第14話 音楽島

 森を超え、川を越え、山を越え、カルティーノ島へ向かう。島はサフォルロット公爵家が支配してい、夜を除いて朝昼夕の間、ずっと或る塔からピアノが奏でられて、島に音色があり続けるらしい。そして、奏者は「クライノート」と呼ばれているらしい。

 フィーユ曰く、クライノートが本当の母で、双子の妹が居るという。

 尤も能率良く移動しようと思えば飛行だが、フィーユを抱えながら大体五〇〇〇キロともなれば、私の躰が持たない。為に、馬車や歩きになる。

——ターフェル港町——

 一箇月移動し続け、カルティーノへ向かう船があるこの港町に漸く着いた。市場を歩き宿屋を探す。

フィーユ「アムール(アートルムの偽名)、あたしが誘拐されてもカルティーノへ向かってね。きっと合流出来るから」

 疑問を言葉にしようとした時、私は瓶で頭を殴られ、ひるんだ隙にフィーユが攫われた! 魔法を放とうと思ったが、人が多すぎる。雷魔法で個人を狙うのは厳しい。

 必死に追いかけるが、人込みで見失ってしまった。仕方ない。フィーユの言葉を信じ、島に行くしかない。

——二日後——

 あぁ…気持ち悪い。だが、何とか動かねば。外套のフードを被りなおし、宿を見つけて部屋を取る。島を歩く。

 東側に港、地続きに町がある。街を拓く様にある道は、大量の風鈴で彩られている。ある程度歩くと十字路になってい、そこからまた十字路がある。恐らく碁盤状なのだろう。

 城は町の外れにあって、クライノートが居ると云う塔は、城から細い道で繋がっている。美しい音色が止まる事無く、足しげく聞こえる。

 南側に工房街と呼ばれる楽器の工房が連列する場所と、森とがある。北には何も無く、砂浜と小さな家が幾つかあるだけだ。

 一先ず、城へ向かった。外壁にある突起に乗ったり捕まったりして、ステルスに徹しつつ、窓から中を覗いた。メイドが四人、執事が三人、兵が十人。この大きさでこの人数は少ない様に見えるが、住んでいるのは公爵だけに見える。む、フィーユを連れ去った男が居るではないか。而も、一緒に居るのは傭兵の様だ。だが、傭兵にしては装備が高価だ。

 マスクをして、攫った男を追いかける。男は城を出て、一人で北に向かっている。叢に潜み、周囲に誰も居ない事を確認して、前を通る男を無理やり引き込む。

私「貴様が誘拐した女はどこだ」

男「知るかよ」

 口を押えて、右手の甲を握って骨を折る。

私「答える気になったか?」

 男は頷く。

男「あいつはこの道を進んだ先の青い屋根の家で気絶してる」

私「怪我は無いだろうな?」

男「契約で傷を付けるなって云われてんだ、付ける訳無いだろ」

私「数は?」

男「ご、五人だ」

私「合図はあるか?」

男「合図? な、何もない」

私「なら、雇い主について教えろ」

男「ダメだ、云ったら死んじまう」

 男の右腕に私の腕を絡ませ、肩を握る。徐々に力を増やしながら押す。あと少しで折れる。話せ、と何度云っても放さず、肩の骨が雑に折れる。男は呻吟の声を出すが、私の手に阻まれる。

男「雇い主は…雇い主は公爵だ…! なぁ、頼むこれ以上俺は何も知らねぇんだ」

 嘘をついている様には感じない。首を絞めて気絶させる。男を放置してフィーユが居るという家に向かう。

 窓は無く、扉越しに聞き耳を立てる。確かに五人いる。大柄、復は太っているのが二人、後は標準体型の様だ。

 扉を蹴破って入りたいが、こうも襤褸いと足が貫通するだけになるかもしれない。飛んで天井から入るのも善いが、併しフィーユの場所が分からない。

 扉をノックする。男が一人出て来る。顔を殴り、首を左腕で絞めながら人質にする。フィーユは目隠しをされ、口を閉じられて手足が縛られている。

 人質を大柄な男へ押し、壁を走る様に動いて一人の顔を踏み、ジャンプして天井のむき出しの棒を掴んでもう一人を蹴り、大柄な男にドロップキックする。そして、もう一人の大柄な男の脇腹を殴り、最初の男の腰を踏んで骨を折る。踏んだ男が組み伏せてこようとして、ドロップキックした大柄な男が殴ろうとするが、股間を蹴り、組み伏せて来た男の耳を引きちぎり、腕を放した所を殴って気絶させる。悶える男に回し蹴りして倒す。

 最後に大柄な男と男が構えている。床を蹴って木片を持つ。大柄な男のパンチを回避して腕を木片で刺す。もう一人はアイアンクロウをして壁に押し付ける。最後に大柄な男を何度も殴って倒れる。

 フィーユの拘束を外そうとした時、突然、背後から殺気を感じた。急いで避け様としたが、背中から剣で突き刺されてしまった。地を這いながら振り返ると、モワノーにそっくりだが兜と剣と盾が違う男が居た。逃げようとしたが、痛みで生じた隙に胸を深く切られ、男が大地を踏んで家が爆発する様に壊れると共に吹き飛ばされた。傷口に衝撃波が染みる。血が大量に出る。意識が薄れる中、男がフィーユを抱えて喋った。

男「…存外、脆いな。貴公を売り渡しても良いが、先にこいつだ」

 男は飛行してどこかへ向かった。

 ——意識が、消える。—少し目覚め、誰かが私を引っ張っている。

恐らく少女「ねぇ、親父! もっと力込めてよ!」

老いた男「うるさいよ! 七〇になったばかりの儂を無理に動かすんじゃあ無いよ!」

 口の中が乾いている。指と指との間に砂が纏わりついて、取ろうと指と指とで擦る。血が足りない、今にも意識が消えそうだ。夜風が深い傷口に染みわたる。

 復、意識が消える。



 天井に陵角の角灯が高く吊るしてあって、火が点いている。何かが煮込まれている。トマト系の様だ。む、…焦げていないか?

 水分足らずで割れ鐘の様な声で「誰か居ないか」と云った。叫ぶ様に、復、云った。何度か続けると、ドタドタと鈍くを足音を響かせて、頭の方にある扉からやって来た。体型から察するに、少女か青年に達したばかりの女子おなごだろう。女子は私の頭に覆いかぶさる様に、私を見下ろしている。

女子「親父! 男が起きたよ!」

私「そこの煮込んでいる何か、焦げているんじゃないか?」

女子「あ、ほんとだ」

 女子は火を消しながら、喋りを続けた。

女子「あ、私はイユね。あんたは?」

私「そうだな…私はアムールだ。苗字は無い」

イユ「ふぅん…。あんた珍しい名乗り方するんだね。苗字は貴族以外無いからさ」

私「只の癖さ。他意は無い」

 起き上がろうとすると、傷が少し痛む。ドグラとの戦傷はすぐに治ったが、専門的な治療が出来ねば、やはり時間が掛かるのだろう。何とか起き上がる。

イユ「あ、鳥渡々々、まだ動いちゃ駄目だよ。傷口は塞がってるけど、出血が酷かったんだから」

 痛みに悶えて息を若干切らすと、恰度白髪の男が、玄関から入って来た。戸の先で雨が降っている。雨だとは気づかなかった。

白髪の男「おや、起きたのかい。傷はどうだ」

私「あなたが私の手当を?」

白髪の男「あぁそうさ、儂が長年培ってきた感で治したんだ。あぁそうそう、こいつはイユ、儂はアルトルだ。お前さん名前は?」

私「私はアムールです。手当ありがとうございました。そういえば、服はどこに?」

 あそこだよ、と云って丁寧に畳まれた私の服を指さした。

イユ「まだ外に行っちゃダメだよ。あんた二日寝ただけなんだから。だからほら、いっぱい食べなよ」

 そう云って、机に大量の食事を並べた。座る様に促してくる。ベッドから出て、椅子に座った。

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