第3話「変化が訪れる三ヶ月目。伊達を好きになり始めて戸惑うリンゼ」



 はや勝負が始まって二ヶ月以上が経過。なんとか現状維持しながら、伊達による料理の猛攻を耐えしのいでいた。


「リンゼ、揚げだし豆腐や天ぷら上手く揚がっているんじゃないかな?」

「うん、カリカリだね」


 湯葉で包んだ揚げ豆腐に充分とろみが出たあんかけを掛ける。揚げたて椎茸・かぼちゃ・ナス・イモ・菊の葉など、季節野菜の天ぷらがごま油の香ばしい薫り音と共にぱちぱちといい音を立ててた。


 昼休み、いつもの誠志郎の味見役。


 下ごしらえとか自分でやらず全て後輩に押し付けているので、自ら全て行うことこそ精進料理の真髄だから定義として外れている。板長ならまだしも、まだまだ駆け出しの料理人に甘えは許されない。

 まして味音痴なのでいまいち自分の美味しさを理解してない様子。周囲がもてはやすから増長している傾向だ。

 私が部長として幾ら言い聞かしても右から左。困ったものだ。


 この前、伊達に指摘されたことが脳裏によぎる。


 いい加減素直になれや、二階堂は相馬の料理じゃ満足できない。それが可能なのは俺だけだw

 馬鹿なこと言わないでよ。あんたのは殴りつけているかのような野蛮な料理。誠志郎と違い繊細さがかけているのよ

 はん、あいつには食材と料理に対する誠意が足りない。調理器具には神様が宿っているんだ。ただの使い捨てみたいに扱っている奴に俺が負けるかよw


 それを突きつけられると反論できない。

 二人では料理に向き合う姿勢が違う。伊達は己の人生を掛けていて、対して誠志郎はただの部活動。

 根気がいる大根のかつら剥きも出来ないからね。でも料理に力を入れてきたのは事実。誠志郎が本気になれば伊達に負けるわけがない。必要なのはあと少しの熱意のみ。


「……あれ?」

「どうした?」

「ううん、何でもない」


 誠志郎の料理が薄く感じる? そんなわけがない……。気のせいかな。

 美味しいけど物足りない。なんで? 何が欠けているんだろう? いや、思い当たることは一つだけある。伊達だ。

 毎日あの濃い味を食べているから舌がバカになっているんだ。しかし勝負はまだ途中、リタイアはできない。

 ならば——、


「これから忙しくなるからお昼休み当分付き合えないかも」

「えー困ったな。リンゼの舌は頼りになるのに」

「ごめんね」


 今後、なるべく伊達の昼食を優先する。

 今までお昼は誠志郎の味見することが結構あるので、ダブルブッキングを恐れて避けたかった。

 でも期間内にあいつの料理を否定してどんどんモチベーション落とさなければ、あのスパイスと肉と油の暴力に贖うことができそうもない。決着がつくまでの間だ。

 待ってて、私が二人の夢だったクッキングインターハイに誠志郎を絶対立たせてあげるからね。



「まじか、帰ってこないんだけど……」


 遊びに行くがてら食材探しに誠志郎と街へ出かけたら、途中で逸れて戻ってこなかった。途方に暮れる。


 暫くしてLINEで、『アキバでシークレットのゲーム限定イベントがあるから今日は解散』、呆れを通り越して怒りが湧いてくる。


 奢ってくれる約束していたから財布は持ってきてない。そして追い打ちをかけるような突然の夕立。今までの快晴が嘘のようだ。もちろん傘も持ってきてない。


 雨宿りしながら困っていると、どうしてか伊達の顔が浮かぶ。

 気でも狂ったか伊達にLINEで、『お金ないから帰れない』とメッセージを送った。数分後、『しばし待て』と返事。可愛らしいウサギスタンプが追い打ち、あいつとのギャップが酷くて笑った。


「おっす!」

「伊達」


 雨の中、伊達はわざわざ遠くまで車で迎えに来てくれる。


「二階堂災難だったな。乗んな、家までおくってやるw」

「いいの?」

「女が四の五のうるさいんだよ。男なんて色目使っておけば何でもやってくれるんだから、もっと利用しろや」

「伊達あんたも?」

「気の強い二階堂はもろ俺の好みだぜw」

「本気にするよ……なんてね」

「お前のパートナーは俺以外いないだろw」


 伊達の下卑た笑いがどこまで本当か判断に困る。でも今は受け入れていた。こまめに無償で助けてくれるので、嫌いだった不良チャラ男でも、いつの間にかこいつだけは気を許している。


「これでも食べな」

「ハンバーガー。またカロリー凄いのが出てきた…」

「二階堂素直になれよ、お前は根っからの肉食系なんだよ。脂っこいこってり系が本来の好みだw 精進料理なんてお上品なのはそぐわないぜ」

「うまい! いやいや——美味く——な・い。そう普通……普通」


 言い聞かせるように呟く私。油断した。ハンバーガーだから舐めていた。

 この手づくりハンバーガーめちゃくちゃ美味い。トマトソースたっぷりで、シャキシャキレタス、手づくりズッキーニのピクルスがいい仕事をしている。

 これは病みつきになりそうなジャンクフード。

 美味くないと呪文のように唱えるも、それとは裏腹にタッパへ入れてあった数個のハンバーガーはみるみる私の胃袋へ消えていった。

 伊達はそれを運転しながら確認すると、「グルービー! いい食べっぷりだぜw」満足そうにニヤニヤ笑う。

 ムカつく。


「伊達、あとでガソリン代出すよ」

「ばーか、いらねえよ。てめぇの女に金出させるトンマ何処にいるんだよ」

「だだだ、誰が俺の女だよー♡」


 そんなことでからかわれ、以前は拒絶反応が出ていたけど、今は満更でもない照れている私が心の何処かにいた。

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