任務成功
コイツ魁人くんじゃない?
素人目にも分かる高い技量で、ストーカーの攻撃を捌き続けるコスプレ男を、私はじいっと見つめる。
覆面してても分かる顔の小ささ。抜群に良いスタイル。体幹の強さが分かる動き方。
あんなふざけたシャツは着てなかったけど、黒のスラックスには見覚えがある。だけど特徴のないボトムスだから、似たものは幾らでもあるハズ。夜でよく見えないこともあって決定打にはならない。視覚で確証を得ることは多分無理。
ならば聴覚のほうでなら、とも思ったけど、一言も喋らないから声の方でも判別できない。セリフの一つも喋ってくれれば一発だけど。
――でもまぁ、別に誰だろうが構わない。
正体を明かさないということは、知られたくないからなんだろう。
客観的にはスケルトンマスクを被った不審者だけど、状況的には恩人だ。隠したい正体を暴く気もない。正体が誰であろうと、小春ちゃんへの攻撃を防いでくれたんだから、あのストーカーよりはずっとマシ。
「うわーっ!あぶっ、あぶないスケルトンさん!――あっすごい避けた!速い!イナズマのごとく速いですスケルトンさんっ!」
私の腕の中で、窮地を救われた小春ちゃんが大興奮している。
地面にへたり込んだ状態で。
本当なら今のうちにさっさと逃げるのが大正解なんだろうけど、この娘腰が抜けちゃってる。つまり私たちはこの場から動くことはできないので、あのストーカーを排除してくれるなら魁人くんだろうがコスプレした変態だろうが構わない。
「う、うわっ!?何かあの人膨れ上がってませんか?!錯覚?!て、敵が大きく見えるってことは、こっちが負け――い、いや、古来より巨大化は負けフラグ……!がんばえーっ、スケルトンさんっ!」
小春ちゃんは元気いっぱいに覆面男に声援を送っている。実際彼に負けられると困るので、私も心の中で応援する。
――首尾よくヤってちょうだい、と。
私の願いに呼応したかのように、スケルトンはパンチを放った。
たった一発のパンチ。
だけどそのパンチは、絶望そのもののように暴れまわったストーカーを、鮮やかに打ち貫く。
――悪夢が、ひっくり返った。
二度と起き上がれないほど、痛烈に。
「おおおおーっ!一撃ですよ一撃っ、真弓さん!スカルナックル決まりましたよ!!」
小春ちゃんのテンションは最高潮。
「それってスケルトンじゃなくてスカルフェイスの技じゃないの?」
「あっそうか。いやでも広い意味ではスケルトンもスカルフェイス……あれくらい鮮やかなパンチならスカルナックルと呼んでも過言ではないのでは?!」
「黒田監督に聞いてちょうだい」
私のスカルフェイスに関する知識は撮影の為に仕入れたものだけなので、有識者に聞いた方がいいと思う。小春ちゃんはニチアサに一家言あるらしいので、黒田さんとは話が弾みそうではある。
それはともかく――小春ちゃんの言うところのスカルナックルを叩きこまれたストーカーは、受け身もとらずに倒れたまま身じろぎもしない。完全に意識を失ったみたい。
だけど無力化されたように見えるストーカーに対して、スケルトンは素早くマウントポジションをとった。
「あっ、スケルトンさんがマウントを……!ま、まずいですよ真弓さん、スカルナックルでパウンドされたらストーカーさん死にます」
確かに無防備な状況であのパンチを連打されたら多分命が危ないだろう。
でも、どうやらスケルトン側にその気はないみたいだった。こちらに背を向けているから何をしているかはわからないけど、少なくとも追撃をしている様子はない。
「……何をしてるんですかね?」
「さぁ……会心の一撃だったから、息があるか確認してるとか?」
「確認にあれだけ時間かかっちゃってるということは、それはもうダメということでは……?」
「まぁそれはそれで」
願ったりかなったりだわ、とは流石に口に出さない。
小春ちゃんはその場でうねうねしながらスケルトンが何をしようとしてるか把握しようとしていたけど、距離と角度が悪くてどうにもならない。腰はまだ抜けてるみたい。
やがて、スケルトンはすっくと立ちあがる。それとほぼ同時に、私の耳にはパトカーの鳴らすサイレンの音が聞こえてきた。
スケルトンはポケットに一瞬手を突っ込んだ後、足早にサイレンとは逆の方向――こっちに向かってくる。
だけど、その視線はこちらに向いていない。それは『お前たちに危害を加える気はないよ』というサインに思えた。
それが勘違いなら大ピンチだけど、どちらにせよこのスケルトンが本気になったら私たちの抵抗に意味はない。
男はすたすたと歩みを進めて――案の定、こちらを一顧だにせずすれ違う。
さっさと立ち去りたいのかかなりの早足だ。
スケルトンが肩で切った風が、ふわっと鼻先をくすぐって――
「あっ」
◆
真弓の声に反応し、魁人は振り返る。
何か異変があったのかと真弓の様子を伺うが、真弓はパタパタと手を振って「何でもない」のアピール。
――一体なんの『あ』だったのか気になるところだったが、サイレンがもう大分近かった。今にも警察が到着しそうだ。
小首を傾げながらも、魁人は再度歩み始めた。
「あ、あのっ!ありがとうございました!」
その魁人の背に、小春の元気な声がかかる。
覆面の下に笑みを浮かべ、魁人は右手をピッと上げてそれに応え――そのまま現場から姿を消した。
◆
自室へと戻った魁人は、ドヤ顔でスマホもどきをタップしていた。端末の右上のデジタル表示が、今が丁度日付が変わる直前であることを知らせている。
カイト:――とまぁ以上だ。俺は別に殺してもいいんじゃねーかと思ったんだけど、バディが止めるもんでさ。
Dr:素晴らしい判断だった。公安へ借りを作るのはなるべく避けたいし、敵組織に尻尾を掴まれる可能性も出来る限り下げておきたい。バディの進言を受け入れたのは大正解だと言える。
カイト:お、そう?じゃあよ、自分で言うのもなんだけど今回は完璧に任務成功だったんじゃねーの?
Dr:ああ、その通りだ。流石だ。実にスムーズな仕事だった。
カイト:ふっ、まーな!
Dr:今にして思えば一週間前は失礼なメッセージを送ってしまったものだ。ゼロ歳児と電卓の親玉などと……バディにも謝罪を伝えておいてくれたまえ。君たちは素晴らしいエージェントだ。
ドクターは手放しで褒めてくれている。魁人はそれに大きな満足感を覚えて――その瞬間、閃いた。
ほんの一時間前に捻りだした解決策、「なんか暴露しても怒られそうもないタイミングが到来するまで黙っておくか」。
魁人は思う。
――あれ?タイミング到来してね?
今伝えたらテレビ出演もあんまり怒られないんじゃない?
僅かに考え込んだ後、魁人は指先を動かした。
カイト:ところでドクター、ちょっと話があるんだけど。
Dr:なんだね?
カイト:実はね――
魁人は実行に移した。
説教は明け方まで続いた。
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