転生業務は停止中

@Vaizen

第1話

 暗闇の中で私の意識は目覚めた。


 何も見えないが、何かしらの床か地面はあるらしい。

 何かに手をついて、何かを踏み締め、何かの上に立ち上がる。

 しかし、見える物が何もない。

 前を向いても後ろを向いても闇ばかり。

 右を向いても左を向いても黒ばかり。

 上を向いても何も無いが、下を見たなら自分の胸から下は見ることができた。

 自分の体は見えるということは暗黒だけど暗闇ではないらしい。

 一体、なぜ私はこんなところに居るのか。

 一体、私はどこから来たのか。

 そもそもここはなんなんだ。


 自分の事は覚えている。

 私の名前は木瀬陸堂。

 名前程度は知られている私大を出て、看板の表記にはそれらしい文字が並んでいる企業に勤める一山いくらの成人男性だ。

 当然のように薄給で、当たり前のように激務な毎日では持てる趣味にも限りがあり、それはやはりご多分に漏れずインターネットに依る物であった。

 つまるところ、SNS、動画サイト、基本無料のソーシャルゲーム、配信サービス、たまのセール時のネットショッピング。


 そしてやはりネット上に投稿される小説である。

 無論、異世界転生、異世界召喚といったジャンルも読んでいた。

 冴えない自分が、何かしらの力を得て、剣と魔法の異世界で活躍する。

 そんな妄想に浸る時間も、日々の鬱屈を忘れさせてくれる逃げ場の一つだった。


 そこでふと思い至る。

 もしやすると「今」がそれなんじゃないだろうか。

 今自分がいるのは不思議な空間だ。

 辺りを見渡しても目に映る物は全くなく、それでいて光や火の類も一切ないのに自分の体だけは見る事ができる。

 立てる以上足の下には何かしらの物があるはずなのに、踏み鳴らしても一切音がしない。

 これが不思議でなくてなんなんだ。

 つまりもうしばらくすれば、何かしらの偉そうな奴か、胡散臭い奴か、まあ何かが現れて私が死んだ事と、私が転生する事と…。


 うん?

 そこでもう一つの事に気づいてしまった。


 私は、死んだのか?


 フラッシュバックというのだろうか。

 瞬間、「この直前」の記憶が頭の中に蘇る。


 悲鳴、衝撃、絶望、低いエンジンの音、恐怖、クラクション、驚愕、ヘッドライトのフラッシュ、地を擦るタイヤの音、空腹、赤信号、倦怠感。


 経験した感覚と感情が時間の近しい順にそれが呼び起こされる。

 つまり、実際はこの逆に事は起こった筈だ。


 私は交通事故に巻き込まれた、という事なのだろうか。

 しかもトラック。

 そこまで型通りでなくてはいけないのか私の生は。


 しかし、この記憶が現実のものであるならば。

 これがタチの悪い夢でなければ。

 今、私がいるこの場所は。


 死後の世界


 という事になる。

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