第8話 語り部の憂鬱

 レナルドの姉、ラフィーネの家は他とそう変わらない慎ましやかなもので、ただ端々になんとなく、かつて稼いだ分の財産が残っているのだろうなと思わせる豊かさがあった。たとえば、おれの足元にまとわりついてくる小さな男の子供などだ。


「どうしたの、この子」


 実の子にしては大きすぎたのだろう。レナルドは遠慮のない言葉をかける。子供は大きな目でおれを見上げてきた。ラフィーネよりは濃い茶色の瞳はなんとなく眠たそうに瞬きをしている。六歳かそこらだろうか。


「近くの家の子を引き取ったのよ。親御さんを亡くして、行き先がなかったらしいから、うちはまだ余裕があるからね」

「……いいことしたね」

「そうね、いろいろあったけど、何とかやってる」

「そう」


 姉と弟との間に、軽くぴりりと緊張感が走ったような気がした。後で話すというのはこの辺りなのだろうか、と思っていると、急に服を引っ張られる。


「勇者さま!」


 子供が目を輝かせている。


「ボーは冒険の話を聞くのが好きなんですよ。私たちの話をよく聞かせていたからかもしれないですけど」

「剣は? 剣どこ?」

「そう四六時中提げてねえよ。お前みたいな子供が触ったら危ないし」

「剣はー」

「聞け」


 ルーさん、意外と子供が好きなんですね、と四苦八苦しているおれに向けて理解のない言葉が飛ばされる。こいつもおれの語り部なら、もう少し観察力をつけてほしい。


 やたらと小さな手と握手することでどうにか凌いだあたりで、子供は呼ばれて外へと遊びに行った。ラフィーネの方も台所仕事をするとかで、おれたちは日当たりの良い部屋に取り残される。街の宿よりは窮屈だが、寝台もふたつ、綺麗に整えてある。歓迎の気持ちは明らかだった。


 つまり、話をするには都合が良かった。


「さっきからお前は何を気にしてるんだ」

「珍しいですね、ルーさんの方からそういうの聞くの」


 話します、とレナルドは寝台に腰掛け、小さく咳払いをした。


「まず前提としてね、姉たちの前に……一番最初に組まされてた相手が結構、どうしようもなくてね」


 隠れてケチな悪さをする、報告を盛る、雑な討伐、もちろん歌もあることないことを適当に語れと言ってくる。これがまあ、語り部としては苦痛であったらしい。


「お前の方で盛っておけ、ただしまずいことは言うなよって。嫌で嫌でね。だって、元の出来事があっての物語でしょう」

「上に言えなかったのか」

「僕も立場が弱いもんで、結果的にずるずる片棒を担ぐ羽目になっちゃってたんですよねえ」


 馬鹿なことを、と言うのは容易いだろう。いくら成人したとはいえ、16かそこらの子供が大人の悪知恵に敵うわけもない。そういうこともあるだろう、とは思った。


 とはいえ、その組はやがて別の商売に手を出すことになったらしく、晴れて別れる結果となった。最後に雄々しく歌い上げて送り出してやりましたよ、だそうだ。最後まで密告はしなかったのが、こいつの強さと弱さだな、と思った。なお、仲間のその後の消息は知れていないらしい。


 さて、その次に奴は姉のラフィーネから誘いを受ける。


「働きに故郷を出て何をしていたかと思ったら、似たような稼業だったんだから面白いものですよねえ。まあ、お互い食い詰めて身を売ったりしなかったのは幸いです」


 語り部はともかく勇者なんてものは、身を売るのと大して違うようにも思えない。売るのは加えて名前と人生だ。


 ともあれレナルドは一も二もなく承知する。その組は人数はいたが関係も良く、かなり安定した仕事ができていたらしい。やがて仲間の一人とラフィーネは結ばれ、どこかの土地で慎ましく暮らそうという話になった。


 全員が一致して領主に訴え、近くの小さな畑を報酬代わりに貰えることとなった。流民に近しい、帰る場所のない彼らにとっては相当のいい話だった。だから、全員が全力で任務に当たった。ところが——。


「逃げたんです。その時戦ってた人狼ワーウルフが」


 群れと暗い森で会敵したところ、手負いの一頭が茂みに隠れて行方知れずになったのだという。当然、あちらこちらを探した。だが、見つからない。


「とはいえかなり重傷を負ってましたから、そのうち溶けて瘴気に戻るはずでした。普通だったら警戒だけは呼びかけておいて、完全に討伐することは失敗したと報告をする、そんなとこだったんです」


 だが、その時は話が違った。ラフィーネたちの結婚が控えていたのだ。任務は果たされなければならなかった。


 お願いレナルド、討伐は成功したと、魔物は全て討ち果たしたと報告して、歌にも歌ってちょうだい。みんなのためだから。いっそ盛大に最後の門出を祝ってくれないかしら。


「僕は……嫌でした。信じてたはずの仲間が、ことに身内がそんな、僕が嫌でたまらなかったことを頼んでくるなんて。血の気が引きました」

「それで結局……」

「断りました。断ったんです」


 嘘を歌っていた間の僕は、僕の語り部としての気持ちを曲げて……ずっと曲げ続けて……。まるでどこかで読んだ物語の写本でも写すような気持ちで、歌を作っていました。あんな思いはもう嫌だし、何より良くしてくれた仲間を不義に巻き込みたくはなかった。レナルドは滔々とそう続ける。


 仲間たちは、ひどく悲しい顔をしたという。任務は完全な成功にならないまま終わり、約束の畑を彼らは失った。代わりにもっと小さな場所で暮らす羽目になった。それが今のコオルネの土地なのだろう。


 そして姉弟はともかく、仲間たちとレナルドの仲はすっかりぎこちなくなってしまった。婚礼の歌を歌い終えたレナルドは、すっかり悲観的になっていた。


 正しい物語も、本物の勇者も、どこにもないのではないか。そんなことを思ったのだという。それで、一時いっとき歌も作れなくなったのだとか。そういう話だったらしい。


「だから僕はもう、ないことを勝手に書かされるのはまっぴらです」


 せめて一言、ごめんねって言ってもらえたら、もう少し良かったんですけどね。レナルドは力無く笑った。


「不正の件」

「はい」

「おれが上に言ったらどうするつもりなんだよ」

「もう、どうしてるかもわかりゃしない相手です。狡猾に証拠も残してないでしょうし、領主様が本腰を入れて調べるかは怪しいですね」


 なるほど、こいつが時々人間不信気味であったり、おれが何か倫理的に見える行いをすると妙な反応を見せていたのは、これかと思った。

 おれは試されていたし、同時に今度こそはもしかしたら、と思われていたのだろう。それが叶うものなのかどうかは、わからない。


「おれは……」


 何かを言いかけようとして、何も言えないことに気づく。そもそもおれ自身がそう自慢のできる善人というわけでもなし。何か必要な事態に遭えば、悪事を働くことがないとは決して言えない。


「別に誰にも言うつもりはない」


 それくらいだろうか。おれにこれから本物の勇者とやらになって、真実の歌を歌わせてやれるような器があるかどうかははなはだ怪しい。


 ありがとうございます。レナルドからの返事はそれくらいで、そこで会話は途切れた。


「勇者さま来てるの!」

「剣どこ? これ?」

「こらっ、触るんじゃありません」

「お父さんとお母さんの剣もあるんだよ」

「ほんとに! 名前とかあるの?」

「お母さんのはいいから! もう錆びちゃってるわよ」


 ボーが連れてきたのだろう。子供たちがわいわいと家の中になだれ込んで来て、それどころではなくなったからだ。


 おれとレナルドは仕方なく、前回の冒険譚を切り売りして子供たちの機嫌を取る羽目になった。レナルドが語るおれはどうもおれ本人とは違う相手のようで、歓声を上げる子供たちを苦々しく見ることになる。


「ルーさん、やっぱり子供好きなんじゃないですか?」


 肩に一人、腕に一人、膝に一人しがみつく子供の重みで軋みそうになっているおれに、レナルドはまたそんなことを言う。まさかそんなはずがない。


「むしろ嫌いだ」

「嘘ばっかり」


 さっき自分の嘘を告白したばかりのくせに、語り部は軽く笑って弦に指をかける。


 語られる勇者黒髪のルーの物語に剣は出てきたが、特に名はなかった。おれがつけなかったからだ。

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