第50話 万死に値する

 勇猛な太鼓の音に合わせ手にしたタクトと読んでいるポンポン付きの棒を掲げる。まるで一つの生き物のように、一糸乱れぬ動きで時に広がり時に密集して陣形を変えていく。曲に合わせて広い校庭を目いっぱいに使い、小さな体を大きく動かす。


 太鼓部隊を中心にして踊りてが輪を作る。

 皆のタクトを合わせて周り、途中分断すると今度は中と外の二重の輪を作る。

 中と外が入れ替わりながら形はまた代わり、今度は小さな輪を幾つも作っていく。


 その一つ一つの行動に感嘆と歓声の声が湧き上がる。


 太鼓部隊の人数は全体の1割。それだけの人数が一斉に叩けば迫力ある音が広がる。しかもオーディションを勝ち抜いた精鋭たちだ。見事なまでの音の重なりは大人たちを唸らせるに十分な実力がある。

 その狹き門を突破した中にはのんちゃんが居る。

 のんちゃんの身体からしたら大きな太鼓はかなり重たいだろうにキビキビと、そして生き生きとバチを振るっていた。

 残念ながら俺はリズム感がなかったらしく箸にも棒にも掛からずだったが、あくまでも主役は踊り手の方、太鼓部隊に落選したからと行って手を抜くのは俺以外でも誰も居ない。


 ライオンダンスもいよいよクライマックス。ここから一気に盛り上がりを見せていく。


 太鼓部隊が正面に一直線に並ぶとバチを振り上げ踊りながら太鼓を叩く。

 その後ろでは複雑にフォーメーションを入れ替える踊り手たち。中には後ろ向きに進み交差していくのは圧巻だ。

 そして踊り手たちは中央に広げられた黄色みの強い茶色い大きな布、そのの周りを取り囲むと、端を掴んで全員で一斉に布を持ち上げた。

 ふわりと舞い上がる布。

 その中に踊りて達が入っていくと端をすぼませていく。


 するとどうだ。

 平面であった布が大きな球体へと姿を変える。

 布には動物の顔が描かれている。

 それはこのダンスの名前になっているライオン。


 校庭に現れた巨大なライオン。その前で踊り太鼓を叩く子どもたち。

 それはまるで神を称える儀式のよう。


 更にこれで終わりではない。

 ライオンが『おぉ〜』と吠えるとタクトの先端に取り付けられたポンポンを布から出して一斉に揺らす。それはまるで雄々しく揺れるたてがみのよう。


 最後にドンと太鼓部隊全員で両手打ちをするとライオンはペシャリと潰れる。



『わぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!!』


 割れんばかりの拍手が広い校庭に響く。

 中には涙を拭っている人や、奇声に近い歓声を上げる大人たち。

 それは惜しみない小さな演者への称賛と感動の波。


 これが太陰小学校運動会の名物となっている演目だ。


 俺達3年生の『ライオンダンス』は大成功に終わった。

 小さな体を目一杯動かし統率の取れた見事な動きでこうして観客を湧かせた。その反応は例年以上に思える。先生方も満足そうな表情で、女性の先生(中でも日和先生)何かは涙を流してお互いの健闘を称え合っている。


 当然ながら演者である生徒も例外ではない。みんな肩で息をしながらもやりきった充実に目を輝かせ、その表情は一様にして明るい。

 そっと視線を這わせると始まる前はあれだけ落ち込んでいたよぽんも鼻をふくらませて紅潮している。

 子供らしい一面を見せるつよぽんから目をそらし太鼓部隊へと目を向ける。

 そこには言い表せないほどの満面の笑みを浮かべたのんちゃんがいた。

 なんだかんだ言ってのんちゃんはお父さんである康平さんに運動会を見てもらうことをずっと楽しみにしていた。出張の多い康平さんは普段家に居ない。週末も返ってくるのは月に1回か多くても2回程度。だからかどうしても見てほしかったんだと思う。


 うん、うん、良かったね!


 幸せそうなのんちゃんに満足して前に向きなおるその視界に、俺達のダンスを最前列で見ていた佐藤家と宮脇家の面々の姿が入った。

 琴乃さんと康平さんは手を繋いでおり、琴乃さんはいつも通りの柔らかい笑みを浮かべている。康平さんは・・・・もうすっごい男泣きだ。あれ嗚咽まで漏らしてそうだよ。


 そんな感情豊かな康平さんに若干引きつつ、その隣にいる最愛の母上殿へと目を向けた・・・・直後、俺は目を見開きの全身の産毛が逆立つ。



 母上殿も泣いていた。

 ポロポロと流れ落ちる涙を拭うこともせず、胸の前で一生懸命に拍手をしながら。


 その顔は笑っていた。

 

 嬉しそうに、楽しそうに、そして幸せそうに笑っていた。



 ここからだととても小さく視える母上殿のその姿に胸が締め付けられる思いだった。

 そこにどんな感情が込められているのか当人にしか推し量ることは出来ないが、ただ幸せそうに泣き笑う母上殿に、俺は姿形や関係は変われど戻ってこれて本当に良かったと心から思った。


 まだ続く拍手の中、俺達3年生は胸を張って退場する。

 残念ながら母上殿たちの前は通らなかったが、続く拍手の中に母上殿のも混ざっているのだけは感じ取れていた。

 散々迷惑と苦労をかけてきた。だからこそこの幸せな時がずっと続けばいいと願う。そのために必要な努力は一切惜しむつもりはない。





 だからこそを許さない。





「先生、トイレに言ってきます」

「はい分かりました。佐藤くんはリレーがありますから送れないようにしてくださいね」

「はい」


 待機場に戻ってきて直ぐに元気に手を上げ日和先生にそう告げる。

 許可をもらい席を離れるとトイレへと向かった。

 そして途中人の気配が無くなったところで『転移』をする。


 転移した先は学校の屋上。つい1時間前くらいまでゴーストバスターが居た場所でもある。

 ここに来たのはこの場にいるものと合うため。


『主、如何がなされました?』


 脳内に直接届く声。

 ひょっこり陰から現れたのは一匹の白い猫。


 そう会いに来たのは召喚獣である『白虎』だ。


 今日は護衛対象がみんなここに集まっているので白虎もここにいた。

 さっきはゴーストバスターが居るにも関わらず近くでチョロチョロとしてたもんだからかなりヒヤヒヤとさせられたが、今はそれはどうでもいい。


「白虎、しろ」


 俺が端的にそう言うと白虎はピクリとヒゲを揺らすと直ぐにこう答える。


『仰せのままに』


 少し前から俺の第2防衛システムからアラートが届いていた。

 第2防衛システムは異世界の魔道具であり、範囲内にある魔力を知らせるするという至って単純なものだ。情報としても魔力の波長が分かるだけで見たり聞いたりは出来ない。だが波長が分かれば一度感じ取ったことのある魔力であれば俺は識別が可能だ。

 位置もざっくりとしたものは分かるので、状況を察する程度は可能。


 その第2防衛システムによりゴーストバスター達がこの街に来ていたことも知っていたし、どこに向かったのかも把握している。

 少し前だ、そのゴーストバスターとは違うが範囲内に現れ、内一つが悪霊のものだった。しかも今それらが混ざり合うように動き合っている。これは戦っている時の動きなので、状況から察するにゴーストバスターはこの悪霊を払いに行ったのだろう。

 最初はそれを知りつつもゴーストバスターにまかせて問題ないと考えていたから放置していたのだが、どうもその雲行きが少し怪しくなってきた。


 


 これは異世界の魔物に現れた特徴の一つで『進化』と呼ばれる現象。

 何かしらの要因により魔力に影響を受けると極稀に存在自体が強化されることがある。異世界ではその原因は『魔神』によるものだったが、どうやらこちらの悪霊たちでも同じことが起きるようだ。


 多分これは後から増えやつが関係してそうな気がする。


 それが何なのかとかは関係ない。関わる気もないし興味もない。


 だが今だけは介入する。

 なぜならあれらはこっち向かってきていた存在だからだ。

 それはつまりこのということ。


 母上殿とのんちゃんが楽しんでいるこの運動会をだ。



 万死に値する!!



 もう死んでいる幽霊だろうと関係ない。完全に消滅してもらうしか無い。

 総体的にはゴーストバスター達で対処も可能そうだが、僅かにでもこちらに届く可能性が出たのであれば話は別だ。

 ついでにつよぽんの関係者も早く終われば戻ってくるかもしれないしな。


 本来なら俺が行って聖剣をチラ見させれば終わる話だが、生憎この反応があった場所には行ったことが無いから転移が出来ない。

 空を飛んで行くことも可能だが何かあってリレーに遅れたら、リレーを楽しみにしている母上殿とのんちゃんが悲しんでしまう。

 だから今回は白虎を使う。

 今は俺の手の届く範囲に保護対象がいるから白虎が離れても問題はない。

 

「場所はここだ」


 念じてイメージを白虎に送る。


『・・・・受け取りました』

「転移で送ってやりたいが、ここは俺も行ったことが無い」

『問題ごいません。ここであればでしょうから』

「分かった。相手は悪霊だけだ、人間に攻撃はするな。がそれは捨て置け・・・・あぁそうそう、姿は見られるなよ。正体がバレると色々と厄介だ」


 子猫形態は世を忍ぶための姿だからな、姿なら・・・・まぁ問題ありありだけど、その姿を視られてここに行き着くことは無いしな。白猫も世の中いっぱいいるけど念には念をだ。


『承知』


 白虎が大仰にに頷く。


「では行け!」


 俺がそう指示すると白虎が巨大な虎のような元の姿に戻る。

 うんうん、理解してくれているようで何よりだ。


 体勢を低く身構えた白虎は一気に空へと飛び出していった。

 白虎は雷の化身なので空中を自在に移動できる上その速さは雷そのもの。たかだか数十キロの距離など無いに等しいのだろう。


 白虎が消えるのを見送り再び転移で人気のない場所に戻った。

 ついでだからと俺はトイレへと向かった。

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