第34話 ミハエルVSフィゲル
ミハエル・アークル。肩まで伸びる美しき銀髪をした彼は、アークル家の室内にて、紅茶を飲んでいた。しかし、ただ紅茶を飲んでいただけではない。頭の中は思考の電流が走り、せわしなく脳を動かしていた。
彼の座っている椅子の前に、チェス板がある。彼は、それをゆっくりと動かしていた。
ストライド家を接収する彼の計画は順調だった。ストライド家、彼らが気づいたときには、既に手遅れ。後手後手に回った、頭の回転の早くない領主など敵ではない。ミハエルは自信ありげに微笑んだ。ストライド家の領地を得れば、アークル公爵家の勢力はかなり強くなる。他の領地へと影響が及ぶように……。
そして、リーリエ・ストライドの存在。ミハエルはリーリエの本性を見抜いていた。ただの善良な人間ではない。心のなかに、悪意を持っている。だが、それがミハエルは気に入ったのだった。妻に迎える人間は、善人などではいけない。自分と同じく、計算高く、頭の良い人物が好ましい。その点で、リーリエの存在を彼は気に入っていた。そして、自らが頭が良いという自惚れが存在する。
しかし、ストライド家を接収するにあたっての最大の関門があった。ゾルド……。やたらと芸術や音楽にこだわる老人。それがゾルド。この人物は、美しさを決めるコンテストで、セリアとリーリエにジャッジを下した人間である。
そのゾルドが曲者だった。ゾルドはただの芸術愛好家ではなく、国にすら影響を与えるような権力を持っていたのである。そして、人の領地を接収することを良しとしなかった。つまり、ミハエルの行動に対して、まったくの不賛成だったのだ。
だが、そのゾルドも出し抜ける。ミハエルは微笑しながら、チェスの駒を動かした。
ただの接収ではない。事実、ストライド家は弱っているのだ。ここで誰かが救いの手を差し伸べなければ、彼らは路頭に迷う。もっとも、それはミハエルが計算してストライド家を弱らせたからであるが。
こうなれば、ストライド家に手を差し伸べるという形になる。形式上、アークル家は善なる行動を取っていることになる。流石に、老人のゾルドもこの決定は覆せないだろう。
リーリエ・ストライドを婚約者として差し出せという、半分脅迫に近いような内容は、誰にも伝えていなかった。それを知られれば、なかなか厄介だ。再びミハエルはチェスの駒を動かした。
所詮、人生など、このチェス盤と同じにすぎない。ミハエルはそう思っている。頭の悪いクズは生きる価値などないと、彼は言い切ったことがある。彼は22歳という若さであるが、その人生の中で失敗したことは無かった。挫折をしたこともない。全てが順調。そして、その順調さは、己の頭脳のおかげだと思っていた。
自分は天才。周りは凡才ばかり。若くしてアークル家の主たるミハエルには、確固たる自信があった。今回も、自分の思い通りに話が進むだろうと、確信めいた笑顔で、チェスの駒を触るのをやめた。
フィゲル・ブリッツは、馬車に揺られていた。揺られているのには理由がある。彼は、アークル家がストライド家を接収しようとしていることを知ったのだ。
彼の心は揺れていた。仲の良いリーリエと、自分に散々迫ってきた、悪女のセリア。しかし、今はそんな事を考える余裕は無かった。リーリエの大事な友として、彼女の事が気がかりだったのだ。
何故、リーリエの家に向かっているのか。フィゲルは思索にふけっていた。そもそも、恋愛など、どうでもいいはずだ。別に、自分が誰と結婚しようが構わない。自分は自分のまま、変わらないのだから。彼はそう思った。しかし、ほんの少しの優しさなのか、泣いている子供を見捨てられないような躊躇いなのか、彼はリーリエを心配していた。
彼にはわからなかった。
何故?
何故、他人に干渉する?
どうして、他人に手を差し伸べようとする?
自分は、冷酷に近い性格だったはずだ。それなのに、今、リーリエの家へ向かっている。
馬鹿げている。ほんの少しだけの優しさが、いかに残酷なのか、理解している。
少しだけの優しさに、希望を見出す者がいる。しかし、それ以上干渉されないと知って、深い絶望の底に沈み込む者がいる。自分がやろうとしていることは、まさにそれではないか。リーリエを助けようと本気で臨んているわけではない。それなのに、一時の感情だけで、彼女に手を差し伸べようとしている。
残酷な優しさ。ほんの少し見せるだけの希望。そんな偽善をするくらいなら、無視してしまえば良いものを。彼はそう思った。
だが、彼にはストライド家の状態を、見過ごす気にはならなかったのだ。
それは、彼の性格が……。
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