運命の人を享受せよー9/18

 しばらく話し込んでしまっていたから聞声さんをすぐに家に帰した。時刻は悠々八時を過ぎている。もっと話したいことはあったけれど、これ以上の歓談は嬉々さんに送り迎え以外のいかがわしいことをしていると疑われてしまいそうで――一人、夜道を歩く。


 話し相手がいないと更に静かで、アスファルト踏みしめる自分の足音が耳に残る。


 なかよし公園周辺に住む同級生の調査は追々するとして、目下問題はもう一つ、『あの閉じ込め事件の犯人は誰か?』だ。


 魔が差したいたずらの線が個人的には濃厚だけれど、だとしても厳重注意の必要はある。


 たまたまギャルが通り過ぎなければ、当初覚悟していた教師の見回りまで待たねばならなかったわけで、その際の言い訳の面倒臭さたるや。ひょっとしたらこの時間まで教師陣に弁解をしていたかもしれない。


 だから運命の人とは別に、探し出しておきたい。


 犯人が猟奇いたずらマシーンでない限り、計画的ではないにせよ、俺たちによからぬ気持ちが――動機があったはず。して、考え得る動機は三つ。



 その一、俺が許せなかった。


 その二、聞声さんが許せなかった。


 その三、俺と聞声さんが許せなかった。



 その一の動機は正直薄い。最近三大マドンナと話すことが多々ある件で恨んだとして、二人きりにしてしまっては本末転倒だ。その三も俺と聞声さんの共通点がなく、接点さえ先日できたばかりなのでなしより。したがって、その二の動機としてもっともらしくなる。


 人当たりがよく美人な彼女が恨まれるとしたら、逆恨みの方だろう。


 聞声さんが鍵をうっかり落としたところを発見し、こっそり後を付けて、タイミング見計らい、閉じ込めた。鍵を落としたのが歌劇さん、というのが俺の関係するその一とその三の動機を弱体化させ、その二の説を補強する。


 だが、その二の動機には重大な欠点があった。


「逆恨みじゃあ調べようがない」


 恨まれるような失態を犯したことが原因でないなら、聞声さん自身に訊いても仕方がない。何もしていないから逆恨みなのだ。まあ外面は良くても暴力的な彼女のことだし、ついうっかり誰かをぶっ飛ばしたことがあるかもしれない。


 一応、明日聞いてみるか。


 他にやれることは居残っていた生徒を調べるくらいで……ぽつぽつと考え事をしているうちに、見覚えのあるごく普通の一軒家、大上絵家に到着した。


 相談役として、恋愛の絡まない事件事故に関与するのは不本意だけれど、聞声さんの運命の人を探すという重大任務を邪魔されたらたまったもんじゃあない。


 決意を新たに、玄関のかぎを開ける。


リビングから愛する妹の「おーかーえーりー」がくぐもって聞こえた。


 翌日。


 とうとう豪雨警報が出た。


 篠突く雨がガラス窓を叩き、屋根に落ちる大粒の雨音が出掛ける気力を極限まで削ってくる。


 母も父も既に仕事に出て、妹も「今日臨時休校っ! お兄ちゃんざまぁ~!」と煽るだけ煽って二度寝を決め込んでしまった、午前九時。遅めの朝食をとかじるトーストもこの大雨でどこか湿気っていた。


 『豪雨警報のお知らせ』という表題で学校から電子メールが送信された。内容を要約すると「一旦自宅待機」で、普段ならどんな文字列よりも素晴らしい文章だと讃美歌を熱唱しかねなかったのだが、抱えている相談と面倒事の関係上そう喜んでもいられない。


 いま必要なのは第三者への聞き込みだ。



 なかよし公園周辺に十年以上前住んでいた同級生。


 昨日、五時ごろまで居残っていた生徒。



 人の記憶は曖昧なもので、時間が経てば経つほど不明瞭に、証言が異なってしまう。後者はその影響をもろに受け、前者だって早いに越したことはない。


 電話口でも話を聞きだすことはできる。というか可能なら既にやっている。


 改めて認識するのは苦痛だが、俺は友達が少ない。SNSのフレンド欄はぎりぎり二桁。学年全体どころか、クラス全員に連絡できるかどうかも怪しい。


 教育の場面でもITが持ち出される昨今、連絡網という文化は淘汰され、様々な便利ツールが台頭してきた。まさかこんなところで影響を受けるとは……。


 ヴヴヴヴヴヴヴ!!


 スマホがバイブレーションで机と擦れ、けたたましい音を出す。唐突なリアルジャンプスケアにびくんっと肩を震わせ、恐る恐る画面を覗くと、


 『おはようございます。自宅待機になってしまいましたね』


 開きっぱなしのメール文面の上に、聞声さんからのチャット通知が出現していた。気安い友人間とは思えない硬い文面だな。ポップアップが消えるより先にタップして、チャット欄を開く。


 『おはよう』『聞声さんいま起き?』


 既読は瞬時に付く。画面は開きっぱなしらしい。


 『いえ、六時に起きました。大上絵君がこの大雨の中登校したら大変だと思ったので』


 『クラスチャットに入っていないようですし』


 やっぱあるんだ、クラスのグループチャット。『誘われてないんだよ』そう真実を伝えることもできたけれど、黙っておく。俺の微々たる名誉と多少の尊厳のために。


 『メール見たから大丈夫』『それより聞声さんに訊きたいことがあるんだけど』


 昨晩、誰かに恨みを買っていないか訊こうと心に留め置いていた。何故聞き込みしようと思ったのかの経緯、周辺状況に至るまで、できるだけ細かく、あらぬ誤解や情報の取りこぼしがないように打ち込む。


結果、十行以上の長文になってしまった。チャットは顔が見えないからどうも苦手だ。


 削るのは面倒で、そのまま送信――返答はトーストが食べ終わる頃だった。


 『恨まれるようなことはしていないと思います。いままでも、これからも』


「まあ、そうだよな」


 彼女が暴力沙汰を起こしたなんて大ニュース、噂をできるだけ排除し、初見を楽しもうと努力している俺の耳にも流石に入ってくるはずだ。だから初めて殴られたとき驚いたわけで。すこぶる性格の良い聞声さんがその他諸々の学校でありがちな問題を起こしたとも考えにくい。というか、本人がこう言ってるのだから考えたって埒が明かない。


 他の生徒に訊こうにも事の背景が背景だからなぁ……。


 『だったら逆恨みで間違いないな』『この件は一回棚に上げよう』


 雨脚が弱まる気配はなく、むしろ分厚い雲の上からゴロゴロと嫌な音が轟いていた。もう今日は休校だろうなあ。


 『いいえ』


 ベランダに出られる大きな窓の外に目を離した隙にチャットが来ていた。『いいえ』……棚上げしないということだろうか。俺だって犯人の発見は急務だと認識している。されど、聞き込みしようにも手段がない。


『犯人も運命の人も見つけます。私は友達が多いので、チャットでも大上絵君の言う絞り込みができると思います』


 昨日の夕方、ちらと覗き見たスマホには俺の十倍のフレンド数が表示されていた。


 人づてに聞くことができるなら、現実的なのか……?


『元より私の問題です。どうせ今日は時間ありますし、一日かければできるはずです』


 幸い、今回の聞き込みで犯人も運命の人も特定するには至らないはずだ。特定されないということは、聴取された生徒たちが何を目的に聞き込みをしているのか分かりにくいということ――大事にはなるまい。美少女とお近づきになりたくて、ほら吹く奴もそういないだろうし。


 聞声さんの言う通り、彼女自身のことだ。


 あくまで俺は相談役。『それでも明日にしよう』と頑なに止める理由は思いつかなかった。


 『わかった。何か手伝えることがあれば言ってくれ』


 既読はつかない。もう聞き込みは始まっているらしい。

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