第14話 母ドラの真実

「ドラゴンのママ……?」


その言葉が、部屋の空気を一変させた。


俺の声が震えていたのが、周囲に伝わっているのを感じる。


「そうよ、リシュア……あなたのママよ。」


目を覚ますと、突然、俺を抱きしめていた赤髪の謎の女性。

彼女の顔を見上げると、それが母ドラだと気づくまでに数秒かかった。


けれどその姿、優雅で柔らかい表情、どこか温かさを感じさせるその雰囲気が、どうしても信じられなかった。


「え? どういうことだ?」


混乱と驚愕が渦巻く頭の中で、言葉がうまく出てこない。

それでも、どうしてもその疑問が俺の口から零れた。


「どうして母ドラがこんな女性の姿に――?」


俺が答えを求めるように声を上げた瞬間、後ろから冷たい空気がひと際強く感じられた。


振り返ると、黒髪の貴婦人――いや、もはやその姿は女王そのものだった。


パシパエだ。


彼女は、ブラックホーンの姿から美しい女性に変わった、ミノスの女王。その目が、母ドラを見つけ、わずかながらも驚愕と警戒の色を浮かべている。


「驚きました……

まさか、あなたも魔物に変えられていたのですね……」


その言葉に、思わず息を呑む。


「魔物に変えられた?」


俺とパシパエは、母ドラもまた呪いでドラゴンに変わったのだろうと思っていた。

しかし、母ドラはすぐに首を振り、冷静に否定した。


「違うわ。

私は、望んで魔物(ドラゴン)の姿になったのよ。」


その言葉が、俺の胸に強烈に突き刺さった。

俺は一瞬、頭の中が真っ白になる。


望んで? どうして?


その意味がすぐにはわからなかった。


でも、母ドラは続けた。


「望んで……魔物の姿に?

一体、どういうことですか?」


パシパエの冷徹な問いに、母ドラはしばらく黙って考え込んでいる。

その間、まるで時が止まったような静けさが部屋を包んだ。


ただ、母ドラの表情には不安が浮かんでいた。

その不安げな顔が、ふと俺に向けられると、そこには一瞬だけ温かさが滲み出た。


そして、母ドラは口を開いた。


「パシパエ、実は私もあなたと同じ……ミノスの女よ。」


その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓が大きく跳ねた。


ミノスの女!?


母ドラが、あのパシパエと同じ国の出身だというのか?


それが信じられなかった。


パシパエも目を見開いて、その言葉に深い衝撃を受けているのがわかる。


「あなた、ミノスの国民だったのですか!?

それなら、なぜ……どうしてあなたはあんなことを!?」


パシパエの声が震えている。

その動揺と怒りが交じり合い、彼女の目に一筋の涙が光ったのが見えた。


彼女がミノスを滅ぼした赤いドラゴンが、母ドラであると知った瞬間、パシパエの心が引き裂かれるような感情に支配されているのが伝わってきた。


「憎かったからよ。あなたも……そして、あの国も……」


母ドラの声は静かで冷徹だったが、その中に深い怒りが隠されていることが感じられた。


彼女は少しの間黙り、そしてゆっくりと、重い言葉を紡ぎ出した。


「パシパエ、あなたの夫は私の子供を奪ったのよ……」


その言葉が、静かな空気を切り裂いた。

パシパエは目を見開き、言葉を失った。


「ど、どういうことですか?」


その問いに、母ドラは答えることなく、まるで自分の中の深い怒りに引き寄せられるように、思い出すかのように続けた。


「あなたがいなくなってから、ミノスは混乱したわ。

女王は消え、疫病が流行って、多くの命が奪われ、国王は狂ってしまった。

そしてあの男は、全ての災いは魔神の祟りだと言い、ミノスの子供をひとり、魔神の生贄いけにえに捧げたの……」


その言葉に、俺は目を見開き、身体が震えた。


あの夢を思い出した。


あの赤い髪の女性__


今、目の前にいる母ドラと同じだと気づく。


「魔神の生贄いけにえ……

私の子供だったの……」


母ドラは目を閉じ、記憶を辿るようにゆっくりと続けた。


「いつものように水汲みに行ったら、あの子は家にいなかった。

あの国王、あの国が私の子を魔神に食わせた……」


その言葉に、パシパエは目を見開き、唇を震わせながら問いかけた。


「そ、そんな……

私の夫が、そんなことを!?」


その驚きと絶望がパシパエの顔に浮かぶ。


かつて愛した国王が、今や憎しみの対象になっているその事実が、彼女の心に深い傷を残しているのがわかる。


彼女は拳を握りしめ、顔を歪ませている。


「あの子は、私の全てだった……

私の宝物を奪ったあいつらが許せなかった。

毎日、毎日ミノスの丘で泣いて叫び、この手であいつらに復讐すると誓った。

そうしているうちに、ミノスの神が、私の望みを叶えてくれた……」


その言葉が、部屋の空気を一層重くした。

そして母ドラは、静かな声で続けた。


「ドラゴンはミノスの神の化身……

それがまさか……」


「そうよ、私はドラゴンの力を授かったの。」


その一言で、すべての謎が繋がった。


そしてその瞬間、俺は再び「天眼通」を発動させ、母ドラのステータスを確認した。


『名前: エキドナ

出生: ミノス

性別: 女性

年齢: 200歳

状態:「化身の呪い」※解放済み

寿命: 1000年(脱皮をすることで細胞を再生)』


目をこすりながら再確認する。


その内容に、俺は言葉を失った。


エキドナ……母ドラの本当の名前だったのか!?

しかも、200歳!?


その年齢がどういうことか、全く理解できない。

さらに、パシパエのステータスも確認する。


『名前: パシパエ

出生: ミノス

性別: 女性

年齢: 200歳

状態:「魔人の呪い」※呪解済み

寿命: 我が子が死ぬまで』


俺の心は完全に混乱していた。


みんな、200歳だ!?

一体、何が起きているんだ!?


俺はその事実を呑み込むことができず、ただ頭を抱えながら、何がどうなっているのかを理解しようと必死になった。

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