第4話 騙された二年間

 幼馴染を買い取った龍一は、そのまま自宅まで連れ帰ってきた。

 そこは王都の中心からかなり離れた場所にある寂れた一軒家。

 治安は良くない代わりに費用は安い、独身男性向けの賃貸物件だった。


「ここがリュー君のお部屋? 入るの、久しぶりー」


「……そもそも、違う部屋だからな。久しぶりも何もないだろうに」


「ベッド座ってもいい? 広いから、二人で寝れそうだねー」


「…………」


 部屋に入った幼馴染……白井トワは勝手知ったる場所と言わんばかりにベッドに乗って、その弾力を確かめている。


「良いベッド。高かった?」


「ああ……努力のために睡眠は大事だからな。職人に頼んで作ってもらった」


 龍一はショートスリーパーだった。

 一日に二、三時間も睡眠を取れば、問題なく活動することができる。

 短い睡眠だからこそ質には何よりもこだわっており、寝具には特に気を遣っていた。


「そうなんだー。日本にいた頃と変わらないね」


 言いながら、トワが寝転がって枕に顔を埋めた。


「リュー君の匂い……本当に生きてた」


「改めて……話を聞かせてもらうぞ。どうして、俺が死んだと思っていたんだ?」


 自分とトワの間には決定的な齟齬そごがある。それはこれまでの会話からわかっていた。

 これからどうするにせよ、まずはその辺りの話を聞かなくてはなるまい。


「えっとねー、二年前にさ。リュー君がお城を追い出されることになったよね?」


「ああ、俺と十五人ほどのクラスメイトが追放されたな」


「あの時さ、私もリュー君についていこうとしてたんだー」


「は……?」


 龍一が目を見開いた。初耳である。


「ついていくって……お前は追放対象じゃなかったよな?」


 トワが与えられた召喚特典は【全域の魔術師】。

 この世界のあらゆる魔法スキルを使用することができるという、まさしくチート級の能力だった。

 追い出しの対象になど絶対にならない。王族からも厚待遇で迎えられていた。


「うん、お城の人には止められたけど……リュー君と一緒に行きたかったから」


 トワが何でもないことのように答える。

 幼馴染として十年以上も一緒にいたが、異世界に来ても変わらず一緒にいようとしてくれたのか。

 捨てられたと思っていたのは、龍一の勘違いだったようである。


「だけど……出発の日に、どうしてか寝坊しちゃったんだ。前の日は早く寝たんだけど、気がついたら夕方だったの。リュー君、私と会わずに出てっちゃったよね」


 眠そうな顔に責めるような色が混じる。

 トワはトワで、龍一に捨てられたと思ったのかもしれない。


「追いかけようとしたんだけど……虎井君とか東川さんとかが言うの。リュー君が私を捨てたんだって。足手まといになるから置いてくんだって」


「…………」


「そうしているうちに、リュー君が死んじゃったって聞かされたの。悪いドラゴンに食べられちゃったって言われたんだよ」


「……デタラメだ。俺はお前を捨ててないし、食べられてもいない」


 虎井と東川。

 どちらもクラスメイトで、召喚特典に恵まれて城に残った奴らだった。

 彼らはトワのことを気に入っており、たびたび龍一に絡んできた。勉強をしている龍一を馬鹿にしていた中心人物も彼らである。


「うんうん、そうだったんだねー。生きていてくれて良かったよー」


「その割には、顔を合わせた時に驚いていなかったよな」


「驚いたよー。驚きすぎて、ちょっとオシッコ漏らしちゃった」


「……そういうこと、言わないでくれる? そして、その尻で人のベッドに座るな」


「ごめんねー?」


 それほど悪びれることなく、トワが小首を傾げながら謝罪する。


「それで、私とっても悲しかったの。悲しくて悲しくて、それでこの世界からドラゴンを絶滅させちゃおうって思って、いっぱい魔法の練習したんだー。女神様の力が消えて、魔法はどれも使えなくなっちゃったけどねー?」


「うん、努力は大事だよな……恐ろしいことを言っていたような気もするけど」


 別れた時の経緯はわかった。

 つまり、トワのことを利用したい連中の策略に嵌められたのだ。


(トワはすごいチートを持っていたし、城の奴らも彼女を逃がさないために、その嘘に便乗したんだろうな……寝坊をしたのも睡眠薬でも盛られたのかも)


「そこまではわかった……それで、どうして奴隷になっていたんだ?」


 確かに、女神による召喚特典は剥奪された。

 しかし、剥奪からまだ一週間とかかっていない。

 役立たずになったとはいえ、いきなり奴隷になんてするだろうか?


「あのね、私を売ったのは城のお姫様なの」


「お姫様……確か、三人いたな」


「うん。私を売ったのは三番目の人。私のことが嫌いだったんだって」


 エメラルド王国の三人の姫。

 城で見かけたくらいで顔しか知らないが、一番下の姫がメイドを怒鳴りつけているのを見たことがあった。

 ヒステリックで、ワガママそうな女の子だと思っていたのだが……まさか、彼女の仕業だったのか。


「お姫様の婚約者さんが、私のことを好きなんだって。私と結婚したいから、お姫様と婚約破棄したいって言いだしたみたい」


「うっわ……マジでか……」


「私が断ったから、その話は無くなったんだけど……お姫様、私に婚約者を取られたって思っているみたいだよ? すごい嫌われてて、【全域の魔術師】が無くなった途端に奴隷商人のオジサンを呼んで、私のことを売ったのー」


 トワがそれなりに壮絶な内容をポワポワの笑顔で話す。

 要するに、第三王女の逆恨みによってトワは奴隷落ちさせられたようである。

 チート能力を持っていたうちは利用価値があったので手を出せなかったが、それが失われた途端に攻撃してきたということだ。


「許せないな……ゲスの極みかよ」


「私は別にいーよー。おかげで、リュー君に会えたから」


「ただのラッキーパンチだろうが……絶対、怒っても許される事案だからな?」


 そんな目に遭わされたら……憎悪し、復讐したって許されるだろう。

 トワがこんなのんびり構えていられるのが奇跡である。


「まあ、いい……とにかく、今日は休め」


 変わらない幼馴染の様子に安堵と呆れを覚えながら、龍一は話を切り上げる。


「食事は買い置きのやつがあるから、それを食べたら休め。シャワーも好きに使って良いぞ」


「あ、やったー。お風呂、入ってなかったからモワモワしてたんだ。先に入ってくるねー?」


「何だよ、モワモワって」


「臭くない? リュー君に臭うって言われたら、私傷ついちゃうかもー?」


 トワがシャワールームに消えていき、龍一が簡単な食事の用意する。

 龍一とトワは二年ぶりに一緒に食事を摂り、旧交を温めて離れていた間の空白を埋めたのであった。

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