第9話

あれからいくつもの季節がめぐり、今年もまた桜の季節がやってくる。


「……綺麗だな……」


見上げれば薄紅色の桜が春風に揺られながら、こちらをみてわらってある。桜の花だけはあの日と何にも変わらない。


私は尚樹と付き合って初めての春、近くの公園に二人で夜桜を見に行ったことがあった。深夜十一時に誰もいない公園でコンビニ弁当を二人で並んで食べた。


夜の藍に桜の薄紅色が儚く映えて、夜だけ尚樹と会って恋をする私と重なった。 



『ねえ、尚樹、桜の花言葉って知ってる?』


『え?知らない。ってゆうか、花言葉の意味考えるより、目の前の花、綺麗だなって思う方が簡単で良くない?』


『それは尚樹が男だからだよ』


『女は好きだな、内面とかそういう話』


『純潔。でもフランス語では違う意味』


『へー』


気のない返事をしながら尚樹がビールの空き缶をガシャンとゴミ箱に放り込んだ。私はその後ろ姿を眺めながら桜を見上げた。


『桜、尚樹と見れて良かったよ』


『どした?急に』


『だって……来年見られるかわからないから』


あのとき尚樹は珍しく暫く黙り込んでいた。


『また美夜と見れたらいいな』


暫くしてそう小さく返事をした尚樹は、今思えば、もう二度と一緒に桜を見られないことが分かっていたように思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る