冬
184 美和子さん
「カモさんお疲れ様でございました
またよろしくお願いします」
「おうまたな~」
バスを降りると車庫には冷たい風が吹き抜ける。
「あ、ユイ」
「はい」
振り向くとカモさんは一瞬考える。
「いや…お疲れ
寒くなったから腹出して寝るなよ」
いいのよカモさん
礼には及びませぬ。
龍子さんも越智さんも、なんだかんだで楽しそうだし幸せそうなの。
ほら、前を行くのはお二人さん。
話しかけるか否か。
てか越智さんまた食堂?
そりゃ300円であんだけ食べられたら一人暮らしなのに行っちゃうよね。
「ユイピーーー!」
って後ろからの大声に、私よりも前を行く2人が振り向く。
「あ、ユイちゃんいたの?」
「なんで話しかけないの」
「や…なんかお似合いだなって」
「なに言ってんの」
走って追いついてきたコボリンは
「悠二がいないうちに触っとこ!」
頭をグシャグシャ
頬をグイグイ
肩を抱き寄せ
「んーーー」
タコの口。
「やめて!」
「さぁ今夜はあーんしてやる!行こう!」
「越智くん証拠とれた?」
「撮れた撮れた」
「あーー!やめろーー!」
同じく一人暮らしのコボリンもちょいちょい食堂に行っていた。
寮の正面に来て2人は食堂の玄関へ。
私と龍子さんは寮の玄関へ。
「注文しといてね」って言って別れた。
「龍子さん、やっぱり付き合ってるんですか?」
まだ恋人ごっこなのか交際してるのか、そこは微妙だった。
でも2人の空気は前よりも少しだけピンク掛かって見える。
「どうだろね」
「でもしょっちゅう泊まってますよね?」
「あ、そんな事はしてない。
ベッドの下にお布団敷いて寝てる」
さすが越智さん。
…ん?
「なによ変な顔して」
なんだ
越智さんもしかして
「うわ…今度はニヤついてる」
ちゃんと好きなんだ。
カモさんのことを綺麗さっぱり吹っ切れるの
待ってるんだ。
「なに笑ってんの」
欲望だけで手は出せないんだもんね、好きだから。
あの時は気づいてあげれなかった。
好きだからこそ気持ちを無視して出来なかったんだよね。
相手のことばっか考えて。
「龍子さん」
「なによ」
「次回は腕枕で寝ましょう
越智くん…今日はそっちで寝ていい?
って儚げに言ってください!」
「それ私の真似…?」
越智さん任せて!
今度は私が協力するから!
龍子さんは私のモノマネに大笑いしながら寮の玄関を開けた。
「あ…あの!」
大笑いしてて気付かなかった。
「ユイ、知り合い?」
「ちょっと…いいですか…?」
「はい!」
会ったのは少し前だけどはっきり覚えていたし、覚えていてくれたことが嬉しかった。
今夜は冷えるのに、ここで待っていてくれたのかな。
「じゃ先に行ってるわね」
龍子さんはそのまま入り、重いガラスのドアが閉まった。
ニコニコして可愛くてショートカットがよく似合ってる。
寒そうに肩にかけたストールをギュッと握りしめてそこにいたのは
美和子さんだった。
「この前ちゃんと話せなかったから」
「あ、職場の方とって」
「先輩だし待たせるわけにいかなくて」
「えっと…」
話?ってことは
「あ!どこかお店…この辺りあんまりなくて
あ!餃子屋さん!」
…は無しだな。
女子が話しするような店じゃない。
「私すぐ着替えて来ます!」
「ううん大丈夫!
話っていうかなんて言うか…」
戸惑う表情。
落ち着かない手が前髪をガシガシって撫で整える。
私に話なんて一之瀬さんの事だよね?
「悠二くん…元気?
全然会わないからさ、忙しそうだもんね」
「貸切が暇になったから最近は本社に行ってて」
「だよね、継がなきゃなんないしね」
あせあせと落ち着かない話し方。
ストールを握りしめて寒そうなのに紅潮している頬。
私なんかに緊張してんのかな。
「専務とかにやられてそうだね」
「それいつも言ってます
粗しか探してこないって」
「うん、わかる~」
美和子さんは少しだけ笑った。
お兄ちゃんに話聞いたりしてたのかな。
一之瀬家を知ってる人。
それはなんだか妙な仲間意識で
違和感だった。
だけど次の瞬間美和子さんは下を向き
「ユイちゃんは…」
何か覚悟するような浅い息を吐いた。
「悠二くんと結婚すること…わかってる?」
「え?」
「あの会社を守っていく悠二くんを
あなたに…支えられる?」
え、なんの話?
「大学はどこ?」
「大学には行ってません…」
「お父さんはお仕事なにされてる?
お母さんは?
まさか家計を助けるためにパートとか?」
「会社員で…お母さんは…離婚して」
「あなたに何が出来る?」
「何がって…」
「学歴もなくて教養も才能も何もなくて
高卒でバスガイドなんて…おまけに離婚」
美和子さんは下を向いたまま捲し立てるように言う。
その圧に潰されそう。
「結婚って好きなだけじゃダメなの
特に悠二くんみたいな家だと
あなたの品格や生い立ちも…!」
「やめて下さい!」
お父さんとお母さんを悪く言わないで。
私の家族なの。
『幸せになりなさい』
お父さん…
『ユイ』
捨てられたけど私のお母さんなの。
「よく考えて…
悠二くんを思うなら
悠二くんのために身を引くべきよ」
会いに来てくれたわけじゃなかった。
私は何もわかってなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます