【異種族間ファンタジー百合短編小説】記憶の守り人 - エーテルウッドの誓い(約9,900字)

藍埜佑(あいのたすく)

プロローグ:光と闇の誓い

 エーテルウッドの森には、古くから二つの領域があった。光に満ちた「光明の谷」と、永遠の月光に包まれた「月影の森」。光のエルフと闇のエルフは、互いの領域を決して侵すことなく、均衡を保ってきた。


 リアーネが初めてヴァエリアに出会ったのは、その境界線上だった。


 光のエルフの治癒師見習いだったリアーネは、珍しい薬草を探して森の奥深くまで入り込んでいた。銀色の髪が風に揺れ、翡翠色の瞳が好奇心に輝いている。


 一方のヴァエリアは、闇のエルフの古文書管理人として、古い魔法の痕跡を追っていた。漆黒の髪と深い紫の瞳は、月の光を吸い込むかのように神秘的だった。


 二人は、一本の古木の下で出会った。その木は、光の領域と闇の領域の境界に立つ、樹齢千年を超える楓の木だった。


「あ……」


 リアーネが驚いて立ち止まる。目の前には、自分たちとは異なる種族のエルフが立っていた。


「こんなところで光のエルフに会うとは」


 ヴァエリアの声には警戒の色が混じっている。しかし、その目には好奇心の光も宿っていた。


「ごめんなさい。薬草を探していたら、ここまで来てしまって……」


 リアーネは慌てて説明を始めるが、その時、二人の視線が重なった。その瞬間、不思議な感覚が二人を包み込む。まるで、長い間探していた何かを見つけたような、そんな感覚。


 それが、全ての始まりだった。


 その後、二人は秘密の逢瀬を重ねるようになる。最初は好奇心から始まった対話が、次第に深い理解へと変わっていった。


 古木の下で交わされる言葉は、互いの世界を知る窓となった。リアーネは、闇のエルフたちが守り続けてきた古い知恵の深さに魅了され、ヴァエリアは、光のエルフたちが育んできた癒しの術の優しさに心を奪われた。


「私たちの世界は、本当は一つだったのかもしれないわ」


 ある夜、満月の下でヴァエリアがつぶやいた。


「うん、きっとそう。だって、こんなに自然に心が通じ合うもの」


 リアーネは、ヴァエリアの手をそっと握る。二つの手が重なる時、光と闇が溶け合うような不思議な輝きが生まれた。


 しかし、幸せな時間は長くは続かなかった。


 ある夕暮れ時、二人が密会していた場所に、両種族の長老たちが現れた。誰かが二人の関係を告発したのだ。


「リアーネ! お前は我々の掟を知っているはずだ」


 光明の谷の大長老アウローラの声が、凛として響く。その白銀の髪は怒りに震えていた。


「ヴァエリア、これが月影の森の誇りある学者のすることか」


 闇の長老シャドウヴェインの声には、深い失望が滲んでいる。


 二人は、長老たちの前に正座させられた。周りには、それぞれの種族の有力者たちが集まっている。その視線は、まるで罪人を見るかのように冷たかった。


「光と闇の結びつきは、世界の秩序を乱す」


 アウローラが言い放つ。


「それは、太古の昔から禁じられてきた理由がある」


 シャドウヴェインが続ける。


「お前たちの関係は、ただちに断たれなければならない」


 しかし、二人の心は決まっていた。リアーネが、凛として顔を上げる。


「私たちの愛に、間違いはありません」


「世界の秩序より大切なものが、ここにあるのです」


 ヴァエリアの声には、揺るぎない確信が込められていた。


 その言葉に、長老たちの表情が一層厳しくなる。


「ならば、お前たちにはしかるべき裁きが下される」


 アウローラの声が、夕闇に響く。


「太古の呪いの儀式を執り行うことになるだろう」


 シャドウヴェインの言葉に、周囲がざわめいた。その儀式の名を知る者たちの間から、恐れの声が漏れる。


 しかし、リアーネとヴァエリアは、強く手を握り合った。


「どんな運命が待っていても」


「私たちは共に在り続けます」


 二人の声が重なる。その瞬間、不思議なことが起きた。二人の周りに、かすかな光の輪が浮かび上がったのだ。それは、光でも闇でもない、新しい種類の輝きだった。


 長老たちは、その光を見て表情を強張らせる。彼らにも分かっていた。目の前で起きていることが、古の予言に記された出来事そのものだということが。


 夕暮れの森に、重い沈黙が降りる。やがて執り行われる儀式の影が、二人の上に暗い予感を投げかけていた。しかし、リアーネとヴァエリアの手は、固く結ばれたまま。


 その時、誰も知らなかった。

 この禁断の愛こそが、世界に新たな調和をもたらす鍵となることを。

 そして、その愛を見守る者として、若き守り人が選ばれることになるとは。

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