13 物理屋と数学屋
翌日の朝。
香月さんと話した後、十分な睡眠を取った俺は、いつものように10時過ぎに目覚めた。
母はもう仕事へ出かけている。一階に降りた俺は、ルーチンワークのように冷蔵庫のドアを開けると、用意されていた食事を電子レンジに放り込んだ。
「まだみんな仕事中だよな……」
本当ならばテレパシーで声優の皆と話をしていたかったが、仕事の邪魔をしてはいけないだろう。そんな想いでこれまたいつものようにTVを付けて、お昼のワイドショーを見始めた。
「やっぱりワイドショーで、xx県の山奥で不思議現象が発生してるとかの報道はないよな……」
当たり前だ。これは恐らく統合失調症による幻聴なのだから、そんなことワイドショーでやるわけがない。それに熊総理たちの言い分を信じるならば、極秘事項のはずだ。
『小日向くん、いまいいかい?』
熊総理が話しかけてきて、俺は集中するためにTVのボリュームを下げた。
『はい。大丈夫ですけど、何でしょう?』
『いやなに、物理や数学の専門家を交えての会議が始まったのでね、君の意見も聞いておきたい。それと出来ればパルヴァンさんも念話に加えて貰えるかい? 米軍とアメリカ大使館から出向してきて会議に参加することになった人達もいるが、しかし念話に加わって貰って私が説明したほうが手っ取り早いからね』
『分かりました、パルヴァンさん……今良いですか?』
『あぁ……仕事中だが問題はない。どうした?』
パルヴァンさんが念話に加わり、熊総理が今から物理や数学の専門家を交えての会議を行うことを説明した。
『そうですか。分かりました熊総理の説明を聞きましょう』
パルヴァンさんがそう応え、熊総理による会議の実況が始まった。
まず第一に説明されたのは、俺の家の周囲3km圏内で起きるという記憶喪失に関してだ。
3km圏内に入って消えるのは、俺と寒冷化理論や超震災についてなどの案件に関わる記憶のみで、それ以外は問題はないという。
加えて、病院で記憶喪失当事者の検査が行われたが、基本的に何の問題もなかったらしい。
ただ漠然と、俺に関わる件の記憶が3km圏内では消えるのだという。
それに加え、俺との電話などの通信ができなくなっていること、及びテレパシーにおける電話番号などの連絡手段の伝達も阻害されていることが、熊総理によって皆に説明されたらしい。
『11月15日以降、xx県の山奥で地磁気の乱れが観測されているそうだ』
熊総理が会議の内容を教えてくれる。
『地磁気の乱れですか?』
『あぁ……それも莫大な量の乱れで、当初は機器の故障を疑ってメンテナンスに入ったそうだが、機器の交換後も同様に大きな乱れが観測され続けているらしい』
熊総理が説明し、パルヴァンさんが『ふむ……』と相槌を打つ。
『それで数学者や物理学者はなんと言ってるんです?』
俺が聞くと、熊総理が東王大学の物理学者である栗原士尋教授の言い分をそのまま話し始める。
『もっと正確な観測データがないとなんとも言い切れませんが、地磁気の大幅な変動が観測されることから、件の人物の周囲3km圏内が特殊な物理的フィールドによって囲まれている可能性があります。中に入った人物が記憶を失ったり、特定の意図を持った通信が阻害されたりなどが起きていることから、因果律への干渉が起きていると思われます』
その言い分に俺は驚いて声を上げる。
「因果律への干渉だって……?」
その疑問はパルヴァンさんも同じだったようで、『因果律への干渉……』と小さく囁く。
『該当区域内では重力変動も観測されている可能性があります。つまり私が何を言いたいかというと、これはあくまでも憶測ですが、該当区域内は時間の流れなども違う可能性があります。ある種、別世界と言っても良いかもしれない』
続く熊総理の栗原教授の言葉をそのまま綴った念話に、パルヴァンさんが『馬鹿な……! そんなことが合ってたまるか!』と罵倒するような感想を述べる。
『まぁまぁ、所詮は専門家の憶測ですよ。考えすぎかもしれない』
熊総理がそう言って平静を装う。
『それは、確かにそうですが……いや冷静になろう……』
パルヴァンさんがそう言って熊総理の言に従う。
そうして栗原教授のターンが終わり、京王大学の数学者である道月一真教授が発言し始め、熊総理が再現する。
『正直言って、私はいまこの場に呼ばれているのが何故かと思っております。栗原教授のような物理学者だけが必要で、私がここに呼ばれた理由が見えてきません』
『それはですね道月教授、私が小日向拓也くんに言われてお呼びしました』
熊総理が現実で言っているのと同じであろう念話をこちらにも流す。
『件の彼ですか、彼は何故私を……?』
『小日向くん。私がそのまま返すから説明したまえ』
『はい』
言われ、俺は漠然とした理由でまだ整理がついていなかったが説明を始める。
『まず第一に、俺は中卒ニートですが、万物の理論に興味があって色々と考えていたんです』
『万物の理論に……? それは壮大なことだね』
『はい。自分でも妄想だと思います。初めに俺は論文とかを詳しく読んだわけではないと言っておきます。とにかくそれで、この3次元空間がサーストンの幾何化予想やポアンカレ予想のように8つの幾何学的不変量によって構成されると考えています。そしてこの幾何学的不変量の量子力学的な充満多重的な相互作用によって、この3次元空間が構成されているのではないか? と考えているんです。つまりこのアナロジーが、とても道月先生がABC予想の解決の為に作り出した新しい理論と似ているのではないかと考えてお呼びしました』
俺は自分が思っていた限りのことを必死に説明した。
とはいえ、これは俺が長年積み重ねてきた直感に過ぎない。
論文の内容を理解しているわけではないのだ。
それに道月先生の理論もまだ査読に通ったわけではなかった。
『道月先生は今深く考え込んでいるよ小日向くん。それでまた栗原先生が手を挙げた』
熊総理が状況を説明する。
『では、その量子力学的な充満多重的な相互作用……量子もつれによって時空が創発すると君は考えているんだね?』
栗原教授の発言を熊総理が再現する。
『はい。栗原教授のこの宇宙は、宇宙の端の二次元平面に投影されたデータというのと似たようなホログラフィック原理的な量子もつれによる時空創発の原理……それが道月教授の理論で説明されるのではないかと信じています』
俺はそう説明し、「道月教授の理論は絶対正しい……!」と呟く。
すると道月教授が長い思考を終えたのか、熊総理が彼の発言を再現し始める。
『これはあくまで直感だが、おそらくは君の言い分は正しいだろう。私の理論はある種無限次元に及ぶものだが、仮にそれを3次元に限定した場合、君のいうように8種類の幾何学的不変量でこの時空が構成される可能性は非常に高いと考えます。だがあくまで可能性の話です……そう道月先生は言っているよ』
『ありがとうございます。そういった意味でお二人をお呼びしましたと伝えてください。俺に言えるのは以上です』
そうして説明の念話を終えると、俺は汲んであったお茶を口に含んだ。
『会議はまだまだ続くから、もしかしたらまた小日向くんに聞くこともあるかもしれないが、取り敢えずお疲れ様』
『はい。ありがとうございました熊総理』
俺が仲介してくれた熊総理にお礼を言うと、パルヴァンさんが不思議そうに『コヒナタ……お前本当に中卒か?』と聞いてきた。
『本当に中卒ですけど、ただの直感ですからね。道月教授や栗原教授が認めてくれなかったら完全にただの妄想ですよ』
と自分なりに謙遜した言葉を返した。
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