統合失調症の俺が確かに世界を救った話

成葉弐なる

第1章 救世篇

1 統合失調症の始まり

 簡潔に手短にいこう。

 これは統合失調症の俺が確かに世界を救った話だ。

 妄想の話だろう? と貴方は言うかもしれない。

 それは確かにそうなのだろう。だから俺は実際に誰かに褒めてほしいとか、これは現実のことだったのだとか主張するつもりはない。

 しかし、確かに俺にとって世界は俺に救われたのだ。

 これはそんな俺の曖昧な記憶を手繰り寄せるノンフィクション小説だ。

 けれど俺を含め、登場人物は実在の人物であることを考慮し、全て仮名とする。




 忘れもしない2017年の10月。

 俺、xx県のド田舎に住む高齢ニートである小日向こひなた拓也、31歳は、オンラインTPSをしていた。

 このゲームは51vs51で戦う有名ロボットアニメを原作とするロボットTPSだ。

 ゲーム中の成果はリアルタイムでポイント化され、TABキーを押せばランキングとして表示される。俺はそのランキングを眺めて、悪態をつく。


「ちっ……連隊相手じゃどうしたって負けだろ。こっちはポイント上位取ってるってのに結果が大敗じゃどうしたって階級ポイントが下がるじゃないか」


 俺は将官戦場と呼ばれる、階級が准将以上のプレイヤーが主に参加する高レベル帯のマッチングに参加していた。しかし勝敗の行方は現時点でもはっきりと明確に分かる。

 初動の戦いで拠点の内の一つを破壊され、リスポーン地点となる中間拠点までも占拠された俺等のチームは、もう一つの拠点に押し込められてリスキル行為を受けていたからだ。

 これでは相手の拠点に攻め入ることすら満足に出来ない。

 もうゲームは明確に勝敗が決まっていた。


 こんな一方的な戦いになっている理由は一つだ。相手がゲーム実況配信者との時間合わせで入ってきたプレイヤーばかりで、非常に統率が取れているからだ。

 このゲームではそれが連隊と呼ばれて批判の対象になることも多かったが、ゲーム側で対策されないことで事実上認められていた行為だった。


「はいはい。負け負け」


 結果が出て勝敗が決まり、俺は即座に次のマッチングに移ろうと参戦予約をする。

 連隊は一定のタイミングで時計合わせをしてくるから時間がかかる。すぐにマッチングに移れば避けられる可能性が高かったからだ。


 そうしてマッチングしたはずなのに、また同じ連隊に当たってしまった。

 敵のパイロット名を見ながら辟易する。


「は? マジかよ……またこいつらか……」


 俺はため息をつきつつも、下らない連隊相手の戦いを消化試合のようにこなした。

 そんな時だった。


『これは……もしかして俺に合わせて来ているのかもしれない』


 そんな考えが脳裏をよぎる。


「バカバカしい、そんなわけないさ……」


 俺は今日のゲームは一区切りにして、Twitterを開いた。

 そしてたまたま偶然、ある女性声優さんの投稿を見た。


“今日はとあるイベントの日! 頑張っていきまっしょい!”


 そして再びある考えが頭をよぎる。


『これは俺に向けてのセリフかもしれない……!』


「そんなわけないだろ。疲れてるのかな……」


 最初はその程度の些細な一時の考えだと思っていた。




 そして1週間が過ぎた。


「まーた連隊かよ……」


 同じゲームを懲りもせずにやっていてまたしても連隊に当たった俺はいつものようにぼやく。


「連隊ってなに?」


 俺の隣で新聞を読んでいた母が俺に問う。


「卑怯な連中と当たったってこと!」


 とイラつきながら答え、ゲームを嫌々ながらにこなしていく。

 そして今日何度目かの連隊に当たったとき、俺の中で何かが弾けた。


『お前に合わせてるんだよ』


 脳裏でそんな声がする。


「絶対おかしい! 俺に合わせてきてるに違いない!

 運営のインターネット・ガーディアンの連中が俺を狙って連隊してるんだ!!」


 インターネット・ガーディアンとはゲーム運営会社からこのゲームの運用を任されていたと専らネット上では有名な、ネットコンテンツの監視などのアウトソーシングサービスを展開している企業だ。きっとこの間、ゲームが連隊を許容していることに対してクレームを送ったからだ。俺はそう考えていた。

 当然そんなわけはない。

 だがこの時の俺はそう信じて疑えなくなっていた。


 統合失調症における妄想。

 その病識を持っていても、俺は脳裏で囁く声に逆らえなくなっていた。

 俺は大好きだったそのロボットTPSをやめた。


 そうして更に1週間が過ぎた頃には、俺はインターネットガーディアンに監視されているのではないか? という妄想に支配されていた。

 きっとロボットTPSのクライアントを通じてウィルスのようなものを送り込まれたんだ。

 それで俺の生活を監視しているんだ! そんな考えで頭が一杯になり、俺はついに実験と称して家中の通信機器を処分することにした。

 かき集めたゲーム機、電話、プリンターなどありとあらゆる通信機構を持つ家電を、家の庭にあるコンクリート製の池に水没させて壊していく。

 もちろん自分のスマホも処分したし、ネットの固定回線をも物理的に切断して破壊する。

 母に泣く泣く頼まれて、母のスマホだけは処分しないということになった。


 考えてみれば、この行動こそが病態の悪化に繋がったのだろう。

 精神病院などでは主にスマホなどの通信機器の使用は禁止されると聞くが、しかし統合失調症患者にとって、真実の情報をインターネットで検索してチェックできないというのは本当に恐ろしいことなのだ。ということを医療従事者がもし居れば指摘したい。




 通信機器を全て処分して1週間が過ぎた。

 この頃になればインターネットが無いことにも若干慣れ始めていたがしかし、どうにも暇を潰すのに何もやることがない。

 俺は買っておいた漫画やライトノベルを読むことで退屈をまぎらわせていた。


 しかし、脳内はこの間Twitterで見たとある女性声優さんのことでいっぱいになっていた。

 彼女の名前は亜翠あすいみずき。今年で31になる俺と同じ年代の声優さんだ。


『亜翠さんは、俺に気があるらしい』


「そんなわけないだろ。会ったこともイベントに行ったことすらないのに。アニメやゲームで声を知ってるだけでTwitterでフォローすらしてないから、人となりだって知らないんだぞ……」


 バカバカしい考えだと一蹴する俺。

 しかし、更に3日が過ぎた頃には、俺の脳内では彼女が俺に会いたいと願っているらしいという考えに支配されていた。

 本当にバカバカしいと思うがどうしようもないのだ。

 そうして俺は、深夜に亜翠さんが俺を訪ねてくるかもしれないという妄想に支配された。

 こんなド田舎にどうやって来ると言うのか?

 車を使っても最寄り駅から30分以上かかるというのにだ。


 そうして数日が過ぎ、それでも俺は亜翠さんを待ち続けた。

 そんな日の深夜だった。


『亜翠さんが家の裏手の神社にいるかもしれない……!』


 そんな考えが脳内を支配し、俺は冬が近づいてきた晩秋の深夜に、家の裏手にある神社へとわざわざ出向くことになった。


 当然のように誰もいない。

 神社の周りは木々で遮られていて家々は見えない。

 風と木々がこすれて凄い音がする中、俺はそれでも亜翠さんを探した。


「亜翠さ~ん? いますかー?」


 いるわけがない。内心でもそんなことは分かっている。

 分かっていても脳裏で囁く声に抗うことができなかったのだ。

 そうして15分ほど神社の周りを探し歩く。


「いるわけないよな……」


 諦めて家に戻る。

 しかし家について暫くして、また脳裏に考えがよぎる。


『家が分からなくて、家の前の空き家にきてるかもしれない……!』


 馬鹿馬鹿しい……そんなわけあるか。

 そう思いつつも確認せずには居られない。

 さっき何分もかかる神社に行ったんだ。どうせ歩いて5分もしない場所なのだから確認に行っても問題はないじゃないか。

 そう自分を騙し、確認をしに家を出た。


 家の前にある空き家へと向かい庭に入る。

 ……誰も居ない。

 当たり前じゃないか。

 そう思いつつも、


『もしかしたら空き家のなかにいるかもしれない』


 という考えに支配されて、先程神社でしたように「亜翠さーん? いますかー?」と声をかけた。

 当然のように返事はない。ただの空き家のようだ。

 アホらし、帰ろ……。

 そう思いつつも、亜翠さんにこんなにも会いたいと思っている思いが彼女に伝わればいいのに……亜翠さんと念話みたいに話ができたらいいのに……という考えが自然に湧いて出た。

 そうして、亜翠さん! と心で彼女の名前を念じた。その時だった。


『はい……?』


 確かに、アニメやゲームで良く知っている亜翠みずきの声がした。

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