第2話 伏見宮元帥を説得せよ
大角大臣に持論を持ちかけたところ、それは自分から軍令部長に言ってくれと言われてしまった。
仕方なく漆原を連れて軍令部総長の部屋にやってきた。
「失礼します」
自分達をここまで連れてきた軍令部の者が扉をノックする。
海軍省内の廊下の一角だが、流石は帝国海軍、ただの廊下でも豪勢である。
英国の建築士ジョサイア・コンドルによって設計された海軍省の内部はどこぞの豪邸にも劣らない装飾だ。
「殿下、殿下。艦政本部長が面会を求めております」
扉の向こうで何かが崩れる音がする。
「すぐ出るから、出んか出んかとそう騒ぐな」
少しして、立派な背広を着た初老の男性が扉を開けて出てきた。
奥に見える部屋では、本が土砂崩れしている。
「で、何用かな?」
その男、
だが、彼が口を開くより先に自分が話し始める。
「伏見宮軍令部長、話がございます。マル三計画に関するものです」
伏見元帥はあまり面白くないような顔をしたが、すぐに元の顔に戻った。
「立ち話もなんだ、入りたまえ」
軍令部長(後に総長)の部屋は海軍省内の4階にあり、一個人が使うものとしては海軍省内最大のものだ。
敷地内にある海軍大臣官邸の方がよっぽど大きいが、部屋の広さ=権力では無いのだ。海軍大臣官邸は大臣がそこで生活している家でもあるので、ただの仕事用の個室と比べるものでもないだろう。
「そこに掛けてくれ」
軍令部長室はかなり散らかっていた。
「それで、マル三計画がどうした? 艦本部長に、噂の第八部の主任と...」
自分は平気だが、漆原大佐は額に汗を滲ませて、落ち着かない雰囲気でメガネに触っている。大臣への態度とは段違いだ。
伏見宮殿下はそれほどの威厳と風格を持ち合わせている人だった。
「単刀直入に言いまして、マル三計画は無駄です」
漆原大佐が自分があまりにも単刀直入過ぎるのか青ざめる。
「具体的に何が無駄なんだ? 儂は概要ぐらいしか知らないが」
伏見宮元帥はおかしいものを見るような目で自分に言う。
「量産面においてです。マル三計画ではマルニ計画艦から全く型式が違うものを少数ずつ建造することになっております。第八部の試算の結果、マルニ計画艦を量産することで六〇〇〇万円以上の予算の削減に繋がることが分かりました。マル三計画は資金面において無駄が多すぎます」
「ほう、だから無駄だと」
伏見宮元帥の目の色が変わったのが分かった。
「確かに無駄はあるだろうね。だが、マル三計画は軍縮脱退後の想定をしている。排水量の制限がなくなり、戦艦や空母をより生産できるようになるのだ。違いが出るのは当然ではないか?」
伏見宮元帥が言うことは正論だ。
マル三計画は軍縮後の想定だから、艦の設計が新規になるのは当たり前だ。
「はい、ごもっともです。ですが殿下、同じものを量産すれば単価はそれだけ下がります。自分が言いたいのは艦艇の
「ファミリー化?」
殿下が首を傾げる。
「船体設計を共通化し、需要に応じて異なる武装を搭載することです。基本的な構成部品を共通化させつつ、機能、性能などにバリエーションを持たせることで、異なる運用要求に応えられるようになります」
伏見宮殿下はしばし黙り込んで考えている。
そして顔を上げた。
「料理ということか」
伏見殿下が呟く。
「今なんと?」
場違いな単語だったので思わず聞き返してしまった。
「料理だよ、料理。いい
「?」
いい器?、料理?。
「料理が兵装で器が船体ということですね」
「ああ、なるほど...」
漆原の言葉でやっと言っていることが飲み込めた。
「そうだ、料理というものは器が無いと完成しない。料亭だと料理のために器を選んだり、作ったりするだろう。今までの軍艦はそれということだ」
料理とは、言い得て妙だ。
軍艦はまず武装と速力と防御が要求され、それに基づく船体が設計される、そういうものだ。
「でしたら、
「ビュッフェ?」
今度は漆原大佐がついていけなくなっている。
「ビュッフェとは、中々うまいな」
ドイツに留学経験があり、何度か米国にも行ったことがある伏見殿下であるからこそ、通じる言葉である。
日本には食べ放題という概念すらない。
「好きなものを選んで食べられますし、同じものでいいので器にかかるお金も少なくてすみます。客も店もいい事づくしですよ」
武装をすげ替えるだけで駆逐艦が水上機母艦にも重雷装艦にも、防空艦にも変化する。
「儂はいい器で食べたいんだが、
伏見宮殿下はそう言って、立ち上がった。
「つまり?」
こちらはまだマル三計画艦をファミリー化するとは一言も言っていない。
だが伏見宮殿下は分かったようだ。
「西澤中将、勿論マル三計画の代案は用意しているんだろうな?」
伏見宮殿下はもうこの状況なら分かりきったことを問った。
「はい、これです」
漆原大佐が抱えてきた鞄から計画書を取り出す。
「なら、それが今からマル三計画だ」
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