第23話 量産論


上海条約の締結によって、中支那方面軍は三月上旬までに全部隊を本土に引揚げた後に解体された。再三の国共内戦の火蓋が切られたのはその翌月であり、中国は再び内戦に突入した。

支那事変反省会、それが皇軍省で開かれたのは更にその翌月のことである。各軍の将校がだらだらと反省文を読み、改善点を指摘し議論し、今後の皇軍のために方向性を決める。


しかし、西澤にとってはこの会議をただの反省会で終わらせるつもりはなかった。

西澤が口を開いたのは、会議が始まってから既に三時間ほどたち、議論に熱が無くなってきた頃であった。


「支那事変で露呈した最大の問題は、我が軍の数の少なさだと私は考えます」


西澤は畑陸軍司令長官にそう言う。


「今回の支那事変に投入された地上戦力は、中国のそれに比べればごく僅かなものです。平時に大量の軍を用意するのが不可能であることは承知していますが、それを鑑みても根本的な数が不足しているということです」


畑は西澤の発言に呆れたように返した。


「そんなことは既知の事実だ。数を用意することが出来ないのだから、帝国軍は日々訓練を積み重ね質で数を補っているのだよ」


量よりも質を重視する傾向、それは帝国軍の根本に存在する不可侵の思想であり、古くは日露戦争まで遡る。産業基盤が脆く戦略資源に恵まれないため、帝国陸海軍は極限まで訓練を積み、数的劣勢だったのにも関わらずロシアに勝利をおさめた。


東郷平八郎長官の言葉である『百発百中の砲一門は百発一中の砲百門に対抗し得る』はその権化だ。そして、この考えが軍内に蔓延っている限り、皇軍改革は真の意味で成功したとは言えないだろう。


西澤はただ一言、畑司令官に言葉を投げかける。


「いったい誰が、数を用意出来ないと決めつけたんですか?」


その言葉に会場が騒然となる。畑長官も、目を白黒させたじろぎながら、やっとのことで返した。


「それは...分かりきったことではないか...。我が国は工業力も資源も乏しく、質を極めるしかないのだと」


西澤はその返答に満足そうに笑みを浮かべると、会場の将校を見回した。


「人はそうやって何かをこじつけて、こうだから、ああだから、と言って諦めたことへの言い訳をします。ですが、本当にそれを言えるのは問題を解決するための努力をし、その上で出来なかった場合のみです。果たして我々は、一度でも数を確保するためのをしたことがあったのでしょうか?」


騒然となっていた将校たちは、ただただ沈黙していた。皇軍大臣や伏見宮殿下まで苦い顔をして口を閉じている。


「軍とは国家の産業の上に成り立っています。如何に個人を鍛えようとも、精神力を高めようとも、軍は国家産業の限界を超えることは出来ません。ならば、軍自身が国家産業に働きかけるべきなのです」


一人、陸軍の将校が手を挙げた。


「軍需局長の仰ることは、今までの皇軍の在り方全てを否定しているのと同義だ。大和魂すらをも否定するのか?」


その言葉はこの場にいる全ての人間の意見を代弁したものだった。西澤は即答した。


「否定はしません。確かに精神力は重要でしょうし、士気に直結するものです。部分的に見れば戦闘力にも影響するでしょう」


その次の発言が問題だった。


「ですが、精神を鍛えるだけで戦争に勝てる訳がありません。戦術面に影響しようとも戦略面まで波及することはありません。私は大和魂を否定はしませんが、肯定することもありません。あくまでも士気を高めるための、偶像みたいなものと思えばよいのでしょう。質問に対する返答は以上ですが、何か他には?」


先ほど質問した陸軍の将校は口をあんぐりと開けて立ち尽くしている。率直過ぎる西澤の答えに誰もが目を丸くし、驚きのあまり反論すら出すことが出来なかった。


「我々は国家を護る軍隊です。時に温情に、時に非情に行動しなければなりませんが、軍のモラルとして根底に存在するのは何事にも、そしてに行動することです。そしてその解決策となるのが、数、いえ...であると私は考えます」


しばし無音がこの場を支配した。それを破ったのは、梅津空軍長官だった。


「我が国の工業力が欧米に比して劣っていることは明白の理であろう、実際今まで国が産業に働きかけたこともあったが、その成果は芳しくなかった。いくら工業に力を入れようとも、短期間で成果が現れないことは軍需局長も分かっているはずだ。しかし、世界情勢は呑気に日本の工業成長を見守っているわけではあるまい、工業力が満足にない現状で、短期の内に兵器の数を揃える必要がある。果たして軍需局長はそのところをどう考えているのだ?」


事前に打ち合わせていたかのように、スラリと西澤はその問いに答える。


「まず、予算ベースでの兵器生産量を増加させるために、単一兵器を量産し、特定用途の兵器はその兵器から派生型を開発し生産します。また、溶接やブロック工法を大々的に採用し戦車や艦艇といった大型兵器についても単価の引き下げと設計の簡略化を行います。より効率的に生産を行うためにも工場には欧米式の流れ作業方式を採用し、生産時間を短縮します」


それは船体共通化計画でやってきたことと殆ど同じではないか、海軍の将兵と元海軍の空軍の面子は揃って、西澤の期待外れの返答に落胆の声を上げた。

一人、伏見宮殿下はニヤリと笑みを浮かべた。


「君のことだ、また何かちゃんとした策があるんだろう?」


殿下には敵わない、伏見宮殿下の見透かしたようなその言葉に西澤はそう溜息を吐いた。


「もっとも、先ほどのはあくまでも皇軍改革の延長線上のものであり、梅津長官の問いに対する返答ではありません」


その一言でその場の空気が変わる。西澤はその場を見回し、満を持して言う。


「ハイローミックス。それが答えです」

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