第8話 氷の魔法使い、降臨――強敵ゴーレムを一撃で粉砕する謎の美女

 泉のあった場所から離れるように森を進むと、木々が再び鬱蒼と生い茂るエリアに出る。空は夕暮れの色に染まりつつあり、オレンジ色の光が木漏れ日となって差し込んでいる。


「あとちょっとで外に出られそう……かな」


 リンナが前を歩きながら言うが、その声はどこか不安気だ。

 俺自身も、気配が妙に嫌な感じで重いと感じていた。


「ご主人、超ヤバい魔力値を検知! まさにボスキャラ級ですよ〜。Aランクの危険度です!」


「Aランク……? 何の話だ、ジプト」


「ご主人、説明しますね! 魔物データベースによると、これはもう上位0.1%の強敵。人間で例えると超大企業の社長クラスってところです!」


 スマホのホログラムが見せるデータは断片的だが、ジプトの解析は続く。


「わかんないけど……どうする? やり過ごすしかないんじゃ」


 リンナが足を止め、周囲を警戒する。

 だが、遅かった。

 森の奥から重々しい足音が響き、地面が振動しているのを感じる。


「ドスン……ドスン……」


 現れたのは、まるで岩で覆われた猿のような巨大な姿。

 体長は4メートルを超えているだろうか。

 腕が異常に発達していて、その一振りで樹木をへし折りそうな威圧感がある。


「ゴ、ゴーレム……!? しかも猿型じゃん……」


 リンナが素っ頓狂な声を上げる。


「ゴーレムか……これは想定外のリスクだな。対応マニュアルがあれば良かったのに」


 俺は思わず会社員時代の思考パターンに戻っていた。

 さっきのゴブリン群とは次元が違う。

 このままじゃ、プロジェクト中止……いや、命の危機だ。


(部下……いや、仲間を危険に晒すわけにはいかない。早急な対策が必要だ)


「間違いなしですよ、ご主人! Aランク級ゴーレム、通称:ゴリゴーレムです! 残念ながら、時間操作もスルーされちゃう可能性が高いみたいです……」


「やってみるしかねえだろ……!」


「ちょ、ちょっと待ってください! 現状の魔力量だと、スマホの容量不足でフリーズしちゃいますよ!」


 ビビリながらも俺は石を握るが、魔力がほぼ尽きているのは痛いほど分かっている。ゴーレムが巨腕を振りかざした瞬間、リンナが俺を突き飛ばすように横へ飛び込んだ。


「危ない!」


 ゴーレムの拳が地面を叩き、激しい衝撃で土煙が上がる。

 地響きで体が揺れ、耳鳴りがするほどだ。


「うわあっ……!」


 俺は転倒して地面を転がる。

 再び起き上がろうとするも、筋肉が悲鳴をあげてうまく動かない。


「くそっ……こんなの、普通に倒せる相手じゃねえ……」


 リンナは弓を引こうとするが、相手が近距離すぎて隙を与えてくれない。

 大岩のような拳をかわすのがやっとだ。


「ぐ……アタシが引きつけるから、ハルキは離れて!」


「でも、お前一人じゃ――」


「いいから!」


 リンナが短剣を抜き、ゴーレムの腕を斬りつける。

 しかし、刃は岩肌に浅くヒビを入れるだけ。

 火花が散り、リンナの腕も痺れるようだ。


「やっぱり、まともにダメージが入らないか……!」


 ゴーレムが雄叫びを上げ、再び拳を振り上げる。

 リンナが回避行動を取りながら、必死に隙を探している。

 その姿を見て、俺は歯噛みした。


「俺だって……何かしないと……!」


 震える足を無理矢理動かして立ち上がり、石を再び握る。

 使えないかもしれないけど、試すしかない。

 時間操作がほんの少しでも効けば、リンナを助けられるかも。


「……頼む、動いてくれ!」


石がかすかに光を放ち、視界が少し歪んだように感じる。が――


「ぐおおおぉぉ!」


 ゴーレムはビクともせず、獰猛な視線をこちらに向ける。

 まるで「そんな力は通じない」と嘲笑しているようだ。


「ハルキ、Aランク以上の魔物は強力な抗魔力を持つことが多く、低レベルの時間操作は弾かれる可能性が――」


「言うなジプト! わかってる、けど諦めたくねぇ……!」


 相手の攻撃で周囲の木が次々となぎ倒されていく。

 リンナがかろうじて回避しているものの、体力は限界近いはずだ。


「おい、ゴーレム野郎!」


 俺は思い切り叫びながら、転がっていた小石を投げつける。

 案の定、全く通じない。

 が、わずかにゴーレムがこちらへ顔を向けた。

 その隙にリンナが弓を構えるが、ゴーレムの動きが速く、矢を放つ前に間合いを詰められてしまう。


「リンナ……!」


「くっ……このままじゃ……」


 絶体絶命。その時、山を揺るがすような轟音ごうおんが響いた。

 洞窟のほうから吹き付けた氷の嵐が、ゴーレムの腕を凍らせるように包み込んでいく。


「な、なんだ……!?」


 ゴーレムが怯んだ隙に、どこかから現れた黒いマントの女性がすっと手をかざす。

 薄紫の長髪と鋭いオレンジ色の瞳が、鬼気迫るオーラを放っていた。


「――『氷裂の結界』」


 彼女が低く呟くと、ゴーレムの体が一瞬で氷に覆われる。

 そのまま凍りついた巨体は、硬質な音を立ててひび割れ……崩れ落ちた。


「う、嘘だろ……Aランク級のゴーレムが一撃……」


 俺はただ呆然とその光景を見つめる。


「おおっ! 新キャラ登場です! しかもステータスが振り切れてる!?」


 ジプトの声が興奮気味に上ずる。


「ご主人、この方の魔力値、ボクの測定限界を超えてます! 完全にチートキャラですね!」


 ゴーレムがあっさり粉砕されていく様は、信じられないほど非現実的だ。

 彼女の薄紫色のロングヘアが、怒気をはらんだのか、わずかに赤みを帯びて見える。


「ふう……面倒なものと遭遇したわね」


 その一言からも、彼女が不快感を覚えているのが伝わってくる。

 氷の残滓が雪のように舞う中、女性がこちらを振り返る。

 リンナが息を飲むように声を上げた。


「ネーラ……!」


「あなた、まだこんな危険な森をうろついていたの? これだから無鉄砲な子は……」


 冷たい声ながら、その目にはどこか安堵の色も見えた。

 彼女……ネーラはリンナの知り合いらしい。

 俺は腰を抜かした格好のまま、ネーラを見上げていた。


「……あなたが、リンナを助けてくれたのか?」


「まあ、結果としてはそうね。今度はまた違う厄介ごとに巻き込まれてるみたいだけど……」


 ツンとした口調と高貴な雰囲気から、この世界の“お嬢様”っぽさが伝わってくる。

 俺は慌てて立ち上がり、礼を言おうとするが、全身が痛くてうまく言葉が出てこない。


「な、なんとか助かった。ありがとう……」


 するとネーラは俺を一瞥し、すぐに興味を失ったように目をそらす。


「余計な手間だったわ。リンナ、さっさとこんな危険地帯から出なさい。……まあ、あなたたちの事情を聞く必要はあるけれどね」


 目の奥に冷徹な光を宿しながらも、どこか孤独を抱えているような雰囲気。

 俺はその一瞬にゾクッと胸が疼いた。

 ネーラは氷を溶かすように小さく指を動かして、粉砕されたゴーレムの残骸を蹴散らす。


「あなた方、詳しいお話は洞窟の奥で伺いますわ。ここは危険ですから、急ぎましょう」


 勝手に決めてるけど、確かにこのまま森をうろつくのは死に直結しそうだ。

 リンナがやれやれと肩をすくめ、「助かったよ、ネーラ」と小さく感謝の言葉を返す。


 こうして俺たちは、新たに加わった強力な存在ネーラと共に洞窟へ向かうことになった。ホッとしたのも束の間、その冷ややかな眼差しは、俺の“時間操作の石”に向いているのがわかった。


 石に向けられたネーラの視線には、明らかな警戒と疑念が込められている。

 まるで「厄介なものを見つけてしまった」とでも言いたげだ。

 俺は思わず石をポケットに押し込んだ。

 果たしてこの人、味方なのか?

 ――とにかく、今は彼女に従うしかなかった。

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