ケルム王国物語-英雄レオハルト王の叛逆-『ノード戦記 征錬魔術師』~祖国から裏切られ追放された英雄は、やがて王となり魔女と共に復讐を誓う~
白波 鷹
第1部 望まれぬ英雄
第1話 〝落ちこぼれ〟の英雄
「―私がお前を見下ろし、お前が私を見上げている……まるで、あの時とは逆だな。お前もそう思わないか? なあ―グラウス?」
「レオ……ハルト……」
魔力によって空に浮かぶ私がそう言うと、眼下で馬に跨っていた男―グラウス・ルートリマンが驚愕した声で私の名前を口にした。かつて共に戦った戦友であり、旧友であり、部下であった彼のその様子に、私は内側から溢れ出す憎悪から思わず笑みがこぼれてしまう。
『あの日』からずっと、この時を待ちわびていた。
目の前の者達から裏切られ、祖国を追放された私は一国の王となり、この時、この瞬間の為に生きてきたと言っていい。そんな私を『亡霊』や『死人』のようだと言う者も居た。妄執に憑りつかれ、力を追い求めていた私を恐れ、諌める為にそう進言した者も存在した。
しかし、そんな些細なことはどうでも良かった。
私を恐れ、憎み、疎ましく思った彼らが行ったことを決して許すことなできるはずもなく、同時に大義の下に人々を弾圧し、追い詰める彼らの行いを止めなければならなかった。
そして今、ようやくそれを果たせる時が訪れた。
そのことに愉悦を覚えながらも、止まっていた『あの日』を動かすように私は大きく腕を横に振りかぶると、かねてから考えていたことを宣言した。
「―ケルム王の名において、ここに『ケルム王国』と『神聖アルト国』の対立を宣言する」
「……」
私の言葉にすぐ傍に居た妃が悲しみに暮れた顔を見せるのが分かる。だが、そんな妃に軽く視線を返しながらも、声を上げて士気を高める兵士達を眺める。
『あの日』、私は全てを失った。人としての尊厳も、生き方も……そして大切な人さえも。
ゆえに、この戦いは必要だった。自分のような人間を生み出さない為に、これ以上苦しむ人々を生み出さない為に、そして今度こそ全てを終わらせる為にも。
そうして兵を束ね、高揚から笑みを浮かべた私は、それを隠すこともなく声を上げた。
「―さあ、戦争の開幕だ」
「レオハルト……」
そう告げる私に、グラウスは怒りに満ちた視線を返したのだった―。
◇
―数年前。
少年はその背に一人の人間を背負い、荒れ果てた地をただ歩き続けていた。
そこに言葉はなく、しかしその背に背負った人間を気遣うように少年は疲労しながらも丁寧な足取りで足を進めていく。
怒りに身を任せ、自らが手を下して作られた血の海に足を踏み締め、数多くの死体が横たわり血の匂いを漂わせているその地をただ真っ直ぐに歩いていった。
かつて仲間だった者、敵として自分達に害を及ぼしていた者―その全てが生きていた時の面影も残さずにただ黙して地に伏している。
故郷を蝕み、多くの人々を殺し、火の海へと変えた敵に情けを施さず、彼は目の前の敵を容赦なく手を掛けていった。
まだ十代過ぎにも関わらず、少年はその手を血に染め、その背中に大きな罪の十字架を背負うことを覚悟してこの戦場へと足を踏み入れた。だが、そこで待ち受けていた過酷な現実と別れを前に、悲しみと絶望に暮れた少年の目は虚ろに染まり、まるで傀儡のようにただ故郷への道を歩き続けていく。
―戦争。
祖国を守る為、そしてそこに住む自分の大切な人々を守る為、彼はただ必死に戦ったのだ。例え周囲に理解されず、〝落ちこぼれ〟と蔑みの目を向けられ、〝英雄〟と囃し立てられようと、彼は守るべき者の為に戦う……その覚悟が、彼をこの戦場へと進ませたはずだった。
少年はその背に一人の人間を背負い、荒れ果てた地をただ歩き続けていた。
自分を導き、共に戦い、散ってしまった『戦友』をただ背負って歩き続けながら、少年は力なく自分の背にもたれ掛かるその重みをずっと感じていた―。
◇
「―では次だ。……レオハルト・ヴァーリオン、前へ出ろ」
『国立ラヴェルム征錬術教会』。
その中にある一つの教室で軍服のような服装をした長細い男が部屋の一角に向けて声を掛けた。教師と思わしきその男の言葉には妙な間があったが、呼ばれた少年に気にする素振りは無い。
そして、先程の呼びかけに応じるように、黒装束を来た子供達の中から黒髪の少年が人垣の前に出ると、途端に周囲から小さく声が上がる。少年の後ろには各々自由な服装をした少年少女らが隣や後ろの友人らに声を掛けあっており、共通して目の前の少年のことを話していた。
「あれが噂の―」という声や、「あれ? ヴァーリオンって―」といった様々な声が聞こえる中、一際大きく少年の耳に入る言葉があった。
―〝落ちこぼれ〟。
その言葉に少年は眉を顰めるが、それも一瞬だ。
すぐに先程の男が指定していた場所へと移動すると、レオハルトと呼ばれた少年はそこに立ち、顔を上げて静かに宣言した。
「レオハルト・ヴァーリオン……指定された位置に付きました」
その言葉に教師らしき男は一つ息をつき偉ぶった態度を取ると、手に持っていた白い白墨(はくぼく)を手渡す。そして静かにレオハルトの横に立ち、かろうじて聞き取れる声でゆっくりと喋った。
「さて、やってもらおうか」
「……分かりました」
その言葉と共にレオハルトはその白墨で大きな弧を描き、周りがそれを認識しきる前に次の弧を描く。複数の線と弧が混ざり合い、まるで魔法陣のようなものが床に描かれていき、気付けば、誰もがその姿に魅了されるかのように口を閉ざしていた。
―『征錬術』。
『征錬陣』と呼ばれる円形の陣を描き、『征錬石』という特殊な石を【対価】として支払うことで行える儀式であり、『征錬石』を石材や金属へと変えることのできる術。
作りあげるものの形を想像することでその形状を作りあげ、鍛錬を積むことで銃弾や城壁すらも作りあげることができるという特殊な術式だ。
征錬術を行うには以下の条件が必要とされている。
一、実力に応じた数の『征錬石』を用意しなければならない。
二、『征錬陣』は自身で描いたものでなくてはならず、他の者のものであってはならない。
三、意識の集中を妨げてはならない。
これは、『征錬術師』と呼ばれる彼らが常に意識していなければならないものであり、それはレオハルトも例外ではない。
レオハルトは懐にしまっていた『征錬石』を取り出すと、自身が書き上げた『征錬陣』の中央へと置き瞼を閉じて意識を集中させていく。
暗い視界の中、目の前にあるはずの『征錬石』が浮かび上がってくることを感じたレオハルトはそれを別の物質へと変えることを頭に強く焼き付けていく。
―これを他の石に変える……。
頭の中の想像が固まると同時に目を開き、片手をかざすとその手に力を込める。その瞬間、周りの陣が光を帯びてレオハルトと『征錬石』の周りを包んでいった。
―いける。今度こそ。
そう思った瞬間、頭の中である光景が過ぎってしまい、気を取られたレオハルトは集中力を強く乱してしまう。さらに、征錬術を失敗した反動で静電気のような痛みを感じ、レオハルトが声を上げそうになると同時に部屋の中に大きな音が響いていく。
音の先へと視線を向けると、『征錬石』は中央から割れ、中から黒い煙を上げている。それは、どう見てもレオハルトが想像したようなものではない。
その様子を眺めていた教師らしき男が小さく溢した。
「レオハルト・ヴァーリオン……失格だな」
その声に振り返るレオハルトを教師が一瞬だけ眺めていたが、手をかざすとレオハルトがもともと立っていた場所を指差した。
「元の場所に戻りなさい」
「……分かりました」
自分の不甲斐なさから表情を隠すようにして、俯いたまま歩いていく。そんな彼から少し離れたところに立っていた周囲の人間から、小さな笑い声が聞こえてくる。
周囲に巻き起こる小さな嘲笑。しかし、レオハルトはそんな彼らに一瞬だけ視線を向けるものの、興味を示すことなく元の位置へと戻った。
―いつものことだ。
成績を上げることが出来ず、実技に失敗するのは慣れている。むしろ、恥ずかしさよりも、出来なかった自分への強い後悔が胸を締め付けていた。
そんな彼に気を回すことなく、長身の男は次々に名前を呼んでは、その成果を見ていく。中にはかろうじて合格を伝えられた者も居たが、いずれもレオハルトよりは点数が高い。
やがて全員が回り終えると、今回の順位が発表され、成績上位の女子が嬉しそうに讃辞を浴びていた。
それに対し、レオハルトは最下位だ。
そして、抜き打ちとして実施された『征錬術適性試験』は、それを最後に終了したのだった―。
◇
―千年程前。
『聖暦』と呼ばれていた時代に『ノード大陸』と呼ばれる巨大な大陸に二つの大きな国があった。
東の貿易の盛んな『ケルム王国』。
西の穀物や衣類が豊富な『アルト国』。
しかし、この二つの国は互いに争い合っていた。
『征錬術』と『魔術』。
その二つの術の存在が、大陸にある二つの国を二分していると言っても過言では無かった。
古来より才ある者に受け継がれてきた術であるという『魔術』は、術者の命を『生命源』と呼ばれる動力へと変換することで、火や水、風、土など様々なものを生み出すことが可能とされ、『征錬術』は『征錬石』と呼ばれる希少な資源を使用することで強固な石材や金属を作り出すことが可能であり、人々の生活を豊かにする可能性を見出されていた。
そして、『アルト国』は術者自らの命を使って生まれる生命源を犠牲にする『魔術』ではなく、『征錬術』を使うことを決めた。しかし、『ケルム国』は【対価】として資源を失う『征錬術』を否定し、両国の意見は食い違い―ついには、戦争にまで発展してしまう。
後に『国家戦争』と呼ばれるこの戦いは長く続き、その結果、自分達の『生命源』を使い果たした『魔術師』達は一人、また一人とその姿を消していった。
それに対し、『征錬術』は【対価】として、高密度の力を持った『征錬石』と呼ばれる石さえ用意できれば疲労することはない。
そうして『征錬術』を駆使して戦う『アルト国』が徐々に優勢になっていき、やがて戦いは終結した。
戦争に勝利した『アルト国』はその名を『神聖アルト国』と改名し、敵国である『ケルム国』と同盟を結び、戦争を終結へと導いた。
そして、『聖歴』が終わり、『神聖歴』と呼ばれた時代が始まったのだ。
―神聖歴 一〇一三年。
『国家戦争』と呼ばれた争いから、すでに千年以上の月日が経過していた。
当然、かつて敵対国であった『ケルム国』との遺恨はすでに無く、今や同盟国としてお互いの国を行き来する人間も増え、約一億の人間達が住む『神聖アルト国』では更なる進化を求めて日夜『征錬術師』達が研究に明け暮れている。
『神聖アルト国』の中心である『王都シュヴァイツァー』では特にその技術は発展させており、その進化をさらに促そうと数々の教育施設を設けている。
その中でも優秀な人材を育てることで有名な『国立ラヴェルム征錬術教会』は他の教育施設の追随を許さない程だ。
創設者の名はラヴェルム・ヴァーリオン。
〝稀代の征錬術師〟とも呼ばれ、生前はその溢れんばかりの才能を披露し、数々の技術を生み出した天才だった。
そんな人間が創設したという『国立ラヴェルム征錬術教会』は目指す者が非常に多く、並大抵の技術では入ることが出来ないとされ、その教会に入った時点で〝天才〟という肩書を背負っているも同然と言えた。
入学してくる生徒達は皆が皆、優秀な者ばかりであり、卒業した者達の中には王都にある『王都防衛軍』に入って成果を上げている者も多い。
そんな〝天才〟ばかりの集まりの中に、一人だけ〝異端〟とも言える者が居た。
彼の名はレオハルト・ヴァーリオン。
〝稀代の征錬術師〟ラヴェルム・ヴァーリオンの息子である。
周囲は自分達の憧れである〝稀代の征錬術師〟の息子に強い興味を持っており、生徒だけでなく教師も含めてレオハルトに多大な期待を寄せていたが、しかし、入学してきたレオハルトの成績は周囲の期待とは異なり、大きな溜息を吐かす結果だった。
『征錬術』がまったく使えない―それこそ、子供が扱える程度の技量程度しか持ち合わせていなかったのだ。
〝天才〟が多く通うこの教会においてそれはあり得ないことであり、期待を裏切られた周囲の人間はやがて一人、また一人と彼への興味を失っていった。
しかし、いくら興味を失われても、レオハルトは『有名人』だった。
〝稀代の征錬術師の息子〟―その肩書は本人の意志とは関係無く付いて回る。期待されては失望され、また期待されては失望され……そんなことがどれだけ続いただろう。
良くも悪くも『有名人』というのは辛い。
気付けば、彼の周囲には誰も居なくなっていた。
レオハルトと居れば嫌でも目立つことから、離れた場所で同情の視線を向ける者が居ても、話し掛けてくる者は誰も居なかったのだ。
そして、気付けば彼には不名誉なあだ名が付いていた。
〝落ちこぼれ〟。
誰が言うでもなく、自然と付いたもの。
嘲りと共にそれはすぐに伝染していった。
人の噂はすぐに広まる。
―そうして彼は、『教会一の〝落ちこぼれ〟』になった。
◇
―またか……。
やりきれない気持ちを整理しようと、レオハルトは昼過ぎに『国立ラヴェルム征錬術教会』にある中央の庭園で体を横へと倒していた。
周囲には彼と同じように体を倒している者も居れば、会話を楽しみつつ食事を口にしている者も居る。そんな彼らの視線から逃れるように喧騒からは少し離れ、大きな木陰で休んでいると、突然頭上から声が掛かる。
「レオ、ここに居たんだ?」
「……ミーネか。よくここが分かったな」
ミーネット・ガルスター。
この『国立ラヴェルム征錬術教会』には初等部、中等部、高等部が存在しているが、彼女はその高等部最高学年の三年生であり、同じく高等部の二年生であるレオハルトにとっては先輩だ。
そして、『学生会』と呼ばれる教会内の生徒を管理する組織に身を置いており、彼女はそこの会長として、緊急時には教師に代わって生徒の引率や仲裁を行ってもいる。
〝落ちこぼれ〟と呼ばれているレオハルトにとっては真逆に位置する人間であるが、レオハルトの父ラヴェルム・ヴァーリオンとミーネットの父親は仲が良く、その縁で彼女とは幼い頃からの知人である。
ミーネットは少し茶色がかった髪を押えながら振り返ると、近くで二人の様子を伺っていた彼女の友人へと声を掛けていた。レオハルトからはその友人らの様子は詳しくは伺えないものの、あまり良い反応をされていないことは明白だった。
とはいえ、それも一瞬の出来事であり、彼女の友人らは納得したのかミーネットへと手を振ると、その場を後にしていく。
「食事の約束でもしていたんじゃないのか?」
友人関係に水を差してしまったことに釈然としない気持ちを抱えたレオハルトは、そんな彼女に呆れたように少し毒づくように言葉を発したが、それを受けた彼女は含みのない笑顔で返してくる。
「別にそういうわけじゃないよ。確かに、誘われてはいたけど……どっちにしても、断るつもりだったから」
彼女はそう言うと、レオハルトの隣へと腰掛ける。周囲からの期待に応え続ける彼女にも、時には逃げ道が必要なのかもしれない。
レオハルトは時に教師に代わり学生達を統括し管理しなければならない彼女の苦労を垣間見た気がした。
「あ、そうだ」
そうして、互いに言葉もなく休んでいると、ふと隣に腰かけていたミーネットが何かを思い出したかのように声を上げた。
その言葉に視線を向けると、ミーネットは彼女の隣に置いていた少し大きめの籠を探り、中からいくつかの器を取り出し始める。
「はい、これ」
そのうちの一つを手に取ると、その言葉と共にレオハルトへと差し出してくる。
レオハルトにとってミーネットは姉のような存在だ。幼くして両親を亡くしてしまったレオハルトは身寄りが無く、彼女の家に引き取られ家族同然に育てられていたが、この教会に入ってからレオハルトは寮に入り生活に必要な炊事などは自分で行っている。
しかし、レオハルトの生活を心配したミーネットや彼女の母親が時折こうして昼食を共にする際に料理を提供してくれることがある。
レオハルトとしては自分の存在が彼女の人望に翳りを作る可能性を感じて遠慮していたが、例え拒絶しても彼女はこうして接触を図ってくる為、強く拒むことが出来ないでいた。
感謝と同時に申し訳なさを感じつつ、レオハルトは彼女から差し出された器へと手を伸ばす。しかし、受け取ろうとした器は彼女の手から離れることはなく、レオハルトは困惑の表情を浮かべた。
「……これは何かの嫌がらせか?」
訝しげな表情をミーネットへと向けると、彼女は少し表情を険しくしながら責め立てるような口調で返してきた。
「お礼くらい言いなよ、って意味」
その返答にしばし逡巡するレオハルトだったが、それが彼女が作った料理に対して感謝を求めていることに気付く。
人への感謝を忘れていたことに後ろめたさを感じつつも、それとは別にミーネットへ感謝を述べなければならないことへの照れくささを隠すように、レオハルトは彼女の視線から逃れるように視線を外へと向けて言葉を口にする。
「まあ……ありがとう」
「声が小さくて聞こえな―」
感謝の言葉が聞き取れず、不服そうな声を上げるミーネットだったが、突然その手に持っていたはずの器が宙を舞ってしまい声を失った。彼女の手を離れた器は地面へと落下するわけではなく、慣性を無視して彼女の目の前に座っていたレオハルトの方へと向かっていったのだ。
そんな不可思議な一連の現象を見たミーネットは、目を細めて抗議の声を上げるように呟いた。
「……今、『魔術』を使わなかった?」
周囲に聞こえないよう配慮した音量でミーネットが詰め寄ってくる。
しかし、レオハルトはそんな彼女の行動に興味を示さないように器に乗っていた『アームァ』という鳥類の卵を焼き上げた料理を摘んで自分の口へと放り込み、ミーネットへと視線を返しながら誤魔化すように口を開く。
「この料理、美味いな」
まるで意に介さないレオハルトに呆れつつも、ミーネットは目付きを変えると強い口調で詰め寄った。
「誤魔化さないで」
厳しく伝えるミーネットの声には、少量の不安が混じっている。
―『魔術』。
『征錬石』などを必要とすることもなく、その身一つで火や水、風や土など様々な現象を操ることのできると伝えられている今は無き伝説の一つであり、『征錬術』が浸透するまで世を統べていたと言われている。
しかし、およそ千年前の『国家戦争』によって『魔術師』は居なくなり、今では存在していた痕跡すら無かった。だが、レオハルトはそれを使うことのできる数少ない人間の一人だ。
しかし、例え様々な現象を発生させることのできる魔術とはいえ、万能ではない。
『征錬術師』とは異なり『征錬石』を使用することは無いが、その代わりに術者は自分の命の一部である『生命源』を『魔力』へと変えなければならず、使用し過ぎれば命に係わる可能性もある。
そんな魔術を易々と使用するレオハルトにミーネットが不安を抱いたのだろう。
魔術の心得がないミーネットからすれば、『魔力』がどの程度まで消費していいものなのかは分からないのだ。
「レオが言っていたことでしょう? 使い過ぎればどうなるか分からない、って……いくら周りに人が居ないからって、そんな簡単に使わないで」
本人はともかく、他人からすればいつその力を使い切るか分からないのだ。
まして、幼い頃から生活を共にした家族同然の人間がある日突然居なくなる可能性があるなら彼女のように止めるのも無理はない。
レオハルト自身も彼女の心配事が分からないわけではない為、彼女へと視線を向けつつ、少し言いよどむように答える。
「……まあ、気を付けておくよ」
征錬術を苦手としているレオハルトは日常で征錬術を使用することもほとんどなく、代わりにこうして適度に魔術を使用することが多かった。
幼い頃から征錬術同様に身近なものであった為、彼にとっては今のようなことを行うのは呼吸をするのと同じような感覚なのだ。だが、彼もおいそれと構わずに使うわけではない。
この王都に限らず世の中には魔術は存在しないと考えられており、『魔術師』という存在は一つのおとぎ話のような扱いになっている。
つまり、周囲はレオハルトが魔術を扱えることは知っておらず、今のようにミーネットと居る時や一人の時以外に使用しないようにしていた。それは、幼い頃に彼が母から教わったことの一つでもあり、その母こそ『魔術師』の一族の生き残りの一人だった。
それが周囲に知られてしまえば好奇心の対象になることは間違いなく、それだけで収まる可能性も低い。どちらにしろ、レオハルトにとってもそういったことは歓迎できる話ではない。
そんな彼の返事に対し、不満を感じていたミーネットだったが、ふと何かを思い出したようにその視線を下へと向ける。そして、しばらく躊躇いを見せつつ視線を彷徨わせていたが、やがて意を決したように声を掛けてきた。
「……一つ聞いていい?」
「なんだ?」
どこか言いよどむような仕草から、レオハルトは彼女の口から発される話題が予想できていた。だからこそ、あくまでも淡白にしつつ彼女の言葉を待つ。
「さっき、二年生の子に聞いたんだけど……今日、実技の試験があったんでしょ?」
「ああ、あったな」
考えていた通りに試験の話題に触れられるものの、気にしていない素振りを見せて話題の変換を試みようとするレオハルト。しかし、ミーネットはそんな表面上の気遣い素振りに構わずに話を続けた。
「……やっぱり、その……駄目だった?」
恐らく、二年生の子とやらにすでに結果は聞いているのだろう。しかし、ミーネットはまるで「嘘であって欲しい」と懇願するようにレオハルトへと視線を向けてくる。
そんなミーネットの表情にレオハルトは事実を告げるのを躊躇っていたが、下手な気遣いは返って反動が大きいと考えた末、正直に話すことにした。
「別に。いつも通りだよ。実技は苦手だからな。まあ、筆記だけは無駄に高いから進学には問題無いさ」
「……ごめん、私のせいだよね」
そうして顔を俯かせるミーネットの態度は予想出来ていた。だからこそ、レオハルトは言葉を選びつつ彼女に否定の言葉を投げかける。
「ミーネは関係ない。実技で失敗したのは僕なんだからな。これは自分の問題だ」
「でも、レオは本当は征錬術もすごい腕前だし、魔術だって―」
ミーネットが最後まで言葉を口にする前に、レオハルトは強い口調で制した。
「関係ないって言っただろ。それに、その話は外でしていい話題じゃない」
「あ、ごめん……」
自分の失態に気付き、慌てて口を抑えるミーネット。とはいえ、レオハルト自身、先ほど魔術を扱ったばかりの為、強く注意できる立場ではない。
レオハルトは再び食事へと戻りながら淡白な声で答えていく。
「さっきも言った通り、別に実技が出来なくたって卒業は出来る。ミーネが心配することは何も無いよ」
「でも、そのせいでレオは周りから……その―」
彼女の言い分が分かり、仕方なしに言いよどむミーネットに変わって口を開いた。
「〝落ちこぼれ〟って話か?」
「……ごめん」
自らが言いよどんだことでレオハルトに言わせてしまったミーネットが謝罪を口にすると、レオハルトは「いいよ、気にしなくて」と声を掛ける。そして、彼女の気遣いを無駄にしないように言葉を選びながら話していく。
「別に僕は周囲にどう見られていようが、何を言われようが、気にしない。そんなの今更の話だからな」
「だって―」
なおも食い下がるミーネットに視線だけを向けると、すでに食事を終えた器を差し出しながら強い口調で答える。
「それを抜きにしても、僕には父の肩書きがある。何を言ったところで、どっちにしろ目立つんだから気にするだけ無駄だ」
レオハルトはそう言って立ち上がると、軽く服に付着していた草を叩き落とす。そして、背中を向けたまま未だ納得のいっていない表情をしているミーネットへと言葉を向けた。
「周囲の評価だけですべてが決まるわけじゃない。だったら身近にいる人間だけ分かってくれていればいい。少なくとも、君は僕を評価してくれているわけだし、それ以上は望まないよ」
「……わかった。それならもう言わない」
彼女の中でようやく一区切り付けられたようだ。そのことに安堵すると、レオハルトは挨拶もそこそこに足を進める。『征錬術師』という立場でありながら、同時に『魔術師』と呼ばれていた人々の血を受け継ぐレオハルト。
その事実を唯一知るミーネットだけがレオハルトを評価してくれている。
彼にとってはその事実だけが心の支えであり、同時にミーネットが自分のことで苦しんでいることが唯一の懸念点でもあった。
―例え昔であろうと、自分がしたことから逃げるわけにはいかない。
レオハルトはそんな彼女に感謝すると同時に、後ろめたさを隠すようにその場を後にしたのだった。
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