里帰り編17 もうひとりのオーナー①作戦会議
何も進展しないまま時間だけが過ぎていく。嫌疑も晴れていないし、どう捜査が進んでいるのかは知らされないから不安が募っていく。わたしが関与していた証拠もないけど、関与していない証拠もないのだ。そして吐瀉物から薬物が検出された事実だけがある。一部の従業員さんからは疑いの目を向けられているのを感じて、家から出るのが少し怖い。
かといって巻き込んでいるのに信じてくれている人たちにさらに心配をかけるのも違うので、普段通りを心掛けてはいる。食事作りも頑張っている。朝ごはんふりかけは成功していると思う。トニーのお気に入りは三色ご飯だ。お肉をそぼろ状にして甘辛くしたものと、ほうれん草の炒めたのと、炒り卵。これをご飯の上に彩ってだすと朝ごはんでもお替りをするのだ。
昼過ぎにパズーさんが飛び込んできた。
「オーナー、早く外に!」
わたしは慌ててついていく。
あ。
モードさんだ。こちらに向かって歩いてくる。
モードさんはわたしだけを見ていた。まっすぐに歩いてきて、わたしの頬に手を寄せる。それから反対の手で髪を撫で、ギュッとわたしを抱きしめる。
「牢に入れられたと聞いた」
胸の中で頷く。
「そんな時にいなくて、護れずに悪かった」
腕に力がこもる。わたしはモードさんの背中をポンポンと叩いた。わかってると意味合いを込めて。
ぎゅっを解いて、わたしの顔を両手で包む。水色の瞳にわたしを十分映してから、小さい子にするように腕へとわたしを抱き上げた。
「ちょっ、モードさん」
周りにはみんないるんですけど。
「なんだ?」
さっきまでの不安そうな顔と違い、やっと安心できたみたいな顔。
わたしはおろしてというはずだったのに、違う言葉を言っていた。
「お帰りなさい」
「ああ。ただいま、ティア」
クーとミミがわたしの胸へとジャンプしてきて、モードさんのほっぺを舐める。
『モード、にゃかにゃか帰ってこにゃい』
『お帰りにゃしゃい』
「遅くなって悪かった。ただいま」
モードさんはクーとミミの頭を撫でる。
報告することはいっぱいあった。2ヶ月以上いなかったからね。でも緊急を要する事項だけに絞って伝える。そして不在時に牧場の存続危機にまで陥っていることをわたしは謝る。
「いや、俺がいても同じようにことは起こっただろう」
そしてはじめて周りを見回して王子に挨拶する。
「ティアが世話になったようで、感謝します」
「誰も取りはしないからおろしたらどうだ? それより外は冷える。中に入ろう」
モードさんは頷いて、ルシーラに目を止めた。
「君は……」
「お久しぶりです。スラムのルシーラです」
ペコっと頭を下げる。
「……トニーだ」
腕を組んだトニーが偉そうに挨拶した。
あ、里帰りしたこと言わなきゃ。わたしが口を開きかけると王子が先に言う。
「ハナが打ちひしがれていたから、里帰りを勧めたんだ。モードもそろそろと考えていたんだろう?」
「打ちひしがれていたって?」
とわたしに尋ねる。
「あ、えっと。それがモードさんの不在中に評判を……」
その後の出来事で頭がいっぱいで忘れかけていた。どう伝えればモードさんがわかりやすいのかを考えようとして口ごもる。
「とりあえず、中に入ろう」
テーブルにつきながら、わたしはお茶とお菓子の用意を頼まれた。わたしが頷いてキッチンに篭ると、トニーが手伝いに入ってくれた。
「トニーは何飲む?」
少しの沈黙の後
「ホットミルク」
トニーが自分が何を欲しいのかを考えるようになってきた。大進歩だ。
成人組には紅茶を大奮発。ルシーラとトニー、わたしとクーとミミはホットミルクにする。
お茶菓子はドーナツもどきにしようとバッグの中から取り出す。パン生地を一口大にまとめて揚げ焼きし、蜜をたっぷりかけたものだ。ちょっと甘く重たいけど、紅茶やホットミルクに合うと思っている。
トニーにも半分運んでもらっていくと、何やら空気が重い。
え? 何? なんで? ルシーラに目で合図すると、首を傾げるポーズをとる。いや、あの顔はわかってるな。何があったんだろう?
「ティア、いろいろ話したいことはあるが、今はホルスタに何があったのかと、違法薬物について先に話してもいいだろうか?」
わたしが頷きかけると王子が言った。
「それは逆だろう。先に夫婦で話すことがあるだろう? 薬物のことでは特に今、進展はみられない。きちんと話してこい」
モードさんは少し考えて
「そうさせてもらう」
と立ち上がった。わたしの手をとり、2階に上がる。
寝室に入ると、モードさんは振り返って、わたしを抱きしめた。
「お前を傷つけたようだ。すまなかった」
どきりとして、わたしは次の言葉を待った。
「俺はお前以外、娶るつもりはない。お前も平民の出でそんなことは考えてないようだったし、だから言わなくても何も変わることはなく、特に言わなくてもいいと思ったんだ」
モードさんは妻はわたしひとりでいいと言ってくれている。だから尋ねる。
「……この先、子供ができなくても?」
「俺はお前がいればいい」
ふっと力が抜けそうになる。この際だ、聞きにくいことも聞いてしまおう。
「ゼフィーさんはなんで雇ったの? 縁談の申し入れがあったんでしょ?」
「令嬢が入ってきたのは1年も前だろう。その時から思惑はあったのかもしれないが、彼女のことはローディング家が親しくしている貴族経由で頼まれたんだ。世間を知らない娘だから、学ばせたいと。でも貴族令嬢だ、半端なところに行かせることもできない。その点うちなら同じ貴族だから安心だし、同じハーバンデルクで家も近い。ちゃんと働いてくれるなら別にいいと思ったから雇用した。縁談の申し入れがあったのは2ヶ月ぐらい前だ。他の縁談もそれくらいからきていたが、それも全部断っていた」
そうだったんだ。
「事情聴取で酷いことを言われたり、怪我をさせられたって?」
「怪我はする前にルークさんが助けてくれた」
「そうか」
モードさんがやっと微笑む。
「よく今まで耐えてくれた、ありがとう」
モードさんにもう一度ギュッと抱きしめられる。
事件は解決していないのに、心が軽くなったのを感じた。
「王子、ありがとう」
1階へと戻り合流したところで、王子にお礼を言った。わたしも後回しにするつもりだったけど、モードさんとまずそのことを話せて心が落ち着いた。
王子はニヤッと笑うだけだ。
モードさんが今までわかっていることを詳しく話してくれというので、時系列にあったことを話すことにした。ホルスタたちに異変を感じたところから始めたが、里帰りすることになった経緯から話すように言われて、そこまで遡った。主にわたしが話し、みんなが知っていることを付け足すようにして、解決にはこれといって有力な情報はないことを話す。息をついてミルクに手を伸ばすと、ミルクはすっかり冷えていた。
「ティア、ここに来たギルド職員の名前は?」
「え? 知らない」
「ペクは?」
「ハーバンデルク、東支部の副ギルド長だと言っていました」
モードさんが何か考えている。
「こげ茶の髪に、青い目だったよ。イカツイけど、目が小さいのが可愛らしい感じで、すぐに大声を出す人!」
若干悪意を込めて様相を伝えると、みんな含み笑いだ。みんなそう思ってたんじゃん。
「多分、ラクノーだ。俺に突っかかるのが好きだったから、この出来事はヤツには堪らないことだったはずだ。俺に突っかかるだけならまだしも、ティアにも威嚇したんだな」
モードさんが悪い顔をしている。
「詳しくは話せないが、俺がギルドで動いていた案件は正しくはマドベーラのことではない。マドベーラを追いかけている連中は別にいて、それと勘違いされた。ただ、マドベーラがオーデリア大陸のハーバンデルクに入ってきているのは間違いがないらしい」
パズーさんとペクさんが顔を見合わせる。
「なぜ、牧場に。それもホルスタに……。マドベーラは高価ですよね? やっと手に入れてそれをホルスタにやる意味がわからない」
「この牧場の誰かなのでしょうか?」
一応、関係者以外立ち入り禁止だ。ここで起こったことだから、内部の誰かが犯人の可能性は消えない。
「ハーバンデルクにどう薬物が入り込んだのか調べてもらっている。ただ待っているのも能がないな、ホルスタについて何か知らないか、全員と話してみようと思う」
「全員と、ですか?」
パズーさんが驚いた声を上げる。
「遡って2週間ぐらいか、ホルスタについて何か知っていること、まつわる事は全部だ。これは俺がやるから、午前と午後でペクとパズーが補佐に入ってくれ。ティアとルシーラとトニーは、子供たちと話して欲しい。変わったことじゃなくていい。いつものことで、魔物のこと、従業員のこと。とにかくなんでもいいから見たり感じたりした最近のことを集めて欲しい」
わたしはルシーラと目を合わせてから頷いた。
そうか、変わったことは特になかったけれど、ホルスタにまつわること全部に視野を広げるのね。
「私に頼み事はないのかい?」
「とばっちりで、アルバーレンにない噂をたてる奴がいないかが心配です」
「そこは睨みをきかせている。まぁ、手を出してくれればこちらから攻撃ができるんだけどな」
なんか笑顔で言っている。
明日の動向が決まったので、気持ちがずいぶん楽だ。
晩ご飯の準備をする。寒いし、大人数だから鍋にしよう。お肉と野菜を一緒に煮込んで、ポン酢でいただくスタイルにしよう。副菜はちょっとこってりしたものがいいかな。かぼちゃグラタンにするか。あと味の濃い筑前煮と、トラジカのお肉を辛く焼いたのでいいかな。
お鍋は大好評だった。寒い日に温かい鍋は染みるよねー。ポン酢でいくらでもいけちゃうんだよね。トニーとルシーラにグラタンは喜ばれ、筑前煮は王子とペクさんが、辛いお肉はルークさんとパズーさんが喜び、お互いに同じ物が好きで顔をしかめていた。モードさんの好きなのがないよと思って、イカの塩辛をだしたらご機嫌だった。ぶどう酒が飲みたくなったといって、成人組で飲む。おつまみにチーズを少しだした。
では明日の聞き込みもよろしくお願いしますとお願いして、お開きだ。
結婚してからは、クーとミミの寝床はわたしの部屋の枕元だ。わたしはモードさんがいるときは寝室で寝て、ひとりの時は自分の部屋で眠っている。
久しぶりにモードさんといっぱい話をして、仲良く一緒に眠った。
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