第43話 新天地メジュロ



「岩礁目視、間もなく第2水道です」

「微速前進、暗礁に注意せよ!」


1939年10月、測量艦「勝力」は南洋諸島マーシャル諸島の南東に位置する環礁の周辺を航行していた。ポナペ支庁の管轄下にあるマーシャル諸島は南洋諸島の中では東端付近、米太平洋艦隊の本拠地があるハワイに近い位置にあり、トラック泊地防衛の上での前哨基地としてなり得た。


委任統治領である南洋諸島の武装化は国連憲章で禁止されているが、国連を脱退したからにはそれも意味を成さない。皇軍省はマーシャル諸島の各岩礁に飛行場を設け、一帯を航空要塞にする計画を立てていたが、それらの防衛の為には海上戦力も必至である。しかし、トラック泊地は防衛拠点として使うには余りにも離れすぎており、マーシャル諸島に独自の艦隊泊地を設ける必要が生じた。


測量艦「勝力」はその有力候補と目されるこの環礁、メジュロ環礁を測量しに、遥々本土から皇軍省の命を受けてやってきたのだ。


「右前方に暗礁!」

「取舵30度! 左舷側の暗礁にも注意しろ!」


メジュロ環礁の62もの島々は細長い楕円形に並んでいるが、その島と島との間の水道が、艦船が通れるほどに幅があるのは3箇所のみであり、「勝浦」はその内の1つを今通過していた。満載排水量で2千トン近くある「勝力」ではあるが、環礁内の暗礁は驚くほどに少なく、回避は容易だった。


「舵戻せ」


水道を抜けた先には、珊瑚礁に囲まれた広大な礁湖が待ち受けていた。島民の漁船が何艘か行き来しており、メジュロ島には街の灯りが見えるが、それらがとてつもなく小さく感じられるほどに礁湖は広かった。


海は透き通っていて遠くの魚が泳いでいるのが見える、慣れ親しんだ江田島の海とは比べ物にならない程に綺麗である。島々に点在する漁村からは、海産資源が豊富なのも容易に想像できた。


「真珠の首飾りか、それも納得の美しさだ。宝島は、きっとこのような所なのだろうな」


メジュロ島の方から一艘の小舟が「勝浦」の方に向かってきていた。同地のメジュロ出張所には「勝力」が測量に来ることを予め通告しており、食料の調達や乗組員の休息についても問題は無かった。現地民にとってもメジュロ環礁に軍関連の施設が出来れば、継続的な資金源となり現地経済の新たな基盤となり得る。


「勝力」はその後、3日間をかけてメジュロ環礁を測量、その結果は水上機によってポナペ島まで運ばれた後、空軍の定期連絡便によって空路で皇軍省に伝達された。




※ ※ ※




皇軍省、会議室。



「『勝浦』の情報によると、メジュロ環礁には連合艦隊主力を全ての収容可能な広さの礁湖と、飛行場の建設に適した岩礁が多数存在。これ程までに泊地として適した条件の環礁は無いと」


海軍副司令長官である堀悌吉が報告書を読み、そう言った。


「メジュロ環礁は今まで完全に見落とされてはいたが、まさかそこまでの優良なものでったとは...」


永野海軍司令長官がそうため息混じりに言う。そもそも南洋群島の新たな泊地候補の調査は、新しい基地が必要であることも確かだが、欧州で始まった大戦も大きく関係している。


一次大戦で日本がドイツから奪った南洋群島であるが、旧帝国領の回収を掲げるヒトラーは南洋群島もまたドイツの統治下に置かれるべきであると主張しており、大して大きい訳では無いが外交問題に発展している。


特に独ソ不可侵条約とポーランド侵攻の結果、伏見宮内閣以来2度目の試みである再度の防共協定交渉が破綻したこともあって、日独関係は冷え込み、更にヒトラーも表立って南洋群島はドイツ領であると主張するようになった。今回の調査はそれを牽制する狙いもあるのだ。


「メジュロ環礁は礁湖が2000k㎡もあるトラック諸島には到底及びませんが、礁湖は長さ37km、幅は8kmほどあります、泊地として使うには十分です。トラックからの距離は1000海里とかなり離れているため、補給その他がネックにはなりますが」


堀副司令官はそう説明を続ける。西澤も手元にある報告資料に目を通して、地理関係を把握した。


基地建設は軍需局ではなく建設局の所轄であり、今回の調査含め西澤の知る所ではない。それでもメジュロ環礁、マーシャル諸島に基地を置く重要性は理解できた。北方には米領ウェーク島、南方には英領ギルバート諸島、そして4000km弱というハワイまでの近さ、今まで海軍が想定していた漸減邀撃作戦とは相反する計画ではあるが、空軍や機動部隊の整備、航空主兵論の台頭によってそれも大きく変換を迫られている。


ただ、疑問に思う所もある。それはメジュロ環礁を泊地にする理由である、マーシャル諸島には他に幾らでも環礁がある。何故メジュロ環礁にするのか、手を挙げて、質問をした。


「礁湖の面積で見ればクェゼリン環礁は800k㎡、メジュロ環礁は300k㎡であり、陸地面積も同程度です。ウォッゼ環礁やマロエラップ環礁、ブラウン環礁(エニウェトク環礁)も泊地として使用するには十分な広さを備えていると思いますが、あえてメジュロ環礁にするのは理由があるのでしょうか?」


建築局の人がその質問に応じる。


「クェゼリン環礁の水道は水深が浅く、大型艦船が通るのには適しておりません。掘削工事は手間もかかり、一時的な泊地であれば礁湖が過剰に広い必要もないので、クェゼリン環礁は候補から外れました。ウォッゼ環礁とブラウン環礁、マロエラップ環礁は現在空軍が基地を設置する予定であり、陸地面積的に連合艦隊規模の艦船の整備、補給施設を併設することが難しいため、こちらも外れます。それらに対して、メジュロ環礁は人口が多く、既存の港湾施設やインフラが整っているため、基地建設が容易であり、また飛行場が併設できる十分な広さの陸地があります。そのような理由からメジュロ環礁が選ばれた次第です」


1番安上がりに済みそうなのがメジュロ環礁という事なのだろう。空軍ができ予算が縮小した海軍にとって倹約は何よりも大切である、建築局に要請があったのかもしれない。


「そうでしたか、失礼しました」




メジュロ環礁の基地建設が始まったのは、その年の11月のことだった。

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