第5話 寿司スキル
転生後、再び新たなピンチがやってきた。
お腹が空いた……
赤子は数時間おきにミルクを飲むほど、食欲が
「おんぎゃあ! おんぎゃあ!!」
俺は本能のままに泣きわめく。空腹で頭がぼんやりしてきた。
「おんぎゃあ!」
泣く以外にどうしろってんだよ!
「どうしたの?」
母ドラが俺をのぞき込む。優しいけど、どこか手探りの感じが伝わってくる。
「困ったわね……泣かれても何が欲しいのか分からないわ。」
母ドラは首をかしげるが、泣くのが子どもの仕事でそして、それを受けるのが母親の役目だ。でも、この洞窟には本当の母親なんていない。母親が誰なのか、どうして俺がここにいるのかも分からない。
頼るべき相手はドラゴンしかいない。俺は
頼む……察してくれ……!
すると、彼女はパッと顔を明るくし、何か閃いたように言った。
「わかったわ! お腹が空いているのね?」
その通り! さすがドラゴン、やればできるじゃないか!
ドラゴンは俺の意図を汲み取ると、大きな洞窟を抜け出し、どこかへと行ってしまった。親ドラゴンらしく? 俺のためにご飯を探しに行ってくれるのだろうか。
しばらくして、ドラゴンの母親(略して母ドラ)は戻ってきた。
「お待たせ! ほら、リュシア、ご飯を持ってきたわ。」
母ドラは誇らしげに、生肉を差し出した。
……いや、母ドラ、心遣いは嬉しいけど、それは俺のキャパを超えてるよ。
「どうして食べないのかしら……」
母ドラは小さく首をかしげ、生肉をぱくりと頬張る。血が滴る牙が、なんとも野生的だ。
「人間の子は一体、何を食べるの?」
母ドラの目が本気で心配そうだった。
できれば、ミルクとか、そういうのがいいんですけど。
「そういえば、獣の子は
おっ! いい線いってる! そうだ、ミルクだ! どんなものでもいいから、ミルクをください!
母ドラは俺の反応に気づき、パッと顔を明るくした。
「やっぱり、そうよね! 待ってて! 今、乳を持ってくるから!!」
母ドラが洞窟を飛び出していく。
__ドラゴンがミルクを持ってくるって、どんな状況だよ……
しばらくして、戻ってきた母ドラが引きずってきたのは、巨岩サイズの怪物だった。まるで顔は牛のようで、頭には闘牛のような鋭い角が生えており、漆黒の毛並みは
だが、この生き物はただの牛ではなかった。上半身は牛のようだが、下半身は人間のような体格をして、その牛の怪物は、仁王立ちになってじっと俺を見つめている。
これ絶対、牛じゃないし!
そもそもミルクが出るかも分からないし!
「たーんと飲みなさい!」
母ドラは嬉しそうに、俺に言った。
たーんと飲むどころじゃないわ!
こんなモンスターに近づく前に、殺されるわ!
ヤバい……
牛の怪物は、暴れ牛のように目を血走らせ、荒い息をしている。これで俺の命運も尽きるのかと思ったが、意外にもその
あれ? どうしたんだ?
牛の怪物の様子が急におかしくなったように、シュンとして俺をじっと見つめていた。血走った目が合い、心臓が跳ねる。
――ヤバい、目が合った。俺、終わったか?
すると――
「あれ?」
牛の怪物の目がスッ……と落ち着いていく。まるで嵐が過ぎ去るように。
「ワタシ……のチチあげる……」
意外すぎて、俺は口をポカンと開けた。その時、ハスキーで少し不明瞭な声が聞こえた。牛の怪物が、まるで日本語を覚えたての外国人のような口調で語りかけてきたのだ。
「私……チチでる。子供……腹減ってるから、私のあげる。」
ああ、なるほど。これも「釈迦の福耳」の効果か。人外の心の声が聞こえること、すっかり忘れていた。牛の怪物は突然、優しくなった。そして、まるで貴婦人のように、そっと俺を胸に抱き寄せてきた。
「私のチチ飲んで……」
おお、なんてダイナマイトボディだ!
その牛は、バイソンのような厳つい見た目に似合わず、毛が滑らかで、胸にはふくよかな膨らみがあった。大きな乳房の先端には、薄ピンク色の乳首が見えている。いや、これただの獣の乳だから、俺はそれを搾ってミルクを分けてもらった。
うん、のど越し最高!
そのミルクは、まるでクリームのように濃厚だった。ただし、甘さはほとんど感じられず、味が薄いというか、無味に近い。
魔物の乳だからこんなものか……
しばらく、その怪物の乳を飲んでいると、また視界にあの光の文字が現れた。
『人体への異物の混入を確認。スキル 「
すると、今度は別のスキルが発動した。
『栄養摂取として認識……これより栄養摂取の場合は、寿司スキル『万能の舌』が働きます。』
寿司スキルとは釈迦が授けたスキルではないだろう。おそらく、俺の生前の経験がスキルとなって現れたのだ。
そして『万能の舌』――
摂取した栄養を解析するスキルらしい。職人の時も味見は必ずしていた。職人は正確に味を判断する、繊細な舌を作ることも重要だから。
『「万能の舌」が内容物を解析……
成分解析の結果が表示されます。』
すると、再び光の文字が切り替わる。しかし、俺はその内容を見て驚愕した。
『100ml辺りの内容物が判明__
エネルギー【70Kcal】
タンパク質 【2.2g】
脂質【5.4g】
炭水化物【11g】』
食べた物の成分がわかるのか!?
いや普通なら味見をしただけで、成分までは分からないそれはもはや、機械の領域だ。そして寿司スキルは、動揺する俺をさらに驚かせる、一文を表示させた。
『__マモノ酸【20g】』
ま、マモノ酸?
見たことのない成分名に、俺は心の中で首を傾げた。アミノ酸なら知っているが、「マモノ酸」なんて知らない。
この世界の独自の物質だろうか?
『「マモノ酸」は、魔物に含まれるアミノ酸。「うま味物質」に属します。』
うま味物質だと!?
この世界にも、うま味という概念があったのか!?
肉や魚や野菜には、旨みがあるからこそ、食材一つとっても、それぞれに特有の味があると感じられる。そしてこのうま味物質は、20種類以上あり、食材によって、含まれているものが決まっている。だが、異なったうま味物質は、組み合わせると、その効果が倍増する。
マモノ酸か……
俺は今1度、その言葉を心の中でかみ締めた。だがマモノ酸が含まれている、魔物の乳はうま味を感じない。口当たりは濃厚だがしかし、どこか素朴な味がした。不味くはないが、美味いと感じるものではない。
「たーんと飲むのよ、リュシア!」
母ドラが嬉しそうに笑う。俺は母ドラの愛情を感じつつ、濃厚なミルクを飲み続けた。いつかは、このマモノ酸を理解し、料理に活かすことができるのだろうか。未知の食材に想像を膨らませた。
こうして俺の異世界ライフは、「マモノ酸」とともに幕を開けた。
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