第18話 持つもの持たざる者

「私もご一緒していい?」


 星野が省吾と一緒に来るのは予想外だったが、特に俺にも断る理由は無かった。


「おう、別にいいぞ」

「4人で一個のテーブルじゃ狭いし、おれたちはこっちに座るか」


 そう言って省吾たちは机の間一列を開けて、隣りの列に座った。ちょうど2人組が二つできるような格好だ。


「購買行ってたら星野に会ってさ、マサムネたちと食べるって話したら自分もいいか?って聞かれたから誘って来た」

「ごめんね、3人の所お邪魔しちゃって」

「全然いいよ、そんなの気にすんな」


 ごめんね?と小さく手を合わせて、星野は購買で買ってきたパンを机に置く。外見はいたって普通の、丸っこいパンだった。


「星野は何買ってきたんだ?クリームパン?」

「ああ、これはね?」

「ふふふ、よくぞ聞いてくれたマサムネよ……」


 星野に聞いたはずなのに、なぜか嬉しそうに省吾が答えてくる。


「別にお前に聞いてないんだけど」

「実はな、星野が持っているこのパン、一見普通に見えるが、ただのパンじゃないんだ……」

「ただのパンじゃない、ってことは……」

「そう!これこそが人生に一度味わえたらいいと言われている、月に一度しかの限定5個の、闇鍋クリームパンだ……!」

「ほお……!」


 省吾に説明されて星野の持つパンを見ると、なんだかすごいものみたいに見えてくる。限定なのに一切中身が見えないの、テンション上がるくね?


「にしてもすごいな星野、限定って、結構手に入れるのむずいんだろ?」

「まあ、運が良かったのかな。気づいたら買えてたよ」

「へえ、ビギナーズラックってやつか?俺も来月狙ってみようかな」

「確かに、ちょっと私も興味出てきたかも」

「甘い!甘すぎるぞマサムネと氷室さんよ」

「甘い?」


 俺が尋ねると、省吾は腕を組んでうんうんと意味深に頷いている。


「ああ、苺に練乳掛けてるくらいに甘い」

「確かにあれ甘いけど……」


 掛けない派の愛姫が冷静にツッコミを入れる。マジか、愛姫掛けない派かよ。一方省吾は腕を組み意味ありげに頷いている。


「あのなお前ら、ここにおわせる方を誰だと思っている」

「誰って……星野だろ?んなこと分かってるよ」

「いいや分かっていないね。確かに彼女の普段の顔は2年3組星野小笹、だが彼女はい昼休みにその名前を変える……」

「ちょっと木村君、それは言わないって話じゃ……」

「いや、言わせてくれ星野、マサムネたちに君の凄さを知らしめたいんだ」

「えー、恥ずかしいんだけど……」


 何かごにょごにょと話しているマサムネと星野、明らかに星野は眉をひそめている。


「ひょっとして、星野って有名人なのか?」

「ああ、購買を利用するものなら誰しも一度は彼女のうわさは聞いたことがある。月に1度、限定パンが発売された時のみに現れ、目にもとまらぬ速さで購入していく。判明している情報は女子だという事だけ。現れたと思ったら次の瞬間にはそこには彼女の痕跡はなく、ただパンが一つだけ減っている。人々はそんな彼女を恐れてこう呼んだ……!」

「ちょっと、それはホントに言わないで!」


 星野が必死に制止するも、語りで気分が高揚している省吾は止まらない。そのまま拳を高々と掲げ、告げる……!


「購買四天王が紅一点、《神速のクリーム戦乙女ヴァルキリー》!」


 省吾が拳を突き上げて余韻に浸る中、俺達は唖然とするしかなかった。星野は両手で顔を覆って恥ずかしそうにしている。


「違うの、私はただクリームパンが好きなだけで、早く食べちゃいたいからい急いでただけなのに、気づいたら周りがこんな風に持ち上げてただけなの……」


 手で顔を覆ったまま、聞き取れる限界くらいの声でぼそぼそと話す星野。確かに、男子ってこういう四天王とか二つ名みたいなの好きだからな……可哀そうに。


「しかしまさかあの《神速のクリーム戦乙女ヴァルキリー》が星野だったとはな。これでやっと四天王がちゃんと判明したわけだ」

「言っとくけど、他の人には絶対言わないでね!こんなのバレたらもう私二度と購買行けない……」

「大丈夫だ。俺は秘密は守るからな」

「はあ、普通のクリームパンだって誤魔化して真崎君達と一緒にお昼食べようと思ったことがそもそもの間違いだった……」


 はぁとため息をつく星野、俺も愛姫も可哀そうなものを見る目で彼女を見つめる。


「まあ、俺達も他の人に言いふらしたりはしないから、安心しろ、星野」

「ホント……?」


 前傾姿勢のまま、うるんだ目で星野は俺を見上げてくる。向かいに座る愛姫もうんうんと頷いている。


「大丈夫、私達、こう見えても口が堅い方だから安心して、クリームヴァルキリーさん」

「おい今なんて言った?」

「え、親愛の証としてあだ名で呼ぼうと思ったんだけど……ダメだった?」

「ダメに決まってるでしょ!」


 早速愛姫は星野の二つ名をいじっていた。口元に手を当てて、心底楽しそうだ。コイツ、本当にいい性格してるな……星野もむきになって反論している。こいつら……ホントに今日の朝が初対面なんだよな?


「まあ、冗談は置いといて、」

「冗談にしては質が悪すぎるけど……」


 星野はさらに顔を真っ赤にさせて愛姫にかみついているが、当の愛姫は表情一つ変えず、平然とした顔だ。


「ところでクリヴァルさんはお昼ご飯パンだけで大丈夫なの?」

「略すなぁ!」

「ああごめんごめん、ヴァルさん、良かったら私のお弁当分けてあげようか?」

「もっと言い方ぁ!」


 しかも考えうる限り最悪の略し方だった。どっかの殺虫剤みたいな名前だった。


「でも、愛姫じゃないけどほんとにパン一個で足りるのか?」

「ああ、それについては大丈夫」


 そう言うと星野は立ちあがり、自分の席へと戻っていった。そしてすぐにこちらに戻ってきた彼女の手には大きな弁当箱が握られていた。


「パンはあくまでデザートだから、昼ごはんはこっち」


 そう言って机の上に置かれた弁当箱は、かなり立派なものだった。


「成程、クリームパンしか買って行かない理由はそれか……」


 納得したように省吾はうなずいている。星野は弁当の巾着を開けて、中から弁当を取り出し、ふたを開けた。一段の弁当だったが、中身はぎっしりだった。行儀よくいただきますをしてから、星野は食べ始めた。


「私、結構食べる方なんだけど、全然身長伸びないんだよねー」

「そう、なのか……」

「ちっちゃい頃から全然。身長ほとんど伸びないくせに、体重ばっかり増えちゃうから、ホント困っちゃうよ」

「あーまあ、それは……」


 星野に曖昧な同意をする俺と省吾。俺たちの視線は熱心に飯を食べる星野の顔から胸元へと視線が映る。強く引っ張られた胸元の布が、彼女の栄養がどこに行っているかを明確に主張していた。


「私だって、ここまで身長伸びなくてよかったのに……」


 はっと愛姫の方を見ると、自分の胸に手を当てて、恨めしそうに星野の方を見つめていた。長身モデル体型、スレンダー代表の愛姫には勿論ないとは言わないが、布を引っ張らせるほどの隆起は無かった。俺の視線に気づいて、彼女はきっとこちらを睨んでくる。


「なに?マサムネ?」

「いや、この世の平等さを噛みしめてた」


 身長も胸の大きさも、神様は求めるものの所に与えてくれないらしい。平等に不平等だなと、そう思いながらやけにしょっぱく感じる卵焼きを食べていた。








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