第二話:不思議な町
ジャーニーの言った通り、道はなだらかでこれと言った突起も見られなかった。木々の陰を進んでいるお陰で、快適な車旅となり、キウ達やアルファも疲れが溜まってたのか、寝てしまっていた。
「ねえねえ、お姉ちゃん達はどこから来たの?」
アルファの膝に座っていたジャーニーが聞いて来た。
「ここから遠い所かな。そこには他の花人、ジャーニーやピースと同じ、仲間も沢山いるの。色んな場所があって、温かいんだ」
「へえ~」
こんな感じで、乗っている間、何度もジャーニーは質問を繰り返していた。一見難しそうな事にも、真摯に耳を傾けて、元気よく頷いてくれていた。
「こう言った話を聞くのが、ジャーニーさんは好きなんですか?」
「うん! あたし、もっと色んな世界を見て周るのが夢なの! 知らない人と出会って、どんな生活をしてるとか、どんな場所があるのか……沢山知りたい!」
「もし車ご沢山作れるようになったら、きっと色んな場所に行けるでありますよ!」
「そうなんだ!」
目を輝かせたジャーニーが、抑えきれない冒険心で手足をばたつかせる。その勢いに目を覚ましたのか、アルファがぼんやりと周囲を見渡した。
「アルファ、起きちゃった?」
「うん……まだ着きそうにないか?」
「もう少しで着くよ! えっと、そうだ! 話してくれたし、あたしも何か話してあげる! 聞きたい事、教えるよ!」
どんと胸を叩いたジャーニーに、起きていたスメラヤ、クドリャフカも反応する。この場所での知識はまだまだ少ない、何から聞くのが良いだろうか考える。
「あの壁……何で作られたんだ?」
開口一番に、アルファが一番気になる、しかし慎重になっていた問題について問いかけた。寝起きだったんか、それともアルファにも考えがあってなのか、スメラヤやクドリャフカも黙って聞く姿勢になっている。
「あれは……あたしにも教えてくれなかった。でも、津波を防ぐ為だって言われた事がある」
ジャーニーの話では、ここでは時折、雲の濃い日があって、雨や風が吹き荒れるのだそうだ。その時、海の方からも大きな音がしてくるらしく、壁はそこから来るものを防いでいるらしい。
「もしかして、あたし達の所に冬が来たように、こっちでは点滅の度に、そんな災害が来ていたのかも」
「そう考えられるな」
だがそれでも、少人数で作られたとは思えない規模の建築だ。あの壁に対する疑問は、まだ完全には晴れていない。やはりここは、聞いてみるべきだろうか。
「お! 見えてきましたぞ!」
前を見ていたクドリャフカが不意に声を上げる。それに目を覚ましたキウ達も起き上がると、これまで重なっていた木々が退き、差し込む太陽に、目を瞑った。
「ここが……」
「そう! あたしとピースの暮らす家!」
車から一足先に降りたジャーニーが、走り回っているのは、大きく開けた麓の街。周辺には、遺跡の残骸に、木と草を組まれ作られた家々が、地面に樹上に、沢山存在していた。
「二人で住むには、多すぎない?」
「元々ここにあったけど、今はいつか来るお客さまの為の家なんだ! みんな好きな所に行って良いよ!」
「へえ、何だか面白そうだな! よし! アタシは一番高いあの家にする!」
「リーダー寝相悪いでしょ。落ちたらどうするのさ……」
「何処か、大きい家はないでしょうかね」
キウ達はこぞって観光気分になり、奥の方に行ってしまった。一方私やアルファは、その街の有り様と、世界樹の姿をまじまじと記録していた。
「見たところ、枯れている様子はありませんね……」
「でも、あっちと比べると、葉が少ないかも」
これらの発明に携わった記録から、世界樹の僅かな異常が、今は感じられる。或いは、彼女が中に居るからこそ分かるのか、兎も角、何かしら手を打たないと枯れてしまう可能性はありそうだ。ここでも、災害は起きているようだし。
「しかし気になるのは、この街。やっぱり……」
言いかけた所で、スメラヤも黙ってしまう。人間達が暮らしていた痕跡なら、あっちの世界樹でも見た事はある。けどこれは、どちらかと言えば、花人が暮らす世界での建物、と言う印象が強かった。
「剪定者……でありましょうか?」
「だが、この街にそれらしい防衛線は無い。それ以前に、戦いと言う雰囲気を感じられないな」
クドリャフカの疑問に対して、アルファはそう答え、私も納得する。この街、と言うよりこの一帯に、戦いを通し生まれた傷のような物が存在しないのだ。可笑しな話、剪定者の痕跡が見受けられないのだ。今は動いていないとかではない。それ以前だ。
「もし花人達がいて、その上で剪定者以外の要因で居ないとなれば……」
「災害……ジャーニーが言っていた――」
「あああぁあぁ!!」
急に聞こえて来たキウの声と、ウォルクの煩いと怒鳴る声が、空気感を吹き飛ばす。何があったのかと、既視感を感じながら向かうと。
「これ! 海の代わりじゃないか⁉」
キウの指さす先には、遺跡の一部なのか、大きな長方形の湖があった。そこにはなみなみと水が溜まり、光を反射し輝いていた。
海を調べている傍ら、関連するものの中にあった、プールと言う奴だろうか。
「まさかこんな所にあったとは! そうだよな……ここまで頑張ったんだから、これ位はないと見合わないもんな! となれば早速!」
キウは意気揚々と近くの家に入ると、数秒後にはもう水着姿になっていた。黄色のカラーが入った競泳水着と言うタイプのもので、兎に角動きやすいものと言うキウの要望を叶えている。
「ああぁ……一応確認した方が……」
様子を見たスメラヤが忠告するも、キウは助走を付けて大ジャンプ。ド迫力の水しぶきをあげ、飛び込んだ。因みにだが、プールの文献には、飛び込まないよう注意が書かれていた。
「ちょっとリーダー! こっちまで飛んできたんだけど⁉」
「何だか涼しいですね」
とんでもない大きさの水柱が消え、ぼんやりと虹が掛かっているように見えた。こんなになるほどキウが海を楽しみにしていたのかと思うが。
「うわぁああぁああ⁉」
「ちょ! リーダー⁉ 何溺れてるの! ふざけてないでよ!」
「こ、これは不味いです……」
情けなく溺れるキウを横目に、スメラヤがプールの機械を見ていた。近づくと、塩素管理盤と書かれていて、左側、濃度高と言う方に矢印が振り切っている。
「このままじゃ大変な事になるかも……でもどうしよう……」
ウォルクやネ―ベルも薄々危険な状態だと気付き始めているのか、慌てている。しかし、運動が得意なキウがああだとなると、助けに行った所で溺れてしまう可能性もある。
「どうしたの⁉」
その時、異常を感じ駆け付けたジャーニーがやって来た。キウの声にも負けない大声で叫んだジャーニーは、眺める事しか出来ないみんなの間からキウを見つけると。
「た、大変! 助けに行かないと!」
躊躇いもせずに勢いよくプールに飛び込んだ。
「大丈夫なのか?」
「ピースさんと同じように、耐性があるのかもしれません……」
不安と期待が入り混じるまま、白く波打つ水面を見る。はたしてと言う所で、ジャーニーが息を吸うかのように大きく顔を出した。
「行けたでありますか⁉」
「わぁ⁉ 勢いで行きましたが、あたし泳げません!」
助けて下さい、とキウにも劣らない水しぶきを上げて漂うジャーニー。一瞬で事態が悪化した事に、みんなで考えを巡らせる。
「と、取り敢えず何か掴むもの!」
周りが判断出来るよう大きく伝えてから、急いでみんなで家の中や周りに目ぼしいものが無いか探す。覗いた家の中は、しっかりとした葉と木で組まれていて、家具も一式整っている。しかし今はそれに構ってられず、二人を救出する為のアイテムを探していく。
「! ここなら……」
そうやって一件一件巡っていると、一際生活感のある家が目に入る。色んなものが雑多と置かれていて、もしかしたら倉庫の役割を果たしていたのかもしれない。
「何か使えるもの使えるもの……」
無我夢中で探索をするが、目ぼしい物は見つからない。此処にないのなら、後は殆ど空き家ばかりで、探しても意味があまりない、それなら此処を徹底的に調べようと、少し奥に手を伸ばす。
「わ! うわっ⁉」
と、バランスを崩した物が勢いよく倒れて来て、大きな音を立てる。その拍子に、床に転がっていた別のものに躓いて尻餅を着いてしまう。更に頭に何かぶつかって、災難続きである。
「痛たたッ……うーん、怪我しちゃいけないし、此処には無いかな……ん?」
崩れてしまった物の山を見ていると、目の前に開かれたノートの一部が目に入る。さっき頭にぶつかった奴なのかと、覗くと。
「ソフィーとリーナがまた新しい遊びを思いついてフロンティアに怒られてた。ジャーニーは賛成していた方だけど、あたしにはいまいち良さが分からなかった。これって……日記?」
ノートを持って、表紙を見てみる。
「名前、ピース? ここってピースの部屋だったの?」
もし見つかったら怒られそうだなと、もう入ってしまった手前意味も無い後悔をする。
「ハル殿! アルファ殿が何か見つけましたぞ!」
「え⁉ あ、分かった!」
ノートを不自然にならないよう近くにあった机にしまってから、クドリャフカの声がした方に向かう。あの日記、知らない花人の名前が色々書かれていた。書いていた人、多分ピースも、呆れている様子はあれど、文字の書き方が楽しそうな印象があった。
「これなら行ける」
「それ、何処から持ってきたの……」
アルファが見つけた梯子で、どうにか二人を救出する事に成功したのだった。
「大丈夫?リーダー……」
「う~ん……何か体がぐだ~てする……」
「どんな状態よ……」
引き上げられたキウは、家の中で葉っぱの毛布に包まり寝込んでいた。幸い危険な状態ではないようで、ネ―ベルとウォルクが付きっ切りで看病している。
「アタシはもう大丈夫だからさ、二人ももう少し探索してきたら? ずっとこのままなのも、つまらないでしょ?」
「……別に、つまらないとか、思ってない……」
「またまた、態度がよそよそしいぞー? 言いたい事なら言っとけって!」
「……また……」
「ん?」
上体だけ起き上がらせていたキウに、ウォルクは両腕をまわして抱きしめた。何も言わずに予想外の行動をとられ、流石のキウも言葉も出ずにいた。
「また……リーダーに何かあったら……」
「あ、え⁉ ちょっと、ネ―ベルまで⁉ そんな心配しなくても大丈夫だって!」
「そう言う自分の限界なんてしらない風なのが、心配だって言ってるの!」
「まッで……苦……しい!」
かなりの力で抱きしめられているのか、キウがウォルクの背中をしきりに叩いている。その隣では、穏やかな顔のまま、目元を綻ばせたネ―ベル。キウは勿論その事について知ってはいたが、二人の感情については理解出来る。私だって、アルファを目の前で亡くした時、辛かった。
「もう~、大丈夫だから。それより、世界樹の方を見に行くんじゃないの?」
「あ、そう言えば……」
「あたしたちはリーダーを見てるから、心配しないで」
ウォルクの後ろに居たキウは何かと言いたげだったが、さっきので二人の思いが分かったのか、特に口を挟む事はしなかった。
「ハル、出発だ」
「うん」
三人に軽く行ってきますと言ってから、アルファと一緒に広場に出る。近くで道具を確認していたスメラヤとクドリャフカも合流し、出発した
「何処から中に入るんでしょうな? あっちと同じなら、中に制御用の装置があると思うのですが」
「うーん、手分けして探すしか無いかな……」
何時次の災害が来るかも分からない。出来る限り早急に、でも暑さには気を付けてと伝えて、街を中心に入口を探す。
「ハルお姉ちゃん、何してるの?」
「ジャーニー⁉」
鬱蒼と茂る森を進んでいると、何処からともなくジャーニーが飛び出して来た。そう言えばキウと一緒に救い出した後、いつの間にか居なくなっていたが。
「えっと、あたし達、あの大きな木に入る道を探してて、何か見つけてないかな?」
「道? 木の中には行った事無いけど、不思議なものは沢山知ってるよ!」
ジャーニーに手を引かれ、森を走っていく。膝まで伸びる草を蹴飛ばしながら、辿り着いたのは。
「大きな入口……」
蔦や葉っぱで覆われた遺跡の一部分が現れる。奥は真っ暗で、下り坂だ。少し不気味に見える雰囲気に、ちょっぴりとだが怖さを感じる。とは言えここからなら、きっとお目当ての場所に向かう事が出来る筈だ。
「それじゃあ早速、使ってみよう」
こう言う時の為にと、バッグから通信機を取り出す。覚えた通り左のつまみを弄り、音が鮮明になると、他三人に状況を説明し、合流場所を伝えた。
「よし、これで後は待ってればOK!」
ここまでまあまあ慌ただしかっただけに、待ってみると、森の音がそのまま耳に入って来た。聞いた事も無い鳥の鳴き声、風に靡く葉。僅かに聞こえるせせらぎ。向こう程静かではないが、これはこれで落ち着く事の出来る環境が整っていた。
「ハルお姉ちゃんも、この森好きなの?」
「そうだね。賑やかだけど、自然そのもって言うのが伝わってくるから」
「……あたしも、賑やかなのが好き。今日、お姉ちゃん達が来てくれて、あたしとっても楽しかった。だけど、何だか新鮮、ってだけじゃなくて、安心もしたの」
「どう言う事?」
良く見れば、あれ程活発だったジャーニーが、横に座って空を見ていた。流れていく白い雲を目で追いながら、静かに口を開く。
「あの場所……ずっとお客さんが来てくれた時の為に掃除してたけど、お姉ちゃん達が来て、スッキリしたみたいな感じがしたの? 変だと思うけど……」
「それは……」
思い出したのは、ピースの部屋と思しき部屋で見たノート。ここに居ない花人と思われる名前が書かれたそれ。ジャーニーが覚えていないとなれば、今のピースも咲き直された後なのだろう。けれど、ピースはジャーニーに、元々居た花人の事も伝えていない。それに、その花人が何処に行ったのかも分からない。
話すべきなのだろうか。ピースがそれを隠すと言うのなら、無暗に話す事も無いのかもしれない。
「ハル!」
その時、茂みを掻き分ける音と共に、アルファがひょっこりと顔を出した。どこまで探しに行ったのか、頭の桜に葉や蔦が巻き付いている。
「アルファ……何処まで行ってたの?」
「色々と、見て周ってた」
本当にその通りなのだろうなと言う好奇心満ちた顔をしていたアルファに、無事なら何よりと苦笑いを浮かべた。
「おお! ここがハル殿の言っていた入口でありますか! ハカセ! もう少しですぞ!」
「ふう……流石に疲れますね……」
少し遅れて荷物を持ったままピンピンするクドリャフカと、少し遅れてスメラヤも合流する。
「にしても中々為になる時間でした。環境が違えばこうも色々と変わるものだと……お陰で熱が入り過ぎちゃいました……」
充実した時間を過ごせたとばかりにページをめくるスメラヤ。入口に対しても興味が溢れ、一足先に調べに行ってしまう。
「ハカセ! あまり熱中しすぎないでくだされ! さっきも暑さで倒れそうになったではありませんか! ハカセ~!」
急いで後を追いかけるクドリャフカに、私も立ち上がって息を吐く。
「あたし達も行こうか」
「……うん。そうだね……」
「どうした?」
違和感を感じたのか、問いかけて来るアルファに問題ないと笑い掛ける。取り合えず今は、ジャーニーに話す方向は考えないで、世界樹の中を探索する事に集中しないと。
「ジャーニーも行く?」
未だ難しい顔を浮かべていたジャーニーは、間を置いて頷くと、後ろに付いて来た。こうも話すかどうか悩んだのも、そんな表情が、苦しそうに見えたから。
「お~い! うおっ! 凄い響くであります! 奥はだいぶありそうですな~!」
「何の為の通路なんでしょう? ここまで大きい上、傾斜もかなりあります……」
進む程にひんやりとする空気を感じながら、携行ランタンの明かりで足元を照らしていく。雰囲気の不気味さも相まって、小さく身震いしてしまう。
「流石に薄着じゃ寒いね」
暖める為のものなんて持ってきていないし、隣に居るアルファについつい身を寄せてしまう。
「! 見て下さい! これ、窪みがありますね……」
不意に、先頭を進んでいたスメラヤが屈んで地面を見た。広くて分かりずらいが、確かに照らされた場所には、小さな凹みがあった。どうやら、奥の方に続いているようだ。
「何の為でしょうな? この線に乗せて、何かを運んでいたのでありますか?」
「だとしてこの大きさ……もしかしたら……」
「ハカセ……?」
推測を口にしていたスメラヤが、何かを決めたのか、足早に進んでいく。恐怖よりも好奇心を優先する辺り、中々勇気がある。
「何か見つけたのか」
クドリャフカとアルファも、その後を追いかけていく。こっちは少しばかり寒さに気力を削がれているが、一人置いていかれるのも寂しい気がして、どうにか後に続こうとする。
「ん?」
「どうした、ハル」
「いや、一瞬何か光ったような……気の所為かも」
天井に瞬いた一瞬のものを、まさかと思い考えないようにする。それよりスメラヤを追いかけようと、進む速度を上げた。
「これは……」
暗闇の先、これまで何もなかった通路に、突然巨大な鉄の塊が現れる。暗くて全体像が見え名が、抉られた後を察するに、相当強力な攻撃を受けたのだろう。元が何だったのか、いまいち判別出来ない。
「こっちにもあるであります! しかし何処か懐かしいような、見飽きたと言いますか……」
「……剪定者だな」
「そうですね……」
アルファの回答に、スメラヤも深く頷く。ランタンが照らす部分は、確かに見慣れた剪定者の腕や武器の一部だった。
「剪定者?」
「ジャーニーは、見るのは初めてかな……」
「ううん? う~ん」
と、ここに入ってから殆ど喋らなかったジャーニーは首を傾げている。やはり彼女自身、何か思う所があるのだろう。花人が生前の記憶を引き継いでいると言うのは、初めての事だが。
「……分からない」
しかし散々悩んだ挙句、ジャーニーはお手上げの様子だった。喉の奥まで詰まったものが取り出せないのか、苦悩を浮かべている。どうにもならなくとも、何かを思っているのを見て、何かしてあげたいと思うと。
「え? うわ⁉」
「どうした?」
またしても何かが瞬き、驚きのあまり足を滑らせてしまう。そのまま水たまりに落ちたのか、大きな音が鳴り響く。
「おお⁉ これは!」
「冷たい……え?」
痛みと冷たさに涙を堪えたのも束の間、不意に明るくなったように感じる。思わず顔を見上げると、ぼんやりと輝く小さなものが、無数に天井を動いていた。
それらは殆どが白色に輝いていたが、一部は赤や青など、馴染みのあるパターンと色合いをしている。
「紋様蝶に似てる?」
不思議に思い、手持ちの中に居た一匹を放ってみる。遺跡等の仕掛けを解く為の鍵になるやもと連れて来た紋様蝶は、暫く群れに入ってから、ひらひらと戻って来た。何度か点滅すると、自ら元の場所に戻っていった。その代わりなのか、天井の中の一つが、壁を伝いながらこっちに近付いてくる。見れば、その一匹は森でもよく見かける、トカゲに近い姿をしていた。紋様蝶と同じく、文字列で出来ているそれが、じっとこっちを見つめている。
「えっと……乗る?」
何かするべきなのかと手を差し出すと、素早く腕を進んで肩の上に止まる。そのまま坂の方を見ると、それ以上動かなかった。
「進めばいいのかな?」
促されるまま、一歩進むと、それに応じるかのように、天井のトカゲ達も前に進んでいく。通路全土を仄かに照らす灯りに、探索の足も気力を取り戻したか、着々と進んでいく。何だか不思議な気分を味わいながら、まだまだ奥に潜っていく。
「傷跡などが増えていますね……」
「剪定者による襲撃はあったのでしょうな。しかしこの様子だと……」
床や天井に刻まれた痕が、当時の凄惨な様子を物語っているようだ。激しい戦闘が起きたのは間違いないだろう。
「お⁉ 何やら見えてきましたぞ!」
段々と増えていく残骸を乗り越えていくと、少し先の道が平坦になっている事に気が付いた。これ程の剪定者が出てきていた場所。一体何があったのかと、覚悟を決めて飛び降りる。
「剪定者がいっぱい……」
「これまた随分とぎっしりでありますな……しかも漏れなく全壊……」
紋様蜥蜴、と勝手に名前を付けたそれに感覚で操作を行い、広場の電気をつけると、剪定者の山が現れた。一際酷く戦闘の跡が残るそこは、かなり古い時に起きた事なのか、風化が激しい。
「あの機械は何でしょう?」
スメラヤが指さしたのは、剪定者が積み重なる中にあった見たことも無い巨大な機械。剪定者の何倍もあろうそれは、同じように一部が破壊されていて、動いている様子はない。心なしか、転がっている残骸の数も多い気がする。
「非常に気になりますね……ただ、調べるのにも時間が掛かりそうですし……ハルさん達は先に管理室に向かって下さい。調べるだけなら、いつでもできますし」
「自分も残るであります! 何かありましたら呼びますので!」
「分かった!」
スメラヤ達とは一度別れ、紋様蜥蜴が示す先に向かう。と、横に居たジャーニーは立ち止まって戦闘の跡地を眺めていた。
「どうしたの? ジャーニー?」
「変なの……ここも初めて来たのに、何だかそうじゃないみたい。大変な事が、沢山あって……」
それは、きっと以前にも剪定者と戦った事があった。と言う事なのだろうか。何かを考えているジャーニーの顔は、今までに無い位気難しい顔をしている。
「ピース……」
「え?」
思い出したかのように顔を上げたジャーニーは、そのまま坂道の方に戻ってしまう。一瞬引き留めようかも考えたが、ピースに会いに行くのであれば、付いていった所で出来る事も無い。
「危険は無いと思う。それより……」
アルファに言われ、そうだったと頷く。今は世界樹の安定化をさせないと、何時また此処が不安定になって災害が起きるかも分からないから。
「それじゃあ、連れてってもらえる?」
肩の紋様蜥蜴に語り掛けると、何匹かの蜥蜴が一列になりながら、壁にある小さな扉の奥に続いていった。見た所電気も付いていなかったが、導線が惹かれているのなら、安全に進めるだろう。
「結構骨が折れる作業だったな~。頭も体も疲れたよ~」
「だが、これでもうこの世界樹が不安定になる事は無いだろうな」
世界樹全体を巡るように、システムが不調を起こしている場所を見て直していった所為か、足も腕も疲れ切っていた。それでも、こうして久しぶりに沢山動いてみると、何だかんだ楽しかったりした。
「ハル」
と、後ろを歩いていたアルファに呼び止められる。
「どうしたの?」
「何か考えてるか?」
担当直入に言われ、ドキッとする。その反応で確信を持たれたのか、観念して口にする。
「ジャーニーの事なんだけど……やっぱりあの子、一度咲き直してると思う。それに、以前居た仲間を、無意識に探してるんだと思う。ピースは、何かしらの理由でその事を隠しているけど……」
「思い出させるべきか分からないのか」
小さく頷いて答える。目の前に悩んでいる人が居るのなら、手を差し伸べない理由など無いが、それが却って邪魔になったりしないのかが、ずっと気がかりになっていた。
「無理に言う必要も無い。本人がそれを探して居るなら、それを手伝おうとすればいい。大事なのは、本人がどう思うかだから」
そう言った意味で、他人に聞くのと自分で知るのは、意味が変わるのだろう。自分自身を知った経験があるからこそ、言える言葉なのかもしれない。
「だからハルが何かする事は無い。ジャーニーから知りたいと言うのであれば、その時は手を差しのべれば良い」
「そうだね……ありがとうアルファ」
こう言う時に迷わず言葉を選べるアルファは、やっぱりすごいなと再認識して、感謝の言葉を伝えていた。
「そうか? 自論を言ったまでの事だったのだが……」
そして何処か照れくさそうな所も、何時も冷静だからこそ見せる特別感が強かったのだった。
そうして管制室から広場に戻って来た私達を待っていたスメラヤ達は、随分な驚きと興奮冷めやらぬ様子だった。
「ハルさん大変ですここ凄いですよ! 崩れた部分から中を調べたんですがなんと金属を溶かして繋げていたり、配線を組み込んだりと、選定者を組み上げる工程を踏んでいたんですこの仕組みを理解すれば更なる工業の発展やら何やらが出来る気がしましてそれを考えると頭がパンクしそうに――」
「要するに、剪定者の作られる場所だった、と言う事であります!」
隣で言葉を繋ぎ続けるスメラヤに代わり、クドリャフカが簡潔に伝えた。剪定者の生まれる場所と言うのは、確かに今まで見た事は無かった。あれ程の巨大で精密な存在が、何処からともなく出て来るなんて事は無いのだし、当然と言えば当然の事だった。
「でも、それがもう壊れていると言う事は……」
「恐らく、クストスの一件が解決する前に、花人が強襲を仕掛け、全滅させたのでしょうな……しかし敵の本拠地も本拠地。そんな場所に突っ込み、勝利を収めるだなんて、相当出来る者達だったのでしょうな!」
その言葉で思い出すのは、ジャーニーが車を押し上げる為に見せた怪力だった。確かにあの実力が二十も三十も居れば、剪定者を倒しきる事も不可能では無いのかもしれない。
「だけど、その花人達も、災害でやられちゃったのかな」
「確かに冬も恐ろしかったでありますな。ですが、きっと何処かに花園のような場所もあるのでしょう」
花園。そう考えると、もしかしたら。
「ピースがそうなのかも」
思わず答えていた事に、アルファもクドリャフカもその理由はと目で言っていた。
「あいや、唯の勘なんだけど……ピースのあの感じ……その、昔のアルファみたいだなって思ったんだよね……」
「あ~、でありますな~」
ちょっと言いずらいんだけどと雰囲気を出しといて言った言葉に、クドリャフカは成程と頷き、アルファは何とも言えない表情を浮かべる。本人が居る前で以前について話すのは、まあ当然だが抵抗があった。
「もしそうだとして、ピース殿が口を塞ぐ理由は何ででしょうな?」
そう言われると、分からないとしか答えようが無かった。どの道、今の私達じゃ何も出来ない。ここでの目的も達成されたし、もう此処に留まる理由も無いと、坂道を帰る事にしたのだった。
「わ……もうこんな時間か」
当然下りよりキツイ道を進む事になり、外に出た時はもう空が暗くなっていた。学園から見る夜も凄かったが、ここでも満点の星を眺める事が出来た。聞こえる音も昼とは違い、空気も涼しく、寒くはあるが、日中より過ごしやすい感じだ。
「流石に今日から帰る、と言う訳にも行きませんし、一旦街の方に戻りますか」
坂道の途中まで話を続けていたスメラヤは、一周回って落ち着いた様子を見せた。道中見たものばかりだったので、ゆっくり耳を傾けて聞く事が出来、辛い道も何とか乗り越えられたので、帰ったらそれとなく感謝を伝えておこうと決める。
「そうだな」
アルファに続きスメラヤとクドリャフカ。最後に自分と、夜の森を進んでいく。元々数日は此処に居られるよう荷物は持ってきている。遺跡等はまだあるのだし、暫くお世話になるだろう。それに、キウの状態やジャーニーの事など、気になる事はまだあるのだし。
「おお! みんな帰って来たな! 待ってたぜ!」
「キウ⁉ もう大丈夫なの?」
「おう! この通りシャキッとなったぜ! これなら、今度こそ泳げるんじゃないか?」
「リーダー!」
広場でいつも通りな様子のキウと、そんなキウを見て安心と呆れの混じる溜め息を吐いたウォルク。「冗談だよ~」と笑って見せる所を見るに、もう完全に回復しているようだ。
「そう言えばネ―ベルは?」
「途中で眠っちゃってさ、家の中に居るよ。平気な顔してたけど、やっぱり暑さで疲れてたみたい」
「それならアタシ達も聞きたい事あるんだ! ジャーニーは?」
「あれ、そっちに来なかったの?」
てっきり街の方に戻ったと思ったのだが、どうやら読みが外れてたらしい。
「あたし達がリーダーとお話……面倒を見てるのに夢中で気付かなかったって可能性はあるけど……」
「え、ウォルクなんで今言い直したの⁉ 良いじゃんアタシ達の咲かせた話の数々! 中々楽しかったでしょ!」
今はそう言うんじゃないと口を塞がれ、猛抗議するキウ。何だかんだ、こう言った平和な日々を過ごせる事に、心が落ち着いた。そう言えば、ジャーニーはこの様子を見て、懐かしいと言っていた。ここも昔は、そんな花人達で賑わい、楽しかったのだろう。
「んんッ……何だか街に着いたら、眠くなってきましたね……」
「自分も……太陽が出てないとどうにも重く感じまする……」
ぐぐっと背伸びをしたクドリャフカに続き、スメラヤも欠伸をしていた。かく言う自分はそこまでだったのだが、ご飯を食べてから寝ようと言う事を言っておいた。
「明日も探索しますし、皆さん早めに寝てくださいね……」
ふにゃりとする声で言うと、スメラヤはクドリャフカと一緒に最寄りの家に入って行った。キウ、ウォルクも戻り、直ぐに広場には私とアルファだけになる。
「アルファはどうする? まだ起きてる?」
「そうする」
それだけ言って、隣に居座るアルファを見てから、荷台に乗せた焚火セットと固めた料理、鍋を取り出す。火が燃え移らないよう、草の生えていない場所に木を組んで火を起こした。燃え上がる小さな火の上に鍋をぶら下げた。
「ふう……色々あったけど、思い返すと楽しかったな……」
食材が解凍されるまでの間、さっきよりも広く見える夜空に、手を付いて見上げる。プラントピアでの危険が過ぎ去ってから、何度か外で一夜を過ごすなんて事も多くなったけど、こうして初めての場所でやってみると、初めて外を探索した時の事を思い出す。キウ達と行った時の事だ。大変な思い出もあったが、ああやって大自然の中で火を囲んでいるのは、楽しかったのを覚えている。
そう、ああやって誰かといる時間は、何であれ楽しかったのだ。
「ねえアルファ……」
「どうしたハル」
「もしさ、みんなが居なくなって、自分だけ記憶を失くして生き残ったら、そして何かしら引っ掛かりがあるって分かっていたら、どうする?」
えらく具体的だし、名指しするようだと思われているだろうけど、アルファは敢えて口を出さず、考える。こう言う時に、まだ自分の答えが出せない事は、自分自身とても悔しい事ではあった。中々割り切れないと言うのもそう。
「そうだな……もしわたしが、誰も居ない学園で一人目覚めたら、兎に角辺りを調べるだろうな。自分自身の痕跡を探して」
「それが隠されていたりしたら?」
「不自然と思う……いや、それは今の私だからした答えか。難しいな」
アルファも考えを無暗に口にせず、考え込む。それでも最初に行った不自然を感じる所は、ジャーニーにも通じる所があった。今は兎も角、答えが欲しい所だった。ぐつぐつと煮えだす鍋と同じように、考えに考える。
「ただ、これだけは言える事はある」
ふと、曲げた膝に手をのせていたアルファがこっちに近付く。
「もしわたしが、自分自身の事を一人知っても、きっとそうなんだな、とすっきりするだろう。知らないよりは、ずっとましな結末だ」
知らないよりは、知った方がずっと良い。言われて、一番最初にプラントピアに降りたった時もそうだったなと思う。欠けたままで、しかも人間が自分一人しかいないと言うのは、寂しかった。
ジャーニーも、同じ気持ちなのだろうか。
「出来上がったぞ。食べないのか?」
「あ、そうだね……美味しい……」
野菜や肉のたっぷり入ったお鍋に息を吹きかけ、口の中で冷ましながらかみ砕く。食べ慣れた味に、体だけじゃなく、心も温まるようだ。
「アルファも食べる?」
「ん。良いのか?」
頷いて、よそった茶碗を渡す。焚火が立てる音を聞きながら、グイっと飲み干したアルファは、息を吐いて上を見た。
「美味しいな」
そうだ、もう人間が居ない事実を知ったとしても、何かが変わる、変わらないは自分が考える事だ。私はアルファやみんなと出会えて幸せだし、今に満足している。
「ご馳走様」
食べ終わった頃には、火も殆ど消えかけ、街は空からの光で僅かに輪郭を出すだけだった。眠気もいよいよ出始めて、片付けを済ませてから二人、家の中に入る。荷物には寝袋等を詰め込んでいたが、敢えて葉の布団を手に取って寝転んだ。心地よい風が吹き抜け、瞼が重くなる。
「ハル、おやすみ……」
「うん、アルファも……」
最後にそんな言葉を交わし、意識を暗闇の中に手放す。また明日も、元気で出会えるように。
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