美少女お嬢様にカップ麺を与えたら懐かれたので同居することになりました

白い彗星

第一章 お嬢様とカップ麺

第1話 とある日に美少女を拾った話



「ねえ、立林くん……私、早く立林くんのが欲しい」


 俺、立林 来須たてばやし くるすは今、一人の女の子に壁際に追い詰められていた。


 静かな部屋の中に響く、一つの声。その声はか細く、とても澄んでいる美しい声だ。聞いているだけで、耳が心地よくなる。

 その声が、いや声の主が、俺を求めている。


 目の前にいる女の子は、まるで人形のように美しい。美しく流れる白髪はくせっ毛が所々跳ねていて、ぴょこぴょこ動いている。

 半開きになった瞼から覗くのは海のようにきれいな瞳。作り物のようにさえ思えるほどに整った顔のパーツ……そしてこじんまりした体型は、黙っていれば本当に人形ではないかと思えるほど。


 彼女の瞳が、じっと俺を見つめて離さない。どこか妖艶とも言えるその姿に、俺はたまらず唾を飲み込んだ。


「お願い……私、もう待てないの」


 彼女、神冥地 恋歌しんみょうじ れんかは俺の手を取り、熱い吐息を漏らした。

 白い肌だから、頬が少しだけ赤くなっているのがよくわかる。


 ドクドク、と心臓が脈打つ。甘美ささえ感じさせるその声色に、俺はゆっくりとうなずいた。

 彼女の要望を叶えるために、俺は……



  ――――――



「くんくん。ほぁ……いいにおい……」


 部屋に漂う香りに、彼女は形の良い鼻を動かしにおいを嗅ぐ。

 彼女はソファーに腰掛け、足をプラプラさせながら晩ご飯を待っていた。


 ぼーっとした様子でテレビを眺めているが、時々きゅるるるとかわいらしいお腹の音が鳴っているのが聞こえた。


「これでよし、と」


 俺は、フライパンを片手に手元に皿を用意。

 肉と野菜を混ぜ合わせ炒めたものを、皿の上に乗せる。それとほとんど同時に、炊き上がったご飯を茶碗に盛り付けていく。

 

 この春高校生となった俺は、念願の一人暮らしを始めた。一人になったことで、節約のために自炊などやることはたくさんだ。

 最近少し料理を覚えるのが楽しくなってきただけの、なんの変哲もない普通の男子高校生だ俺は。


 一人と言うのは大変なことも多いが、誰にも邪魔されない快適な空間。そう、誰にも邪魔されない……

 ……そのはず、だったのだが……


「立林くん、ごはんまだー?」


「今盛り付けてるところだから、もうちょっと待ってくれ」


 一人暮らしをしている俺の部屋に、俺以外の声が響く。

 その声の人物……神冥地 恋歌は俺の"料理"を欲し、今か今かと待っていた。


「ん、待ってる」


 俺はチラッと、彼女の姿を見た。

 ぴょこぴょことくせっ毛が動き、それが彼女の感情を表していると気づいたのはここ数日のことだ。


 まるで意思でも通っているかのようだ。面白くて、なんだか笑ってしまう。


「はやくっ、はやくっ」


 料理の香りに誘われて、神冥地さんはソファーの上で身体を揺らす。

 左右に揺れる度、その長い髪も揺れる。見てるだけで、上機嫌だとわかる。


「はいはいっと」


 料理の盛り付けを完了し、テーブルに並べていく。

 並べられた料理。それを確認した神冥地さんはテーブルへと移動、席に着く。


 その姿はまるで小動物だ。すっかり慣れてしまった光景に、俺は少し楽しさを感じていた。


「はい、どうぞ」


「いただきますっ」


 手を合わせ、さっそく箸に手を伸ばしていく。そして、食事をする姿は……とても、上品なものだ。

 食べ物を箸で摘まみ、それを口に運び、そして食べる……それだけの所作が、見惚れてしまうほどに美しい。


 もぐもぐと咀嚼し、ごくんと飲み込んだ。そして、目を輝かせる。


「立林くん、とってもおいしい」


「……それはどうも」


 俺の作った料理を食べて、こうしておいしいと笑いかけてくれる。

 それだけで、俺の心はいっぱいになっていくのを感じた。誰かのために料理をして、それをおいしいと言ってもらえる。そのなんと満たされることだろう。


 俺も、彼女の正面に座り食事を始める。

 うん、我ながらいい出来ではないか。


「あーむっ」



 ……神冥地さんとの、この奇妙な同居生活。なぜこんな生活が始まったのか。

 まさかこんなことになるなんて、春先には考えもしなかったことだ。



 そもそも彼女との出会いは、高校に入学して少ししてのこと。春から夏へと季節が変わったあたりだ。

 コンビニでバイトをしていた俺は、ゴミ箱の掃除をするために外に出た。そこで、見つけたのだ……この世のものとは思えないほどの美少女を。


 彼女は店の隅っこにしゃがみこんでいる、ただそれだけの姿なのに、その存在に圧倒されていた。

 ただ、なにをするでもない。スマホを見ているわけでもなく、膝を抱えてじーっと空を見ていたのだ。曇りがないほどに快晴の空を。


「……?」


 誰かとの待ち合わせかとも思い、その時はあまり気には止めなかった。他のお客さんの迷惑になっているわけでもないし、声をかけるほどでもないと。


 そして、夜……バイトを終えた俺は、コンビニを出て……


「おわっ?」


 店の隅っこにしゃがんだままの、彼女を見つけたのだ。

 服装も、昼間に見つけたときのまま。グレーのワンピースに、薄地の白いニット帽を被っている。まさかずっとここにいたのかと、そう思った。


 だが、それだけ。なにか用事があってそうしているのかもしれないし、見知らぬ人に下手に関わるものでもない。

 そう思って、俺はその場を後にしようとしたのだけれど……



 きゅるるる……



 大きな音が聞こえた。それはおそらく、お腹の音。


 俺は思わず、彼女に首を向けた。すると彼女は、俺の視線に気づいてかさっと顔をそらした。これは間違いない。

 彼女は、お腹が減っているのだ。だが、それにしては妙だ。


 だって、ここはコンビニの目の前だ。お腹が空いたなら、ここにはいくらだって食べ物がある。

 なのに、お腹を空かせているということは……財布でも落としてしまったのか。


 気の毒だが、やはり俺には関係ない。そのまま通り過ぎようとしたのだが……

 ……なぜだか、足が動かなかった。



 ……どうしてかは、わからない。



「あの……どうかしたんですか?」


 どうしてかは、わからない。だけど、気付けば俺はその子に声をかけていた。


 俺の声に反応した彼女は、俺に顔を向けた。

 澄んだ海のようにきれいな瞳が、俺を映していた。


 そして彼女は、その小さな口を動かして……


「……おなか、すいた」


「でしょうね」


 そう言ったのだ。


 これが俺、立林 来須と彼女、神冥地 恋歌の出会い……そう、俺がとある日に美少女を拾った話だ。

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