運命の人を享受せよー3/18
『運命の人を探してほしい』という依頼、もとい相談はたまに来る。
夢見がちな依頼人がまだ見ぬ白馬の王子様を求めて、結婚相談所じみた条件をつらつら述べ、「そんな人はいないか」と訊いてくる。
そんな人が本当にいたら既に彼女がいるだろうと正論ぶつけて激高されるところまでがセットだ。
俺は妄想を聞くためにこの活動をしていないのに、そこを勘違いする手合いは絶えない。
しかし、歌劇さんも想像力豊かなタイプだとはな。
「人にはおいそれと話せない内容を笑わずに受け止めてくれる方になら、話してもいいかなって」
「歌劇さん、君は初対面の男相手に告白しても付き合えるくらいには美人だ。運命の人何某にどんな理想を持っていたとしても、割と君にとっては現実的な範疇に収まるのだから、わざわざ俺に相談なんかしなくたって上手くいくはずだよ」
「何の話ですか?」
歌劇さんはいつになく怪訝な顔をした。
「私はこの学校にいるらしい、幼稚園のときに結婚しようって約束した男の子を見つけ出してほしいんです」
「なるほどなるほど、幼稚園のときに結婚しようって約束した男の子を見つけ出してほしいね、いや相談役を務めて長いからね、似たような相談だって何件も、受けてるかぁっ!? は!? 十年以上前の約束の相手を見つけ出せって言ったのか!?」
「……やっぱり、難しいですよね。口約束ですし、仮に見つけても向こうが覚えているかどうかも分かりませんし……」
「違う」
「はい?」
「問題は難易度じゃない」
自分の理性的な意思と反してにやけが止まらない口元を手で覆い、目を逸らす。
あの日の約束系――フィクションじゃあごまんと見てきたありきたりな設定だ。
約束をきっかけに仲良くなり、お互いの気持ちを確かめ合う純愛の常とう手段。
そんな漫画やラノベはさんざ読み尽くし、今更何を思うでもないが、これは現実だ。俺の薄ら寒い妄想なんかじゃあない。
恋愛に濃いも薄いも寒いも熱いもないのは大大大大大大大大前提として、こんなシチュエーション人生で一度お目にかかれるかどうか……相談役として見届けないわけにはいかない!
「ぐへへへげへへへへ。おおっとよだれがじゅるじょば」
「…………」
「あっ……コホン。問題は難易度じゃない。君がどうしたいかだ」
「あ、あの、なんで涎を垂らしているんですか」
「歌劇さんは俺に相談をした時点で十分な意思は認められる。もはや問題などないんだよ、この俺に任せなさい!!」
「なんで話を聞いてくれないんですか。めっ目が、目が怖いんですけど!」
「さあまずは馴れ初めを。君とその男の子の甘く芳醇なラヴストーリーをっ!!」
「お、落ち着いてください! お、おち、落ちつっ、落ち着けって!! あああっ!!もうっ!! 相談するんじゃなかった!!!」
♡♡♡
「彼と出会ったのは幼稚園の年小さんのときです。家族とお散歩中にたまたま立ち寄った公園に彼がいて、初めてお喋りして遊んだのにとても楽しかったことを覚えています。あまりに楽しかったものですから、帰るときに泣きじゃくってしまって、でも彼が言ってくれたんです。『また遊ぼう。そしたら結婚しよう』って。滅茶苦茶ですよね。でも当時の私はそれで納得して……今に至ります。それが彼との馴れ初め、そろそろ落ち着きました?」
「は、はひ」
高校生にもなって顔が腫れるくらい殴られることあるんだな。正確にはビンタだが、両頬がひりひりと感覚が薄れ、喋りづらかった。
「素晴らしいお話をどうもありがとう。調査に本格的に乗り出す前に一つ言っておくことがある」
俺の口の堅さを確かめるような質問をしておきながら、その質問自体も本質としてこの件には関わっていた。恋とは何か。自分の中には答えがないらしい受け答えだったのは、恋愛に疎いせいではなく、
「歌劇さんの運命の人を見つけ出せたとして、ピンと来なきゃ付き合わなくていいからな」
「……はい」
自分の気持ちが恋心なのか好奇心なのか判断がついていないせい。心理的な問題までは相談されていないので、友人からの忠告程度に留めておくとして、
「運命の人のことはどのくらい分かってる? どのクラスで、どんな容姿で、細かなことでもなんでもいい」
頼まれた以上、第三者の立場を保ち調査はしない、などとは言っていられない。
「この学校の生徒なのは間違いありません」
「なるほど。それ以外は?」
「男の子です」
「重要な情報だな。それ以外は?」
「それ以外分かっていません」
「はい?」
この高校は全校生徒五百人程度。男子はおよそ二百人と記憶しているから、ダーツを投げて見事運命の人に的中する確率は〇.五パーセントである。最近のソシャゲのハイレアリティ排出率でももう少し手心がある。
「手詰まりだから大上絵君に頼んだんじゃありませんか。自分で絞れるならもうとっくに会っています」
逆ギレだ。頬を膨らませかわいらしく怒っている。本気のキレを知っているから、ポーズとしての怒りだろうと胸を撫で下ろした。
「年下か年上かくらい分からないか?」
「……あ、ちゃんと会話ができていたので年下はない気がします」
「まるで年下を見下した発言だな」
「私が、何が言いたいのか分かってますよね!?」
「当時年少で、それより幼いとなれば会話が成立するか微妙ってことだろ? とすると、年上の線、三年生の線が濃厚だな」
「え、えっと、それもないと思います」
「お前の話を聞く限り近くに親御さんいなかったんだろ? 年少を一人で遊ばせるとはちょっと思えないんだけど」
「いえ、いました……多分」
「いたんかい。じゃあ年上ではないと思う理由はなんだよ?」
「年上……えっと、そう、当時の私は人見知りが酷くて、一つ年が離れたお兄さんとは恥ずかしくて一緒に遊べなかったはずです」
「……否定できる証拠はないか。よし、だったら同級生の線で絞ろう」
三学年から一学年に、二百人がおよそ六十人まで減らすことができた。憶測で話を進めている感は否めないが、取っ掛かりがない以上、多少強引でもやむなし。
数字自体はかなり減ったけれど、それでも六十人はこと恋愛においては莫大だ。
なにせ運命の人はたった一人、全員に当時のことを聞きまわるわけにはいかない。
時間がかかりすぎるのもあるが、情報が錯綜しかねないこともある。恐らく五人くらいの聞き込みを終わらせると、噂が出回り、運命の人に立候補する生徒が後を絶たないはず。
相手はあの歌劇聞声、嘘をついてでもお近づきになろうとする輩はいるだろう。
できるだけ調査を悟られないルートでの情報収集か。
「その公園ってどこだ?」
「ど、どこ……ですか?」
「幼稚園児を連れ歩ける親の行動範囲なんてたかが知れてる。その公園の近所に当時住んでたやつが怪しい」
「な、なるほどぉ……でもいまの住所ではなく十年以上前の住所となると調べるの難しいんじゃないですか?」
「そこまで正確に絞り込まなくても、ざっくり分かれば情報としちゃあ十分だ。県外から来たやつははなから弾けるし、半分以下にはできるはずだぞ」
「へ、へぇーやっぱり大上絵君はすごいですねぇ。でも正確な住所忘れたので帰ってからチャットで送るのでいいですか?」
「SNSのか? フレンドじゃないぞ俺たち」
「そのくらい出たら交換しましょうよ!!」
「お、おう」
不審なくらいに動揺していた。まあ、いままで誰にも話してなかったことを打ち明けた人間の反応とすれば当然だから気にするほどのことでもないのだろう。そもそも何がどう不審なのだという話である。
考えすぎだ、考えすぎ。
元より分厚い雲で覆われた空、その外側で日が傾き出したらしく、徐々に暗がりが広がって肌寒さが増してきた。
半袖には堪える体感温度で「悪い、窓閉めるぞ」立ち上がり、微塵も動かしていなかった足を伸ばして歌劇さんを跨いで、窓に向かおうとした。
「あ、あれ」
伸ばす片足は同じ姿勢でずっといたが故の激しい痺れに襲われ、体勢を僅かに崩す。なんとか着地できたものの、迎える床は埃で滑りやすくコーティングされており、踏ん張りが一切効かないまま、俺の筋力では崩した体勢を復旧させるのは不可能だった。
したがって、
「きゃっ!?」
「ぐはあっ!?」
俺は歌劇さんを押し倒すというか、覆い被さる形でこけた。
ふわりと石鹼の匂いに包まれる。しなやかなか細い手足が絡み合い、不可抗力ながらふにふにと柔らかい体躯と密着して、見ようによっては俺が襲いかかったようにも捉えられるくんずほぐれつ具合だった。
顔が近い。
例え友達であっても、世が世なら傾国させていそうな美人さんが息のかかる距離にいれば緊張してしまう。恥ずかしくて、顔が熱い。
「ごめん……足が滑って」
「……大丈夫、です。重いのですぐに退いていただけると」
潤んだ目を逸らす歌劇さんの顔は真っ赤で、同じような気分になっていることが密かに嬉しかった。
もしここに第三者が現れてしまえば、いわれなき誹謗中傷を一身に受けることになる。絡んだ手足をほどくように膝を、ちょうど彼女の股下あたりに立てて上半身を起こし、
ガチャン。
聞き覚えのある音だった。
せいぜい熟れたトマトくらいの赤みだった歌劇さんの頬は一瞬にしてゆでだこに勝るとも劣らない紅色に染め上げられ――俺はゆっくりと両手を挙げ、振り返ることなく扉の前に立つ者に向けて口を開く。
「違うんだ」
想定される限り最悪の状況だった。話が通じる相手だといいんだが。
「それ以上動くなよオタク。いますぐ警察を呼ぶから」
最悪さが想定を超えてきた。
俺の命は秒読みらしい。
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