第16話 航空主兵論


「マル三計画を見直すということですか?」


「ああそうだ。今までの計画では、マル三計画では六万トン級戦艦二隻、三万トン級超甲巡二隻、三万トン級空母二隻の計六隻の主力艦を建造する予定だったが、海軍内部の勢力図が大きく動いた結果、見直さざるを得なくなった」


海軍長官、永野修身大将が連合艦隊司令長官、米内光政中将にそう答えた。海軍長官というのは従来の海軍大臣の地位に当たるもので、海軍の軍政の最高責任者である。


「伏見宮軍令部総長が首相になられたことで、軍令部総長の席は一時的に空席となったが、皇軍改革の結果軍令部自体が統合参謀本部へと移行した。大艦巨砲主義者の伏見宮殿下は今、首相としての政務に忙殺されており、伏見宮殿下を担ぎ出して居た大艦巨砲主義者共も勢力を著しく弱めている。海軍は戦艦無用論に舵を切ったということだよ」


「山本も空軍に行ってしまいましたから、それは意外です」


「実はな、大艦巨砲主義者の奴らは、空軍が設立されたりと自分たちの地位が危うくなって焦ったのか『アウトレンジ戦法』なんていう出任せな構想を伏見宮首相に語ってしまってな、伏見宮首相はあっさりとその戦法の矛盾と航空機の有用性に気づき、マル三計画の改定にも許可を出したそうだ」


永野はその『アウトレンジ戦法』について話した。


「要するに馬鹿でかい大砲を積んだ馬鹿でかい戦艦を作れば、大砲がでかい分だけ弾も遠くに飛ぶので、敵戦艦を一方的に叩きのめすことができるというものなんだが、そう遠くから撃った弾を敵艦に当てるなど至難の業だ。それに航空機はその何十倍という距離から飛んで、的確に爆弾や魚雷を撃ち込むことができる。アウトレンジ戦法は、大艦巨砲主義者の最後の悪あがきといったところだな」


米内の隣では堀海軍副長官もその話を聞いていた。永野と堀の関係はあまりよろしくはなかったが、永野は米内や山本に理解があり、米内は山本の親友であり、山本は堀の親友なので一応言わんとしていることは分かってくれたし、仲が悪いからといって軍務に影響するような人ではなかった。


「改定といいますと、どうするのです?」


堀は永野に訪ねた。


「戦艦、大巡は全て建造中止とし、代わりに三万トン級空母を四隻増やし六隻建造する。それに加えて、マル三計画では甲巡も乙巡も一隻も建造しない予定だが、その代わりに計画されていた一八隻の艦隊型駆逐艦を高角砲を搭載した護衛用の駆逐艦に改め建造する予定だ。対潜戦用の小型駆逐艦も建造するそうだ。どれもかつての艦政本部、もとい今は軍需局艦船課が考えた船体共通化計画ファミリー化によって建造費、工事日数ともに大幅に削減できる見込みらしい」


戦艦の建造中止と、空母の大量建造。帝国海軍のあり方も大きく変わるのだろう。


「また、五五〇〇トン軽巡や神風型、峯風型、睦月型などの旧式艦艇の近代化改装もマル三計画に盛り込まれる予定だそうだ」


元来、帝国海軍は漸減邀撃作戦、すなわち潜水艦、航空機、水雷戦隊といった補助部隊を使って大洋を渡ってくる敵艦隊の戦力を削ぎ、同数程度になった敵艦隊に、圧倒的質を確保しているこちらの主力艦部隊が艦隊決戦を挑むという構想だった。


戦艦の新造を止め、空母中心の艦隊を創設することは今までの海戦戦略を180°転換させるということだ。


「よくそこまで大きく方針を変えることが出来ましたね」


「陸軍も海軍も、皇軍改革で人事や部隊の大移動があって、改革の機運が高まっていたんだ。封建的な今の軍の風習を破るという意味もあるのだろう、それに戦艦無用論自体は新しいものでもない。昔から航空機が戦艦に取って代わることは予想されていたし、この目覚ましい航空機の進歩を客観的に見ればそれは明らかだろう。要は、航空主兵論への転換、それを何時いつやるかという話だったのだ。それが今だっただけだ」



※ ※ ※




そしてもう一つ、皇軍改革が影響を及ぼしていたものがあった。

日本、中国と並ぶアジアの数少ない独立国、シャムである。


シャム海軍は隣国フランスのフランス領インドシナに配備されている東洋艦隊に対抗できる戦力を欲しており、新たな軍備計画を策定、自国では建造が出来ないため日本に艦艇を発注した。

当初は砲艦二隻(トンブリ級)、スループ二隻(メクロン級)、潜水艦四隻(マッチャーヌ級)、掃海艇、油槽船、哨戒艇などを三菱、川崎、浦賀などに発注していたのだが、皇軍改革によって艦艇計画が大きく見直された結果、これら他国の艦艇を建造するために日本のドッグが使えないのは好ましくないと帝国海軍は考えたのだ。

更に溶接構造の艦艇や、船体を共通化した艦艇を計画していた帝国海軍にとって、これら規格が違う艦艇を建造するのは酷く無駄に思えた。


結果、皇軍省はシャムに計画の見直しを迫った。勿論、シャムが不利益になるようなことは避け、双方がウィン・ウィンになるようなものだ。


まず砲艦は時代遅れであり、スループは低速だと役に立たないと、潜水艦は小型すぎると、そしてどれも帝国海軍が計画している新型のを安く売ってやるとシャム海軍に説明したのだ。帝国海軍はオマケとして、もしこの交渉を飲むなら天龍型軽巡二隻と夕張型一隻を近代化改装したうえで格安で提供すると約束した。

更に空軍や陸軍も最新の航空機や戦車の売り込みを行った。


シャムは最終的に日本側の説明に納得し、砲艦、スループの発注を止め、日本側が提示した条件を飲んだ。列強の新型艦が安く買えるならそれに越したことはないのだ。


後にこれが東南アジアの情勢を大きく変えることになるなど、このときはまだ誰も知らなかった。



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