第7話 街が…燃えてる
自室の机の上に置いた飲み物を入れる容器に飲み物を入れた後、レオハルトはゆっくりと椅子へと座る。時刻は二十三時を少し過ぎたくらいだ。
先程までこなしていた作業を終えて一休みすると、机に並ぶ透明な硝子細工と工具を見つめる。そして、最後にミーネットに気付かれないように買っておいた『星の砂』へと視線を移動させた。
遠くからでも分かる程に煌びやかな光を生んでいる砂はとても神秘的だ。女性だけで無く、男性であるレオハルトすらも見惚れてしまうのだから相当なものだろう。
そうして星の砂を眺めていると、ふと、『骨董品屋カーマイン』の店長、イエガー・カーマインが言っていたことを思い出した。
「知らなさ過ぎる、か……」
あの店に来ていたもう一人の客である少女―アミナ・レディスター。レオハルト達が店に入った時、彼女は眼を輝かせながら店の中を歩き回っていた。
『王都シュヴァイツァー』には子供であれ、大人であれ『征錬術師』についてある程度の知識は持ち合わせている。しかし、アミナは征錬術の知識が全くと言っていいほどに無かったのだ。
それだけでは無い。
今にして思えば、アミナの行動や言動には不可解なことが多かった。
『国立ラヴェルム征錬術教会』で遭遇した時も壊れた首飾りを直せなかったと言っていたり、征錬術を見た時の反応も普通とは違っていた。
彼女の年齢であれば、この王都に住んでいる以上、征錬術を初めて見たなどということも無いはずだ。しかし、彼女は何を見ても驚いていた。
微笑ましいこととは言え、いざ指摘されてみるとそういった部分に疑問を感じずにはいられなかった。
―いや、あまり疑い過ぎるのは失礼だな。
嫌な方向に向きかかった考えを直すように容器を手に持ち、口を付けた時だった。
手に持っていた容器が大きく揺れ、同時に耳を裂くような大きな音が遠くから聞こえてきたのだ。
「なんだ……?」
すぐに音の発信源を確認する為、レオハルトは窓から顔を出す。
轟音に気付いたのはもちろんレオハルトだけでは無く、見れば彼以外に寮に住んでいた住人達もすでに顔を出して視線を音の先へと向けていた。
いずれも困惑で恐怖の入り混じった表情で口を開いたまま立ち尽くす彼らは一見すると滑稽とも取れてしまうが、それほどのことが起きている証拠でもあると言える。
―何が起こっているんだ?
逸る気持ちを抑え、レオハルトはゆっくりと他の人間達と同じ場所へと視線を移したが―その光景を見たレオハルトは彼ら同様に言葉を失ってしまう。
レオハルトが驚くのも無理はなかった。何故なら―
「―人が飛んでる?」
動力や征錬術を使うこと無く、空を飛ぶ黒い装束のようなものを纏った人間達を見たレオハルトは思わずそうこぼす。
「そんな馬鹿なことが……」
そして、それは一人ではなかった。空を覆わんばかりの人、人―人。
その誰もが同じ格好をしており、深く被った布で顔を確認することも出来ない。
大きく手をかざし、空中に佇むその姿は―今は存在しないはずの『ある存在』を思い起こさせた。
「まさか―『魔術師』なのか……?」
千年以上前に存在していとされ、『征錬術』とは違い法則を捻じ曲げて様々な奇跡を起こすことが出来たとされる術―『魔術』。
しかし、その為には自分の中に存在する『生命』を削り、力として犠牲にしなければならなかった。
そんな不完全な術は歴史と共に消えて行き、その姿すら見ることが無くなった者達。今では伝承の中にしか存在しない根拠のない空想上の産物と言われ、生きていた痕跡すら無い。だが、レオハルトはそれが真実ではないことを知っていた。
『魔術師』は消えていない。
レオハルトの母がそうであったように―そして、その息子である彼自身が存在しているように、『魔術師』が生きていても何らおかしいことは無いのだ。
―それにしても多すぎる。
そんなことを考えていると、一人の『魔術師』がゆっくりと手を構えた。
何をするのかと警戒し、レオハルトがその様子を追っていた時だった。
『魔術師』が大声で何か詠唱すると、その手から巨大な光が現れその眼前にそびえ立っていた建物へと放たれる。そして、次の瞬間『魔術師』の目の前にあった建物が真っ赤な炎を上げながら崩壊してしまったのだ。
突然の出来事に誰もが反応できず、しばらくその光景を黙って見ていたが……やがて、一人の男子生徒が悲鳴を上げると堰を切ったように周囲から悲鳴が上がった。
しかし、そんな騒ぎ始める寮の人間達の声はレオハルトの頭には入ってきていない。
「―街が……燃えてる。……ミーネはっ!?」
部屋の隅に掛けられていた黒い上着を羽織り、手近にあった『征錬石』などを持ってレオハルトがすぐに家を飛び出そうとした時だった。
「くっ……!」
どうやら近くの建物が爆発したのか、部屋全体が大きく揺れてしまいレオハルトは体制を崩しかける。
しかし、こんなところで止まっている訳にはいかない。
未だ揺れる部屋の中をレオハルトは全力で飛び出していった。自分のことをいつも心配してくれる姉のような彼女の無事を祈りながら―。
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