ダンジョンは努力しか勝たん クラスメイトがチートを失ったが努力家の俺には関係ない

レオナールD

第一章

プロローグ 女神の横暴

『申し訳ございません。異世界人の皆さん。これから、あなた達に与えた召喚特典を剥奪はくだつさせていただきます』


 その声は彼……黒衛くろえ龍一に話しかけているというよりも、大勢の人間に同時に話しかけているようだった。


「これって……もしかして、女神の声か?」


 龍一が作業をしていた手を止めて、不思議そうにつぶやいた。

 彼の名前は黒衛龍一。地球から異世界に召喚された日本人である。

 先ほどの声には聞き覚えがあった。この世界に召喚された際にも耳にした、女神の声である。


『実を言いますと……個人に対して一定以上の加護を与える行為が『神族法』に引っかかってしまい、処罰を受けることになってしまったんですよね。幸い、罰金刑で済んだんですけど、厳重注意を受けちゃいまして……これ以上、皆さんに力を与えておくことはできなくなっちゃったんですよ』


「『なっちゃったんですよ』って……そんな軽く言われてもな」


 よくわからないが……龍一らが召喚された際に与えられた召喚特典が、神様のルールに引っかかったらしい。

 正直、召喚されて二年も経ってから言われても困るという話だが。


『まあ、努力すれば普通にスキルを修得できますし、チート能力とか無くてもどうにかなりますよね? お願いだから、私を恨まないでください。酷いことを言われたら、女神でも傷ついちゃいますからねー?』


 いや、知らんがなと言いたくなる。

 人様を勝手に召喚して力を与えておいて、それを一方的に奪うと言っているのだ。

 傷つくのなら、一人で勝手に傷つけよと言いたくなった。


『それじゃあ、そういうことで。皆さん、これからも頑張ってこの世界で生きていってくださいねー。ちなみに……元の世界に帰る方法を探している方もいるみたいですけど、そんな方法はありませんから諦めてください。それじゃあ、さようならー』


 最後にとんでもない爆弾を落として、女神は一方的に通信を切った。

 頭の中に響いていた声が消えて、龍一は大きな溜息を吐く。


「何というか……本当に身勝手な話だよな……」


 召喚特典を……チート能力を奪われて、一緒に召喚されたクラスメイトが発狂する姿が頭に浮かぶ。

 チート能力に頼りきりになっていた彼らは、これからどうやって生きていくのだろう。

 特別な力に頼らない生き方を確立しているのならば良いが……そうでないのなら、地獄を見るに違いない。


「ま……俺には関係ないけどな」


「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 思い出したように、目の前の魔物が咆哮を上げる。

 龍一の前にはゾウほどの大きさがある狼がいて、真っ赤に充血した目で龍一を見下ろしていた。

 ここはダンジョンの深層。魔物の巣窟だ。

 攻略中に突然、女神の声が頭に響いてきて中断させられたが……そろそろ、戦いを再開させなくてはいけない。


「待たせたな、そろそろ殺すけど問題ないよな?」


「ガウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!」


 抗議するような唸り声が返ってくる。

 当然だろう。弱肉強食がダンジョンの掟であるとはいえ、黙って狩られる奴がいるものか。


「そりゃあ、そうだ……それじゃあ、くぞ!」


 地面を蹴って、龍一が巨大な狼めがけて飛びかかった。


 女神が召喚特典を取り上げようと、力を失ったクラスメイトが泣き叫ぼうと……龍一には関係のないことである。

 元々、女神の力に頼りきりになったことなどない。

 どうせ大した加護でもなかったし、無くなったとしても何ら影響はあるまい。


「やっぱり、人生は努力しか勝たんな。女神が手を引いたくらいで、この二年間の積み重ねの何が変わるものかよ!」


「ガウウウウウウウウウウウウッ!」


「『ビースト・スラッシュ』!」


「ギャウッ……!」


 龍一の剣が光を纏い、狼を一刀両断に斬り裂いた。

 ダンジョン深層の魔物……それなりに強いはずの怪物がちりになって消滅する。勝者への報酬であるドロップアイテムが地面に落ちた。

 現れたアイテム……黒い動物の毛皮を見下ろして、龍一は小さく溜息を吐く。


「『巨狼の毛皮』……ハズレドロップか。これはそんなに高く売れないんだよな」


「「「「「ガウウウウウウウウウウウウッ!」」」」」


「おお、注文してもいないのにおかわりが来たな」


 ダンジョンの奥から、さらに続々と狼の魔物が現れた。

 爛々と輝いて龍一に向けられたいくつもの瞳。剥き出しの敵意が一斉に浴びせられる。


「これだけ倒せば、一つくらいはレアアイテムも出るだろう? やっぱり、大切なのは積み重ね。努力と根性だよな」


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


「それじゃあ……今度こそレアドロップを落としてくれよな!」


 一匹の狼が飛びかかってくるが、回避して剣を振り下ろす。

 狙いすました斬撃が狼の首を落として、再び黒い毛皮が地面に落ちる。


「またハズレ……次だ、次!」


 二匹目、三匹目が飛びかかってくる。

 迫りくる牙を龍一は大きな跳躍によって回避。そのまま、何もない空中を蹴った。


「『エアステップ』!」


 二年間で修得したスキルの一つ……【体術】を鍛えることで修得した戦技。

 空中を足場にすることで重力を超えた速度で加速し、さらに剣を二閃、三閃、狼をさらに撃破していく。


(異世界に才能もチートも必要ない……俺はこれからも変わらず努力だけで生きていく!)


「喰らえ!」


「ギャンッ!」


 自分に言い聞かせるように念じながら、龍一が最後の巨狼を撃破したのであった。






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