第5話

「あ、そうだ。亜紀、今日は午後から、難しいオペが入ってるんだ」


名は、たいを表すというが、本当にその通りだと思う。涼平は、その名の通り、しい顔をして、今日も気で嘘をく。


私は、心の中を表情には、決して出さずに、神妙な顔で涼平を覗き込む。


「そうなの、それは大変ね。夕ご飯は、どうされるの?」


私は、妻として、さも夫の健康と体調を気遣うフリをしながら、涼平のスーツについた僅かな埃をブラシでさっと払う。


「料亭から弁当を届けて貰って、皆で医局で食べるから大丈夫だよ。ありがとう」


「そう、お医者様も身体が資本だもの。大切にしてね」


私は、涼平の好む長い黒髪に、体のラインがよく分かる、細身の淡いブルーのワンピースを揺らしながら、玄関先で、朝、磨いておいた革靴をシューズクローゼットから取り出した。


涼平は、そんな私の後ろ姿を眺めながら、するりと、後ろから抱き締める。


「亜紀、愛してるよ」


そう言って、いつも抱きしめてキスだけをする。35歳をすぎた頃から、肌艶共に衰え始めてきた、私を、涼平は、抱かなくなった。


男は、いつだって、若く、美しく、瑞々しい女を抱きたいのだ。


私の1番若く、美しく、瑞々しい時を貪り、愉しんだ後は、妻という肩書きを持つだけの、ただのお人形だ。


「亜紀は、本当にいつも綺麗で、自慢の妻だよ」


「涼平さん、恥ずかしい」


「ふふっ……亜紀は、そういう可愛らしいとこも素敵だよ」


そうして、涼平は、私を向き直らせると、キスをする。


偽りの愛情を纏った、嘘で固められた笑顔と共に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る