第2話 友人との再会
龍一が受付嬢ティーナの誘いを蹴ってまでやってきたのは、町はずれにある小さな建物である。
年季の入ったレンガの建物。入口の上にはこの世界の言葉で『鍛冶屋』と看板がかかっていた。
「邪魔するぞ」
「邪魔するんやったら帰ってー」
「わかったー」
「いや、マジで帰るなや! 冗談や、冗談!」
店に入ると、店主の男性がおなじみのやり取りを吹っかけてきた。
龍一と同年代……というよりも、同級生なので同い年の男である。
「なんや、生きとったんか。最近、顔見せんから心配したで」
ヒラヒラと手を振ってきた店主の男性……名前は野田浩二。
龍一と一緒に異世界に召喚されて、同じタイミングで追放されたクラスメイトである。
野田は城を追い出されてから、商人として働いていた。
彼は【万能の経理者】という事務や計算に特化した召喚特典を持っていたため、それを利用して商人になり生活費を稼いでいた。
しかし……仕事でとある鍛冶屋に入った際、看板娘だった店主の娘に一目惚れ。
結婚を申し込み、婿入りのために商人をやめて鍛冶師になったのである。
「お前も聞こえたよな、女神の声。みんなはどうしてるのかと思って、様子を見に来たんだ」
「あー……アレな。俺は大丈夫やけど、他の連中はかなりヤバいことになっとるで」
野田が頭を掻きながら、苦々しそうに言う。
野田を始めとして、クラスメイトの何人かとは交流を続けていた。
「追放組の奴らはすでに手に職持っているから、そこまで困ってる奴はおらんで。俺も転生特典頼みで商人を続けとったらヤバかったけど、もう鍛冶師やからな。今更、女神のチートが無くなろうが関係ないわ」
「城の連中はどうだ?」
「んー……顧客の兵士から聞いた話やと、城に残っている奴ら、かなりとっちめられとるみたいやな。役職を解任されたり、財産や屋敷を没収されたり。『能力を失った役立たずはいらない』とか言われて追い出された奴もおるみたいや。ざまあな話やけど、ちょっと可哀そうやなー」
野田が苦笑いをする。
城にはクラスメイトのうち、召喚特典に恵まれた者達が住んでいた。
彼らは龍一や野田とは違って、女神からもらったチートに頼りきりになっていたはず。
頼みの綱を急に取り上げられて、さぞや困り果てていることだろう。
「他のスキルを真面目に鍛えとったら、食うには困らんやろ。俺らが何かする必要はないと思うで」
この世界には『スキル』というものが存在している。
スキルは特定の行動をとり続けることで得られる特殊能力で、召喚特典とは別物。【剣術】や【火魔法】のように戦闘で役立つもの、【調合】や【鍛冶】、【料理】、【清掃】といった物作りや生活に役立つものがある。
スキルは努力していれば誰だって修得することができるため、おかげで龍一も冒険者として活動するのに困らなかった。
「やっぱり、最後に頼りになるのは努力して得たものか……努力を怠った連中がどうなろうと、自業自得ってわけだよな」
龍一が少しだけ暗い気持ちになりながら、頷いた。
城を追い出された際に他のクラスメイトとは決別したが……彼らの中には、日本にいた頃に親しくしていた人間もいる。
助けるために積極的に行動しようとは思わないが、不幸になって欲しいとまでは思っていない。
「もしかして……白井のことを気にしてるんか?」
「……名前を出すなよ。デリカシーがないぞ」
「そういえば、幼馴染だったんやな。心配なんやろ?」
『白井トワ』というのは一緒に召喚されたクラスメイトにして、龍一の幼馴染である。
それなりに仲が良かったはず。いつか告白して付き合えたら……そんなふうに思ったこともあったが、城を出てから一度も会っていない。
龍一が追い出される際、見送りにすら来なかった。ハッキリと口に出して別れを告げられたわけではないが……事実上の絶縁関係である。
「心配はしているが……アイツとはもう何の関係もないからな。お互い、もう二度と会うことはないだろうよ」
「……ま、お前がそれでいいならええけどな。冒険者だからって、いつまでもフラフラしとらんで早く身を固めることや。俺みたいに可愛くて性格も良い嫁さんもらうことやね」
「自慢してんじゃねーよ。お茶漬け出されたいのか?」
「ここは俺の店やって! 何でこっちの方が追い出されるん!?」
そんなやり取りを終えて、龍一は友人の鍛冶屋を後にした。
〇 〇 〇
『リュー君は将来立派な人になれるよー』
『いっぱい努力できて偉いね』
『人に言われても気にしないで。リュー君はすごい。いつも頑張っていてカッコいいよー』
「……くだらないな。今更、何を引きずっているんだか」
野田の鍛冶屋を出て、龍一はそれほど人通りのない町はずれを歩いて行った。
思い出されるのは日本での出来事。在りし日の思い出である。
幼馴染の少女……白井トワとは幼稚園の頃から一緒だった。
小学校、中学校、高校と進学してからも関係は変わることはなく、いつも一緒に行動していた。
龍一がガリ勉になった原因も、元はといえばトワが幼い頃に病気がちだったこと。「医者になって治してあげたい」と少年らしい正義感に駆られたからである。
(完全な思い上がりだったけど……トワも俺のことが好きだと思っていた。将来的には付き合って、結婚なんてしちゃうんだと思ってたんだけどな……)
だけど……それは龍一の一方的な片思いだった。
龍一が城を追い出される際、トワは見送りにすら来てくれなかった。
代わりに見送りに来た女子の話によると……「もう顔を合わせたくない。二度と会いにこないで」と言っていたらしい。
龍一は自分がトワと好き合っているものだとばかり思っていたが、あっちは付きまとわれているという認識だったのかもしれない。
(もう二度と会うことはないだろうけど……できれば、元気でやって欲しいよな)
「おい、そこの黒髪! 待ちやがれ!」
「あ?」
悶々と考え事をしながら歩いていると、後ろから声をかけられた。
振り返ると、いかにもガラの悪そうな二人組の男が立っている。
「その黒髪……テメエ、異世界人だな!」
「……いや、違うよ。気のせいだ。よく似てるって言われる。ただのそっくりさんだから」
「んなわけねえだろうが! おちょくってんのかあっ!?」
「テメエら異世界人には、さんざん煮え湯を飲まされてハラワタ煮えくり返ってるんだよ! ぶっ殺すぞ!」
「煮え湯を飲んで煮えくり返っているのか……それはさぞや熱いんだろうな」
ギャンギャンと喚いているチンピラに、龍一が溜息混じりに言葉を返す。
【無貌の偽装者】が無くなったせいで茶髪にしていた頭が黒くなってしまい、おかげで異世界人だとバレたようだ。
理由はわからないが、この世界に召喚される人間は日本人ばかり。黒髪黒目であることは召喚された人間を見分ける基準の一つとなっていた。
「もしかして……異世界人に恨みでもあるのか?」
「恋人を寝取られた! 文句を言ったら殴られた!」
「店の商品を奪われて、代金を踏み倒された! おかげでウチの店は潰れちまった!」
龍一が訊ねると、間髪入れずに怒鳴り返してきた。
男達は顔を真っ赤にしており、よほど腹に据えかねていたのだろう。
(日本人の中には、女神からもらったチートで好き勝手やる奴もいるからな……とばっちりかよ)
「テメエら、力を無くしたんだろう!? 今こそ復讐のチャンスだぜ!」
「積年の恨み……ぶっ殺してやるから、覚悟しやがれ!」
「ハア……まあ、別に良いけどな。渡りに船だ」
ちょうど、誰でも良いから殴りたい気分だったのだ。
幼馴染のことを思い出して気分が暗くなっていた。憂さ晴らしに付き合ってくれるのなら喜ばしい限りである。
「わかった、わかった……さっさとかかってこい」
「ウラアッ!」
男の一方が殴りかかってきた。
龍一は動かない。突っ立ったまま、大人しく殴られる。
「【鋼体】」
「ぎえっ!?」
殴った拳からゴキリと痛そうな音がした。
男がおかしな方向に曲がった手を押さえて、悲鳴を上げる。
「痛えええええええええええええええええっ! テメエ、なんだその硬さは!?」
「【鋼体】……一定以上のダメージを喰らうことで得られるスキルで、【防御強化】の上位互換だ。ダンジョン深層を潜る冒険者の必須スキルだよ」
「グゲッ……!」
親切に答えてやってから、男の腹をどついた。
殴られた男は身体を『く』の字に折り曲げ、そのまま地面に崩れ落ちて悶絶する。
「馬鹿な……異世界人は力を無くしているはずだろ!? どうして、スキルが使えるんだよ!」
「いや……失ったのは女神からもらった召喚特典だけだ。普通に努力して手に入れたスキルまで消えていない」
「ふざけんなよ! そんなの反則だろうが!」
「努力して手に入れたものの何が反則だって言うんだよ……脳みそにキノコでも生えているのか?」
この世界の素晴らしいところは、努力をすれば必ず報われることである。
一定の行動をとり続けてさえいれば、絶対にスキルを手に入れることができる。
生まれつきスキルを持っている天才型もいるそうだが……時間をかけて努力さえしていれば、必ず巻き返すことができるのだ。
「理不尽なチートで奪われたお前らには同情するが……だからといって、俺が知ったことかって話だよ」
「この……チクショウがああああああああああああっ!」
もう一方の男がナイフを取り出し、大きく振り上げた。
刃物まで出してしまうとは、もはやケンカでは済まされない。
「『ラッシュブロー』!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
【格闘術】のスキルを鍛えることによって得られる
無数の拳が男の全身に浴びせられ、ナイフを落として吹っ飛んでいく。
「これに懲りたら、真っ当に努力をしろよ。現地人」
「グ……ア……」
男が倒れて、呻き声を上げている。
おかげで、腹に溜まった鬱憤が多少は晴れた。
龍一は男達を踏みつけ、少しだけ晴れやかな気分になって路地裏から出ていって……。
「あ、リュー君だ」
「は……?」
大通りに出たところで、再び声をかけられる。
またかよと思ったのは一瞬。聞き馴染みのある声の主に気がついて、龍一は思考停止に陥った。
「生きてたんだね、ビックリだよー」
「…………」
振り返った先にいたのは、チンピラとケンカをする前に思い浮かべていた人物。
大きな牢屋の中に閉じ込められた、半裸の幼馴染の少女……白井トワの姿があったのである。
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