて良い力じゃない。小日向さんは救世主かもしれないけど、その力の使い方を誤ったら悪魔にもなりますよ。もし私がプラント大統領なら……さっさと始末します』


 りつひーはその冷静さで、大統領だった場合の俺の殺害を告げた。


『りつひー! 確かに操の件はたっくんも悪かったかもだけど、その言いようはないんじゃない? たっくんはみんなを救うために、幻聴かもしれないって思いながらも協力してくれてるのに……!』

『分かります! 分かりますけど、私だって怖いんですよ! いま小日向さんが私に死ねって言ったら死ぬことになっちゃうんですよ!? 香月さんは怖いと思わないんですか……!?』

『それは……怖くないって言ったら嘘かもだけど、でも……! たっくんは私達に絶対そんなこと言わないし!』


 香月さんが懸命に俺を庇ってくれる。

 しかし、これで香月さんとりつひーの仲が悪くなるのは、なんだかとても悪い気がした。


『ごめん、俺のために。できるだけ安易な命令は発しないようにするから、二人共ここは収めて貰って……』


 沈黙が落ちる。

 重苦しい空気が、部屋を締め付けるようだった。


『伊緒奈ちゃんもりつひちゃんも、たっくんもこう言ってるんだからもうやめよう……?』


 亜翠さんが疲れた声で言い、二人の間を取り持ってくれた。

 そしてそんな念話での一悶着から30分しない内に、パルヴァンさんから念話が来た。


『コヒナタ……。お前の絶対命令権限というやつの報告を受けた』

『はい……』


 俺が返事をしても、パルヴァンさんからは続きが来ない。

 どうしたというのだろう。


『それで、大統領を交えて緊急の電話会議をすることになった。俺から言えるのはこれだけだすまない』


 パルヴァンさんはそう言って念話を切った。


 それから僅か2時間後のことだった。

 気まずかったので念話をせずに買ってあったラノベを読んでいた俺に、必死な様子の香月さんの声が轟いた。


『たっくん! 私、いま自衛隊の人たちに拘束されてるんだけど、どういうこと?』

『伊緒奈ちゃん話すなって言われなかった!?』


 亜翠さんが驚いた様子で割り込んでくる。


『言われたけど、だっておかしいよこんなの、もしかしてたっくんに危害を加えるつもりじゃないよね!?』


 香月さんはしきりに俺のことを心配しているが、俺としては声優のみんなが拘束されているということのほうが気になった。


『拘束されてるって……みんな大丈夫なんですか?』


 俺がそう聞くと、りつひーが『私は大丈夫です。暫くの間、防衛省のある市ヶ谷に軟禁されるって聞きました』と教えてくれる。


『私も同様です。香月さんも抵抗しなければ大丈夫かと……』


 矢那尾さんも冷静にそう報告する。


『私は、まだ自衛隊中央病院の方でお泊りなので、事実上既に軟禁されているってことなんでしょうか?』


 と矢張さんがほんわかと言う。

 しかし、俺は心配で仕方がなかった。

 だから決意して言い放つ。


『なにもされていないなら良いけど、もし誰かに手を挙げるようなことがあれば俺はこの口を開きます。なにかあればいつでも言ってください』


 俺がそう言うと、話を聞いていたらしき熊総理が慌てて念話に加わってきた。


『小日向くん冷静になるんだ。ただ米軍の特殊部隊が君の家に突入するということが決まっただけの話だ』

『特殊部隊がですか?』

『あぁ……だが我々としては君が声優のみなさんに命じて、色々なことをされると困る。だから軟禁させてもらうことになっただけだ』

『本当ですね? 熊総理』

『あぁ、誓って本当だ』


 熊総理は短くそう答える。


『それと熊総理……念話を自由に聞けるんですね?』

『あぁ……昨日辺りからで出来るようになった。黙っていて済まない』

『いえ、いいんです。ならばパルヴァンさんも同じですか?』


 俺がそう聞くと、パルヴァンさんは観念したとばかりに出てきた。


『あぁ……そうだコヒナタ。私もいる。だがプラント大統領はまだのようだ。お前とよく話をしていたからかこうなった。黙っていてすまん』

『それで? 米特殊部隊がウチに突入するのは何時ですか?』


 俺が聞くと、パルヴァンさんは素直に口を開く。


『……もうすぐだ。だが内密に頼む』


 俺はその言葉にいつでも来いとばかりに、どっしりと身構えた。

 そして来たら出迎えられるように家の入口の電気を付けた。

 現実では口を噤んだままだったが、しかし心配だったので声優のみんなとは話すのをやめない。


『香月さん。本当に大丈夫ですか?』

『うん……車に乗せられたけど、手荒なことはされないみたい』

『そうですか……引き続きみんなも、何かあれば言ってください』


 香月さん以外のみんなはこの言葉には反応しなかった。

 そして1時間ほど過ぎた頃だった。


『時間だ』


 パルヴァンさんがそう告げ、俺は玄関の前で玄関を凝視する。

 しかし、何分待っても音沙汰はない。

 やはり……。


「ただの幻聴なんだから来るわけがないか……馬鹿馬鹿しい」


 現実でそう呟くと、聴覚共有していたらしき香月さんが『良かったぁ』と息を漏らした。


『……コヒナタ。作戦は失敗だ。やはり物理的フィールドとやらのせいで兵士が忘れてしまうらしい』

『そうですか、いきなり襲撃されなくて良かったです』


 そう言うと、俺は玄関の電気を消した。

 そんな時だった。


『きゃっ! なに!?』


 香月さんの悲鳴めいた声が聞こえた。

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