第2話 美と愛情と ③契約
シェアリングボディの契約を進めるため、藤原は織田と中村を同じ部屋に招き入れた。高級ホテルの一室のようなラグジュアリーな空間に、二人の緊張が漂う。織田は60代後半とは思えない上品な身なりで、背筋を伸ばして椅子に座っている。一方、21歳の中村はカジュアルな服装で、少し所在なさげに立っていた。
藤原が場を取り仕切る。
「では、お二人に本日お集まりいただいた理由を改めてお伝えします。本契約では、織田様が中村さんの身体を90日間お借りする形となります。そのうちの30日間は体を上手に扱うための練習期間、その後の60日間が本稼働期間になります。その間、中村さんの五感や記憶の共有が行われますが、身体の完全な制御権は織田様に移行します」
織田は中村をじっと見つめ、その若々しい肌やバランスの取れた体型に目を輝かせた。
「はじめまして中村さん、素晴らしいわ。本当に美しい。あなたがこの身体をこんなにも完璧に保っているなんて、感謝するわ」
中村は目をそらし、気まずそうに小さな声で答えた。
「あ、ありがとうございます……。でも、そんなに褒められると、ちょっとプレッシャーですね」
織田は笑顔を見せたが、その目には執着にも似た光が宿っていた。
「プレッシャーなんて感じる必要はないのよ。3か月間私が、この身体を最高の形で活かしてみせるから」
藤原は机の上に一枚の契約書を広げ二人に示した。「こちらが本契約書です。お二人とも内容をご確認いただき、納得いただけましたら署名をお願いします」
藤原が契約の詳細を説明する中、織田は一瞬険しい顔をした。「寿命が縮む可能性がある…」その言葉が耳に入ると、眉間にしわを寄せ、小さくため息をついた。
「本当にそれで大丈夫なのかしら。私のせいで、彼女の未来を奪うことになるのだとしたら……」
織田の声には戸惑いが滲んでいた。
しかし、その視線が中村に向けられると、彼女の若々しい肌や均整の取れた身体、無垢な表情が織田の心を掴んだ。
自分が手に入れようとしているものの価値が、言葉では言い尽くせないほどに素晴らしいことを改めて実感する。目の前の中村は、希望そのものだった。
「でも…こんなに美しい身体をこのまま埋もれさせてしまうなんて、もっと惜しいことではなくて?」
織田の声が次第に熱を帯びていく。織田の視線は中村に注がれる。
「もちろん、彼女の健康は大事だわ。でも、私がこの身体を使えば、その美しさを最大限に引き出せる。それが彼女の価値を高めることになるのよ」
いつの間にか織田の懸念は薄れ、代わりに新たな感情が心を支配し始めていた。それは、彼女自身も抑えきれない欲望だった。
織田は微笑みを浮かべながら、中村の目を見つめた。
「本当に素晴らしいわ、中村さん。この身体を貸してくれるなんて、あなたはとても勇気があるのね。それに、きっと誇りに思うべきだわ。この若さと美しさは、あなた以上に誰も活かせないもの」
中村は困惑しながら目を逸らした。
「誇り……ですか。でも、そんなふうに言われても、私には……」
織田は中村の肩にそっと手を置き、囁くように言った。
「安心してちょうだい。この身体を大切に扱うわ。そして、私がこの美しさを最高の形で見せるから」
その言葉の裏にある織田の本音は、自身でも完全には抑えられなかった。中村の身体を得ることで得られる若さと美しさ――それが、織田の心を支配していく様子は、もう止めようのない流れのようだった。
「この選択で彼女の未来が変わる。……私がそれを奪うのだとしても、誰が私を責められるのだろう? これは私の人生の最後のチャンスなのだから」
織田は心の中で自分にそう言い聞かせ、ペンを手に取り名前を書き込んだ。
中村はペンを手にしたものの、その手が一瞬止まる。彼女の目は契約書の細かな条項を追いながら、心の中で葛藤を繰り返していた。借金を返済するためとはいえ、自分の身体が他者に使われることへの抵抗感が胸を締めつける。
藤原がその様子に気づき、静かに声をかけた。
「中村さん、改めて確認だけど、この契約があなたの寿命を縮める恐れがあることは、事前に伝えた通りだが、その点、本当に問題ないか?」
中村は一瞬目を閉じ、深呼吸をしてから藤原を見つめた。
「……わかっています。借金を返さなきゃどうにもならないんですから。それに、3か月間だけですよね? それくらいなら、大丈夫……だと思います。」
藤原は慎重に頷いた。
中村は織田に問いかける。
「織田さん、一つ質問なんですけど……あなたのために、私の寿命が短くなることをどう思いますか?」
織田は少し悩んだ様子で答える。
「中村さん、あなたの勇気には感謝しています。私もこの決断に悩みましたが、あなたの選択を尊重します。きっと、あなたにもそれを決める理由や価値があってのことでしょう」
中村は織田の返事に頷いたあと、スマホを取り出し、画面を見つめる。そこには「大好きだよ」というメッセージがあった。
中村はぎゅっとスマホを握りしめ、震える手で名前を書き込む。
その瞬間、織田は満足そうに微笑み、中村の肩にそっと手を置いた。
「ありがとう。あなたのおかげで、私の夢が叶うわ」
中村は曖昧な笑顔を浮かべたが、胸の奥に広がる不安は隠しきれなかった。
***
「これから、ICチップを埋め込む手術を行います。このICチップで織田様の脳波を中村さんへ送ります。ご安心ください。痛みは最小限に抑えられていますし、処置は数分程度で終わります」
藤原が穏やかな声で説明する。
中村は椅子に座りながら、藤原に問いかけた。
「……これ、本当に安全なんですよね? 後で何か大きな問題が起きたりしませんよね?」
藤原は中村の目を見つめ、力強く答えた。
「現時点でリスクは排除されている。ただし、これまでも説明してきた通り、脳や細胞への普段から寿命が縮まる可能性がある。中村さんの選択が将来を変えるものであると信じている」
中村は小さく頷いた。
「……わかりました。これが私の未来のためなら、頑張ります」
一方で織田は隣の台に座り、まるで新しい宝物を手に入れるかのような期待に満ちた表情を浮かべていた。
「早く始めてちょうだい。この瞬間をずっと待っていたのだから」
施術は数分で終わり、二人の首筋には小さな貼り薬が貼られていた。藤原は満足げに器具を片付けながら、二人に声をかけた。
「これで完了です。今後、織田様が中村さんの身体を使いこなせるよう練習をしていただくことになります」
織田は立ち上がり、中村をじっと見つめた。
「これが若さと美しさの鍵…信じられないわ」
そして、鏡の前に立ち、中村の身体を想像しながら満足げに笑った。
「この若い身体で何をしようかしら。ドレスも、ジュエリーも、全てが似合うに違いないわ」
中村はその様子を見て、複雑な気持ちを抱いていた。
「私の身体をそんなふうに使われるのか……」
心の中で呟きながらも、声には出さなかった。
織田は振り返り、中村に語りかけた。
「あなたの身体を借りることができて本当に嬉しいわ。これで、私の美しさの全盛期が再び訪れるの。」
中村は微笑みを浮かべたが、その瞳には迷いが浮かんでいた。
「……そうですか。でも、私の身体であること、忘れないでくださいね」
施術を終え、二人はそれぞれの想いを胸に抱えていた。織田は若さを手に入れる感覚に喜びを覚え、人生を新たに謳歌することを夢見ていた。一方、中村はその裏で、自分の身体が他者に支配されることに胸を締めつけられていた。
美しさと若さが何をもたらすのか。それは二人にとって、期待と不安が交錯する新しい日々の始まりだった。
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