第2話
「宮沢賢治か、珍しいね」
「え?」
私が、あれこれ詮索していると、いきなり隣の彼が声をかけてきた。
「銀河鉄道の夜。俺も好きなんだよね。子供の頃は、銀河ステーションに行って、列車にのるんだって、思ってた。けどさ、あれって、乗っちゃうと……。あっ、ごめん……邪魔しちゃったね」
「い、いえっ!!」
私は跳ねた鼓動と同じ位の大きな声で、返事をした。黒斑メガネの彼は、申し訳なさそうに、こちらを一瞥すると、持っている本に視線を戻した。
なぜだか一瞬、彼に クスッと笑われたような気がして、私は、身を縮こませるように、座り直すと、本に集中しようと試みる。
けれど、なぜだか鼓動は高鳴り続けて、ページは全然進まない。
「……あ、やっぱり邪魔だったよね。……隣に人がいると、気が散るよね」
黒縁メガネの彼は、静かにそう言うと本を閉じて席を立とうとした。
「あ、……違っ」
ーーーーどうしよう。
上手に返事ができたらいいのに、さっきから 全然会話になってない。私だけが空回りして、相変わらず鼓動も早い。
ーーーーこれって、もしかして、一目惚れってやつ?
まさかね……本の中の主人公でもあるまいし……と自分に言い聞かせるのに、私の鼓動は収まる気配がなかった。
ちらりと彼を見遣ると、少し困ったような顔をして、私を見ていた。
その時、彼の本の表紙に目がいった。
──Santegujuperi
かろうじて、この一節が読めた。
「……サンテグジュペリ、ですか?星の王子様の?」
「あっ、これ?伝記本。なんだか、わかんないけど、こんどの課題、サンテグジュペリの人生についてなんだよ。英文科なのに、なんで、フランス文学なのか、わかんないんだけどね」
ふわりと笑った笑顔は少しだけ幼く見えた。
「はあ……」
「って、君に愚痴っても仕方ないよね」
つっと、長く垂れる前髪を書き上げた彼の面持ちが、私の目に映る。
──綺麗……。
想像以上の、整った顔立ちに、私は思わず見惚れた。
「……サンテグジュペリも、なかなか、奥が深いよね……例えば……」
彼が、隣で何か喋っている。でも、私には、自分の鼓動しか聞こえてこない。
「あっ、ちょっと勝手に語りすぎてる?やっぱり、邪魔しちゃってるな」
彼は、スッと席を立った。
そして、じゃあ、と小さく笑って立ち去った。サンテグジュペリの伝記本を小脇に抱えて。
そのスマートな仕草と後ろ姿が、窓ガラス越しに見える、大樹を彩るミモザの花と、私の中で重なった。
ミモザの君──。
思わず、吹き出しそうになるほど古くさい表現だけど、あの黒縁メガネの彼には、ぴったりだと私は思った。
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