第2話:冗談だよ。一割くらいは

「休み時間になったら遊びにおいでね」という鈴木くんに対して星野くんは「行けたら行く」と冗談っぽく返して二組の教室に入っていった。見送って、私たちも教室に入る。そして黒板に貼られた席順を見て、すぐに違和感を覚えた。


「……席ってこれ、何順になってるのかしら」


「出席番号順だよ。廊下側から順番に1から」


 出席番号は普通、五十音順になっている。しかし、鈴木と月島の間にあるであろう武田や瀬川といった苗字の生徒が廊下側にいる。私たちは真ん中あたりだ。どういうことだと首を傾げていると、鈴木くんが言う。「この学校さ、LGBTに配慮するとか言いながら出席番号は男女別なんだよ。変な学校だよね」と。男女別ということは、私の後ろの生徒は全員女子ということになる。つまり、私の後ろの席に座る鈴木くんも……。理解したと同時に私は反射的にに対して頭を下げていた。彼女は「あはは。やっぱ私のこと男子だと思ってたんだ」とあっけらかんと笑う。


「気にしてないよ全然。男の子と間違えられることなんて日常茶飯事だし。制服着たら尚更だろうなって思ってた。学校が選択肢を増やしたところで、学校の制服は男子はズボン、女子はスカートという人々の頭の中で出来上がってる固定観念はそう簡単には変わらないからね」


 そう言いながら彼女が席に着くと、教室がざわつき始める。40人クラスで男女比は大体半々。廊下側から男女別で座るとなると、必然的に、廊下側から三列目前半くらいまでが男子の席、それ以降は女子の席となる。座った席で性別が分かってしまう。性別なんて、どれだけ隠したくても集団生活をする以上は隠し通すのが難しいとはいえ、出席番号は分ける必要あるのだろうか。


『なぁ、あいつさ……』


『嘘だろ。デカくね?』


『え、どっち? デカい女子なの? 女になりたい男子なの?』


『男になりたい女だろ?』


 ひそひそと声が聞こえてくる。母はこれを危惧して私がズボンを穿くことを拒んだのだろう。自分のことじゃないのに、胸が苦しい。しかし彼女は何事もないかのように話を続ける。


「私はね、別に男になりたいからズボンを選んだわけじゃないんだ。学校が用意してくれた選択肢から好きな方を選んだ。ただそれだけ」


「……親は、反対しなかった?」


「反対? なんで」


「……LGBTの人だと思われて、浮くからって。……今みたいに」


 私の問いに、彼女は鼻で笑って、自身の胸に手を当てて堂々とした態度でこう答えた。「私はどんな格好したって浮くよ。なんせこの見た目だからね」と。その堂々とした姿があまりにも眩しくて、呆気に取られてしまう。


「だから、こういうのは慣れてる。大丈夫だよ。最初だからざわついてるだけで、すぐに馴染む」


「私達三人とも、昔から目立たずにはいられなかったもんな」


「見た目のせいもあるけど、男女仲良いってだけで好き勝手噂したがるもんね。あと、見た目と中身のギャップもあるし。でも、小桜さんも目立つのは慣れてるんじゃない?」


「私?」


「君のこと初めて見た時、思わず一目惚れしそうになったから」


 微笑みながら彼女は言う。初対面の男子から同じことを言われていたらなんだコイツとドン引きしていただろうけど、彼女が女性だと分かっているからだろうか。嫌な気はしない。私の代わりに月島さんがなんだコイツという顔をしているが。

 なんだか照れくさくて、反応に困っていると「冗談だよ」と彼女は笑う。その後に「一割くらいは」と付け足した。つまり、九割は本気ということになる。


「い、一割って。何よそれ……逆にどの辺が冗談なのよ……」


「んー……一目惚れしそうになったって部分かな。綺麗な人だなって思ったのは本当だよ」


「そ、そう……恥ずかしいことをサラッと言うのねあなた」


「でも言われ慣れてるでしょ。その見た目なら」


 揶揄うように彼女は笑う。確かに、告白されたり口説かれることはよくある。しかしそれを認めると嫌味だと思われるし、認めなくとも嫌味だと思われる。どう答えたらいいかわからず黙ってしまうと、彼女は「別に嫌味で聞いてるわけじゃないんだ」と申し訳無さそうに言う。それは分かっている。

 私は昔から、容姿のことでよく褒められた。だけどそれ以上に、同性からは嫉妬の念を、異性からは劣情をぶつけられることが多かった。母が性別にあった服装を勧めたのも、これ以上変に目立たないようにするためもあるのかもしれない。綺麗だとか可愛いだとか、正直言われても嬉しくない。それは大抵下心からくる言葉か、あるいは嫌味だから。素直に受け取れば嫌な顔をされたり、変な期待をされたりする。だけど彼女の言葉は、素直に褒め言葉として受け取ることができた。なぜだろう。同じように容姿で目立ってきた同性の人の言葉だからだろうか。それだけではないと、心臓が主張する。彼女が同性であることはもう理解出来ているはずなのに、まるで恋をしているかのように騒がしい。


「……同性から綺麗って言われて嫌味だと感じなかったの、初めて」


 そう。それだけ。心臓が騒がしい理由はきっと、それだけだ。

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