第19話 贖罪

 朝日が目に入ってしまい、レオハルトは体を光から遠ざけるように姿勢を変えた。体中の筋肉という筋肉が悲鳴を上げ、あまりの痛みにうめき声を洩らしそうになる。


 先日の『魔術師』による襲撃で疲労感が溜まっていたレオハルト。今でこそ平穏な日常が戻ってきつつあったが、それでもいつまた『魔術師』が攻めてくるとも限らない。


 適度に休息を取っておかなければ、いざという時に動けないと考えたレオハルトが休日であることを利用して一日中横になろうとした時だった。寮の部屋が少し乱暴に開かれ、レオハルトは気だるげな表情を隠そうとしないまま不法侵入者の顔を睨んだ。


「重症の患者が居るんだ……もっと静かに入ってきてくれないか?」


 侵入者はレオハルトの声を聞き流しながら彼の下まで歩いてくると大きくため息を吐く。そして、呆れた様子でレオハルトへ視線を向けると、少し咎めるような声を投げ掛けてくる。


「良いから早く着替えて。そろそろ支度しないと間に合わないでしょう?」


 そう言って侵入者であるミーネット・ガルスターは近くにあった椅子に座って彼を待つように腕を組みながら外へと視線を向けていた。


 彼女につられるようにレオハルトが外を見ると、まだ昼時より少し早いくらいだというのが分かる。それを確認して大きな溜息を吐いた彼はミーネットへ抗議の声を返した。


「……行ったところで、ただ見世物にされるだけだろ。こういうのは堂々とやらなくて良いんだよ」

「それじゃ意味無いじゃない。せっかくの晴れ舞台なんだからさ」


 急かしてくる彼女に抵抗は無駄だと悟ったレオハルトは溜息を吐きながら寝床から起き上がりつつ、ミーネットの小声を聞き流そうとしたのだが……しかし、そんな彼の予想に反し、いつまで経ってもミーネットは言葉を発しなかった。


 少し疑問に抱いたレオハルトがミーネットの方を見ると、彼女は少し悲しい表情を返してきた。


「どうしたんだ? そんな表情するのは君らしくないな」

「……今まで、本当にごめん」


 突然、そう言って俯くミーネットにレオハルトは首を傾げると、思い当たることを一つずつ頭に思い浮かべていくものの、特に思い当たる節のないレオハルトは頭を下げるようにして項垂れるミーネットに疑問を返した。


「君から謝られるようなことをされた記憶は無いんだが……」

「私の所為でずっと『征錬術』を使うことが出来なかったから……それが理由で皆から後ろ指を指されていたじゃない」

「それは違う」


 ミーネットを安心させる為に、レオハルトは静かに言葉を選んでゆっくりと言葉を返していく。


「……あれは僕の所為だ。僕は新しく覚えたものを自慢したくて君を巻き込んだ……だから、謝るのは僕の方だ。すまない。いくら謝ったところで君が怪我を負った事実は変わらないけど、謝らせて欲しい」


 姉のような存在であるミーネットに、レオハルトは深く頭を下げた。

 あんなことがあっても、またレオハルトがどれだけ距離を置いても、常に気に掛けてくれていたミーネット。レオハルトがそんな彼女に深い感謝を示していると、優しい目を向けていたミーネットがふと呟くように言った。


「ねぇ、覚えているかな……私が巻き込まれた時、本当はレオは一人で練習しようとしてたの」


 あの日、幼かったレオハルトはミーネットに征錬術をより極められたと自慢していた。話し終えた後、練習することを伝えると、ミーネットは「近くで見たい」と言ってきたのだ。


「……ああ、覚えてるよ。でも、それは関係無い。……一緒に来てくれた君に、少しでも良いところを見せようと張り切って、舞い上がり過ぎてたのかもな。……初歩的な部分で失敗をして……その結果、君を傷付けた」


 そう言って、レオハルトはミーネットの肩を見る。今は服を着ていて分からないが、左肩から背中に掛けて大きな傷が出来ているはずだ。


 レオハルトが征錬術を失敗した際に落ちてきた瓦礫から守ってくれた時の怪我。その視線に気付いたミーネットは肩を擦りながら優しく呟いた。


「私は―この傷は、名誉の傷だって思ってる。……だって、レオを助けることが出来た証拠だから。だから、傷のことなんて気にしたことないよ」


 その傷跡の所為で肌を見せられない彼女は日常で着用する服の選択肢も狭まってしまっている。それだけではなく、色々なところで支障をきたしているのは間違いないのだ。


 それを気にしていないなんてことはあり得ないはずだが、それでもミーネットが嘘を吐いているようには見えず、レオハルトは謝罪を口にすることをやめる。


 これ以上言ったところで、余計に彼女に気を遣わせ、傷付けるだけだと思ったのだ。


「……ミーネ。ありがとう……今更だけど、君が僕の友人で良かったよ。もし、これが他の人だったら……一生、僕を恨んでいたかもしれない」

「そんなこと無いと思う。というより、そんな人だったらそもそもレオが危険な目に遭っても助けてくれてないんじゃないかな?」

「言われてみれば、そうかもな」


 ミーネットの言葉に妙に納得すると互いに笑い合う。そうして、ひとしきり笑い合い空気が和んだのを感じると、レオハルトは寝具から立ち上がる。


「さて、僕はここで着替えるから一旦外で待っていてくれ。行くと決めた以上、時間を無駄にするのは嫌だからな」

「さっきまで乗り気じゃなかったのに……しおらしいと思ったらすぐこれなんだから」


 そう言って溜息混じりに玄関から出て行くミーネットを確認すると、レオハルトは家を出る為の準備を進めるのだった。


 彼女の背に言葉にならない感謝を向けながら。

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