第34話 運動会前日

 もうすぐ梅雨入りすると言うのに毎日快晴が続き、テレビのニュースでは例年に無い連続真夏日が続いていると言っていた、そんな身体を動かすと汗ばむ陽気となってきた今日このごろ。


「明日は待ちに待った運動会です。暑くなることが予想されていますので、皆さん多めの飲み物を持ってくるようにしてください」

『は〜い』


 帰りのホームルームで担任の先生が大げさな仕草で眼の前の生徒たちに話す。

 席について大人しく話を聞いている生徒たちだが、その目はランランと輝いている。それだけ明日のことが楽しみなのだろう。


 そう、明日はとうとう運動会当日。毎日練習してきた成果をようやっと家族に見てもらう晴れ舞台の日。

 明日だけ天気が悪いなどということもなく、天気予報では明日も夏日になる快晴とのこと。

 クラスメイトたちはもうソワソワとしている。今は先生が話をしているからおとなしいが、それが終われば一斉に動き出しそうな雰囲気がある。果たして今聞いた注意事項をどれだけの生徒が覚えていることやら。

 などと他人事のように評論しているが、かく言う俺も例外ではない。母上殿に華麗なるダンスを疲労すべく頑張ってきたので明日がとても楽しみで仕方ない。


「あんまり楽しみすぎて夜遅くまで起きていちゃ駄目ですよ。寝不足で折角練習してきたのに全力でできなくなったら悲しいでしょ? 明日はみんなの元気なところをお父さんやお母さんに見てもらいましょう」

『は〜い!』


 先生の締めくくりの言葉に元気に返事をするクラスメイトたち。今日は株のチェックはせずに早めに寝ようと心に誓いながら、俺も負けじと手を目一杯伸ばして大きな返事をした。



「なぁなぁ光一。おまえんとこも父ちゃん母ちゃん来んのか?」


 ホームルームが終わり、みんなが騒ぎ始めた中帰り支度をしていると、陸が振り向くとそう言った。

 普段からやんちゃな陸にとって運動会はまさに表舞台であり活躍の場、分かりやすいくらいに興奮して鼻息が荒い、先生が忠告するときしきりに陸を見ていたのはどうやら気の所為では無かったらしい。絶対こいつ興奮して寝れないタイプだ。


「んにゃ、うちはお母さんだけだよ」

「え、父ちゃんしごとか?」


 不思議そうに首をかしげる陸。どうやらうちが母子家庭なのを知らないらしい。そう言えばクラス替えしてからは誰にもその事は言ってなかったかもしれない。あえて言うことでもないし、親が参加するイベントは運動会が最初だから気にもしていなかったな。


「違うよ。うちにお父さんはいないから」

「そ、そうなのか?」


 しまったみたいな顔をする陸。

 やんちゃだが友達想いの良いやつなんだよね、こいつ。どこかの勝負ばっかり挑んでくるやつとは大違いだ。

 まぁでも父親がいないってのは正解であって不正解なんだが。


 だって俺が父親だし・・・・。


「わ、わるい。き、きにすんなよ。おれは父ちゃんいるけど父ちゃんいらないはだから!」


 複雑なうちの家庭環境にオロオロとした陸がとんでもないことを口走る。

 何だよ「父ちゃんいらない派」って。世のお父さんたちがガチ泣きするぞ。


「うん大丈夫、気にしてないよ。僕はお母さんがいればいいから」


 不安そうに俺を見る陸をなだめつつ真意を口にするのだが、それでも陸はバツ悪そうに身を縮こませている。きっと俺が強がりで言っているとでも思っているのかもしれない。それであればこれ以上言葉を重ねても無意味だろうから、ここは話を変えてしまったほうが良い。


「それより陸、ちゃんと寝るんだぞ。先生も言っていたけど寝不足だと明日活躍出来ないからな。俺達の紅組が負けてしまう」

「なに!? それはだめだ。ぜったいかつからばんごはんはおすしだって母ちゃんにいっちまったし。だけど光一、まかせとけ! そのたいさくはもうしてある。じゅんびばんたんだ!!」

「ん? 準備万端って体操着とかよういしてあるのか?」

「たいそうぎ!? わすれてたってちがう、おれのじゅんびばんたんはいつでもねれるようにもうふとんはしいてきたことだぜ!」

「・・・・そう」


 いやそれお前絶対布団を片付けていないだけだろ?


「なら問題ないな!」

「おう、ばっちりだ!」

 

 母親に叱られないことを祈っているぞ相棒。


「なぁ、それより、あれいいのか? たぶんだが光一んとこまってんじゃね?」


 などと友人の行く末を祈っていると、当の友人が教室の出入口に向かって顎をしゃくった。


 俺を待ってる?


 その言葉に「のんちゃんかな?」と一瞬思ったが、のんちゃんとはいつも通り昇降口で待ち合わせをしている。シチュエーション大好きなのんちゃんがそれを無視してくるとは思えない。


 「え、じゃあ誰だ?」と思案しつつ出入口へと視線を向けると、そこには最近よく見るあまり会いたくないやつの姿があった。

 俺は何とも言えない面倒臭さに眉を潜めた。


「佐藤、ちょっとつきあえ!」


 いたのは勝負大好き『つよぽん』。

 つよぽんは偉そうに腰に手をあてて仁王立ちしている。

 何人かのクラスメイトが出入口で仁王立ちするつよぽんを邪魔そうに顔を顰め反対側の出入り口へと回っている。


 俺は最近まで存在を知らなかったが、どうもこのつよぽん結構有名人らしい。

 しかもあまり良くない方で。

 その所為かクラスメイトたちはつよぽんに近づかない。そしてそんなつよぽんに付きまとわれている俺も最近避けられている気がする。

 マジ傍迷惑なやつである。


 とは言え子供相手に本気で怒るわけにもいかず、しかも意外と素直で悪い子ではないもんだから、なんだかんだで面倒を見てしまうあたり俺もお人好しだなと思う。


 ちなみにつよぽんが俺に絡んでくるようになった理由はのんちゃんだ。

 どうもつよぽんはのんちゃんと仲良くなりたいらしいのだが、如何せん、現在のんちゃんと仲の良い俺が迷惑がっている事もあってのんちゃんはつよぽんの事を嫌っている。誰にでも人当たりのよいのんちゃんが嫌うのだから相当だ。しかしそのことを本人は知らない。

 あれだ、よく小学生が好きな子に恥ずかしさからちょっかいをかけては嫌われる、こいつは典型的なそれである。


「はぁ」


 俺は大きなため息をつきながらランドセルを背負うと、「また明日な」と陸に挨拶をして立ち上がる。そして教室から出ていって・・・・。


「まてまてまてまて、なんでそっち行くんだよ!!」


 つよぽんが居る方とは反対の出入り口から出ようとしたのだが、廊下を走ってやってきたつよぽんにインターセプトされてしまった。


 どうもここ最近こいつの俺への執着度が上がっている気がするのだがなんでだろうか?

 だと言うのに今のつよぽんは見ていると逆にのんちゃんに対してはそれほど拘っていないような気もするんだよな。

 入りはのんちゃんだったけど今は意地になっている、そんな感じにも見受けられる。

 ただどっちにしても面倒臭いってのはあるんだが。


「何? 帰らないといけないから忙しいんだけど」

「あ、わるい。いそがしいのか・・・・て、かえるだけだったらいそがしくないだろ!」

「で、何?」

「え、あぁうん。おまえにせんせんふっこくする。明日はぜったいおれがかつ!!」

「・・・・そう、で後は?」

「あと? いやないけど」


 上手く躱そうとしたのだが意外と賢くバレてしまった。仕方ないかと少し付き合ってあげる。

 するとズビシと俺を指差しつよぽんが勝利宣言をしてきた。


 え、それだけ?


 ふざけんなよ、そんなことのために一々くんなっての!

 しかも何だよ「宣戦」って、それを言うなら「宣戦布告」だろうが。


 どっと疲れる俺をよそにつよぽんは満足そうに鼻を鳴らすと去っていってしまった。


 マジで彼奴これだけのために来たのかよ。





「いっくんまった!?」

「ううん、今来たところ!」


 余計な時間を取られ急ぎ昇降口まで行くとのんちゃんは既に居た。だが俺の姿を見るやいなや物陰に隠れるのんちゃん。そんなのんちゃんの行動を即座に何をすべきか判断した俺は何も無かったかのように靴を履いて玄関の前で立った。

 すると物陰に隠れていたのんちゃんがテテテとやってきて先程のやり取りとなる。


 どうやら今日は俺を待たせてしまったシチュごご所望のようだ。


 のんちゃんのご希望に添えホッとする俺。


 完全なヤラセである。


 だがそこは黙ってお付き合いをするのが男の甲斐性というものだろう。

 そしてのんちゃんとのおままごとで鍛えられている俺であれば、この程度察するのは容易いこと。


「じゃあ帰ろっか」

「うん」


 のんちゃんと手を繋ぎ学校を出る。


「明日はいよいよ運動会だね」

「たのしみ!」

「康平さんは結局こられるようになったの?」

「うん、だいじょうぶだってパパ言ってた。でもかえってくるのは明日の朝だって」

「うへぇ〜、忙しいんだね」

「いそがしいね」


 康平さんはのんちゃんのお父さんで今出張で茨城にいる。

 どうやら無事に休みは取れたみたいだけでど、その分仕事を詰め込んだのか当日の朝始発で帰って来るらしい。

 ご苦労さまです。


「じゃあなおのこといいところ見せないとだね」

「うん、のんがんばる!」


 ぐっとぷにぷにお手々を握りしめるのんちゃんかわいい。


「僕もリレー頑張らないと・・・・あ!?」


 俺も母上殿に良いところを見せるため頑張るぞと意気込んだら、直後のんちゃんがドーンとテンションを落とした。


「リレーでのんといっくん、てき・・・・」


 しまったと失言に天を仰ぐ。


 リレーは全学年で行うのだが、その際にチームが4つに別れる。そして各学年代表は4人ずつ。つまりそれは同学年は全員別チームになる。

 のんちゃんはその事をずっと気にしている。


「で、でもほら、運動会のチーム事態は僕ものんちゃんも赤組だし仲間だよ」

「いっときでもいっくんとてきどうしになるのはたえられない。いっくんはいいの? のんとてきになって?」

「駄目、それ絶対駄目」


 くっ、悲しそうに俺を見るのんちゃんに反射的に拒否してしまった。

 ただでさえ練習段階から別チームになると知ったのんちゃんが何度も挫けそうになったというのに、ここで俺自信が追い打ちをかけてしまうとは!


 自分の愚かさに殴りたくなる気持ちをぐっとこらえ、どうにか宥める方策を考える。


「確かに・・・・確かにリレーの時は敵になるかもしれない。でも僕とのんちゃんはただの敵同士ではないんだ」

「ただのてきではない? どういうこと?」

「なぜなら僕とのんちゃんは好敵手ライバルとなるからさ!」

「らいばる?」

「うん、好敵手ライバルとは好きな敵手と書く。敵手は競い合う相手のことで、つまりそれは好きでいっつも一緒に居たいから、だからこそ他が入りこまない為にお互いが競い合い高め合いともに進んでいく、だから時には敵として立ちはだかる。そんな特別な関係のこと」

「いっつもいっしょにいるあいて!?」

「そうだよ。いっつも一緒に居なくちゃいけない相手!」


 俺がそれらしいことを言うとのんちゃんが顔を上げた。

 自分でも何いってんだか分からなくなるぐらい興が乗ってペラペラと語る。徐々にのんちゃんの目に光が戻っていく。


「それはのんといっくん!」

「そうだよ。僕とのんちゃんだ!」

「あ!? ・・・・でもそれだと」

「ど、どうした?」


 みるみる元気になるのんちゃん。だが何かを思い出してそれが急激にしぼむ。

 どうしたと問いただす。

 

「それはつまりあののもだからのんといっしょ・・・・」


 ・・・・おぅ。


 そう言えばつよぽんに俺ライバル宣言されてたわ。


 のんちゃんはつよぽんと一緒なんだと意気消沈する。

 ほんとあの野郎碌な事しねぇな。


「いやのんちゃんとつよぽんは違う」

「つよぽん?」

「うざったいひとのこと」

「あぁうざったい!」


 でもちょっと同情。

 のんちゃんの認識がうざったいだけになっている。


「なんで?」

「だってのんちゃんは幼馴染だから!」

「おさななじみだとちがう?」

「違う、全然違う。だって幼馴染は生まれたときから一緒だから」

「!!」


 俺の力説にそうだとばかりに目を見開くのんちゃん。


「うん、のんはいっくんのおさななじみ」

「そう、のんちゃんは僕の幼馴染でライバル。だから一緒にいる度合いがうざったいとは全く持ってこれっぽっちも同じじゃない!」

「たしかに!!」


 どうやらのんちゃんのやる気が戻ったようだ。

 自分で語っておきながら支離滅裂な理論だけど、のんちゃんが元気になるならそれらは全て些事!


 よし、更にここでもう一押しだ。


「それにのんちゃん、何も敵同士が悪いことばかりじゃないよ。だって僕とのんちゃんは一緒に走れる(かもしれない)じゃないか」

「!!!」


 まさにそれとばかりに背筋をピンと伸ばすのんちゃん。

 リレーは学年ごとに走っていくから必然的に俺とのんちゃんが走る順番は同じになる。

 ただ問題はその前で差がついていないかだけど、順番的に3番目だったら多分それも大丈夫だろう(フラグ)。


 まぁ何にせよのんちゃんの機嫌が戻ってホッとする俺だった。

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