第13話 皇軍改革



「これが草案であります」


軍令部総長室、伏見元帥の向かいに座っているのは海軍軍人ではなかった。

伏見宮元帥は受け取った草案書をめくり、そして目を丸くして驚いた。


「大胆だな。陸軍省、海軍省を廃止し、皇軍省に統合すると...」


「現在、陸海軍がそれぞれ独自の省を持っていることで予算、装備面で不合理な部分が多く、加えて指揮系統も個別になっているため協力が難しくあります。この皇軍改革案ではそれらの点を全て解消し、皇軍は今までになく効率的になるでしょう」


石原少将は自信をあらわにしつつ、しかし飲み込まれるような威勢のある声で、自身の案について力説した。


「これは何なんだ、皇軍統合参謀本部の傘下には陸海空の三軍が置かれると書かれているようだが...」


「ええ、既存の陸海軍を皇軍省に統合することに加えて、陸軍航空隊と海軍航空隊を統合させ空軍を設立するのです。現在、陸軍航空隊は戦場での制空権確保と戦術爆撃を、海軍航空隊は敵艦船への攻撃、対潜哨戒を主としていますが、これらを空軍に統合することで、戦術面のみならず、戦略的な航空攻撃、すなわち戦略爆撃を大規模に行えるようになるということです」


戦略爆撃、伏見宮元帥は確かめるようにそういう。


「従来の航空攻撃は戦術目標、敵地上部隊や敵艦船に対し行われるものでした。戦略爆撃では敵国の工業地帯などを直接攻撃することによって生産力を削ぎ、敵国を根本から破壊することができ得ます。まさしく戦争の形を根底から覆すものになるでしょう」


「....。だが、航空機は遠くには飛べん。今、空技廠では九試陸上攻撃機という陸上から発進し魚雷で敵艦を攻撃する『陸上攻撃機』の開発を行っているらしいが、四〇〇〇kmという距離を補給無しで飛行することができる。これでも驚愕なのだが、考えてみたまえ。日本からアメリカまでは九〇〇〇kmも離れている、航続距離二万kmの爆撃機なんて夢物語だ」


伏見宮元帥は海軍の中でもきっての大艦巨砲主義だ。そもそも航空機の性能と実力には懐疑的だった。

そして、ここで仮想敵国がアメリカとさも当たり前のように使われていることにも石原は陸海軍の隔たりの現状を感じた。


「航空機は生まれてからまだ半世紀と経っていませんし、かつての織田信長が火縄銃で武田の騎馬隊を撃退したように、遠距離を飛び爆弾を落とせる航空機は必ず戦争の主役となり得ます。今の航空機は発展途上ですが、その点を憂慮してもらえれば幸いです」


石原はそう締めくくる。

話がずれ始めていたことを察し、伏見元帥は話を戻した。


「それで、空軍はいいとして、この統合参謀本部というのはどういうものだ?」


「現在、陸軍では軍政を陸軍省が、軍令を参謀本部が担っております。海軍でも海軍省と軍令部が同じ役割を果たしているです」


「そうだが...」


軍令部の権力拡大を図り、大角大臣に退職命令をちらつかせ大角人事を行わせたのは他でもない伏見宮元帥だ。本来、この軍政と軍令の分離は戦時における円滑化と、権力の分散を意図したものだったが、伏見宮元帥は自ら軍令部の権力を拡大させていた。


二・二六事件で海軍が速やかに対応できたのも、伏見宮元帥が事実上海軍の最高権力であったからだ。


「軍政については皇軍省が、軍令については統合参謀本部が、一括して行うことになります。統合参謀本部は、内閣の意向に沿って戦争、作戦計画を立案、命令する立場で、内閣は陛下の意向を受けて方針を決めるので、統合参謀本部は従来の大本営の役割を代替するものとなります」


「内閣に軍が従うとは、陸軍らしくない考えだ」


伏見は陸軍の連中は隙あれば内政に介入するようなイメージであったから、それは意外であった。


「小官は統制派でも皇道派でもないですので」


「昨今の事件といい、軍が政治に介入する事態はあってはならぬ。これは妙案だな」


海軍は伝統的に内政に介入するのを嫌う傾向がある。伏見宮としても、これは賛成であった。


「同じく陸軍技術本部と陸軍航空本部、海軍艦政本部、海軍航空本部も軍需局として統合します。また、この皇軍改革の暁には、違う軍に属している人間でも他の軍に移籍が可能になります。現在、陸軍士官学校と、海軍兵学校としてある軍学校も一種類に統合し、軍種と兵科に合わせて、教育を変えるものとなります」


長年陸軍と海軍は対立してきた。それを一つの省に統合するのは簡単にはいかないだろう。意見の齟齬もあれば、文化も風習も違う、そして何より権力拡大を図っている陸軍上層部の人間はこの改革を望んでいない。


伏見宮が考えていた『改革』とは、内政や財閥にメスを入れるような青年将校らが望む『昭和維新』のようなものであった。

だが、伏見は石原の考えを聞き、その持論を恥じた。


。それを主張していたのは、他でもない自分ではなかったか。


今、日本に必要なのは、国家を改造し『昭和維新』をすることではなく、二・二六事件のように軍が内政に介入出来ないような、中央集権的、軍紀ある皇軍を作り上げることなのだ。


伏見宮は石原を見据え、はっきりと言った。


「よかろう。この皇軍改革、何としてでも実現させてみせようではないか」





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