3 寧々子とネココと子猫

 それは蓮太郎と出会った少し後、じめっと湿った暑さの日のことだった。

 寧々子はどこからか、赤ん坊の鳴き声のような声がするのを、その耳で拾っていた。マンションのドアの向こうから、その声はしている。

 やだ、捨て子?

 恐る恐るドアを開けると、部屋の前には段ボール箱が置かれていた。フタはされているが持ち手の穴がある。そこから、「ぴいぴい……ぴいぴい……」という声が聞こえていた。

 近くにきてやっと正体がわかった。子猫だ。だれかが子猫を捨てていったのだ。

 なんでわざわざあたしの部屋の前に……と寧々子は考え、自分がダンジョン配信者で「ネココちゃん」を名乗っていることを思い出す。

 ポケットでスマホが鳴る。見れば部屋を監視カメラで寧々子を見張っていたマネージャーから、「どこに行くんですか」とメッセージだ。


「どこにも行きませんよ 玄関前に子猫が捨てられていただけです」


「子猫ですか」


「このマンションってペットOKですよね? せめて貰い手が見つかるまで手元に置いていいですか」


「我々が預かります」


 それは嫌だな、と寧々子は思った。人間を監視していじめる人間が、猫に対して愛情を注ぐとは思い難い。

 子猫たちだって母猫と引き離され、愛情に飢えているに違いない。寧々子は、その子猫たちに自分の境遇を重ねた。

 自分の親がどこでなにをしているのか、寧々子は知らない。10代で家を飛び出し、芸能事務所メルティタスクにモデルとして所属した。

 しかし、寧々子の運動神経がそれなりにいいことを知ったマネージャーは、薄い装備で寧々子をダンジョンに放り込んだ。

 ダンジョン配信者なんて、なりたいと思ったことはなかった。しかも、魔物を倒して稼ぐのではなく、悲鳴をあげて配信収益で稼ごう……という卑劣極まりない配信者を、いま寧々子はやっている。


 「北海道産馬鈴薯」と書かれた段ボールを開けると、元気そうな子猫が3匹入っていた。茶トラが2匹、三毛が1匹だ。仮名を考える。そうだなー、ジャガ、サツマ、サトでどうだろう。ジャガイモの段ボールに入っていて、芋みたいにころんころんしているからだ。

 とりあえずマネージャーに、「子猫は断固、自分で世話して引き取り手を見つけますので」とメッセージした。


 ジャガとサツマがケンカし、サトがスヤスヤ寝ているのを眺めながら、寧々子はだれなら引き取ってくれるか考える。とりあえず事務所の関係者はいやだ。蓮太郎なら、と思ったが、あいつもアパート暮らしだそうだし、あまり親しくすると事務所の関係者に恋愛を疑われて睨まれるのは間違いない。


 とりあえず近くに営業中の動物病院があるようだ。そこで猫の譲渡情報の掲示ができるらしい。地図のスクショを撮りマネージャーに送信し、寧々子はイモ三兄妹を段ボールのまま動物病院に持ち込んだ。

 髪型はうしろでくるりんぱしただけ。着ているものも量販店の安価なTシャツにデニム、サンダルという感じ。そのうえで帽子を被り、もう、ちょっと派手髪の若い女、ぐらいにしか見えない感じだ。


 動物病院の受付の人に、捨て猫を拾った経緯を説明し、とりあえず診察、となって寧々子は慌てた。

 寧々子はお金をあまり持っていない。ギリギリの生活費、という感じだ。ダンジョンの稼ぎと配信収益は事務所にピンハネされているのだ。

 しょせん自分は貧しい配信者に過ぎない。

 寧々子は悲しくなって、動物病院の待合室で泣き出してしまった。受付の人が驚いている。

 でも寧々子は頑張って涙を止めた。ここで泣いていいのは、動物とお別れする人だけだ、と思ったからだ。


「もしかして、配信者のネココちゃんさんです?」


 若い女の子、言うて寧々子より少し年上くらいの女性が、寧々子に話しかけてきた。


「はひ」


「その猫ちゃんたちは拾ったんですか?」


「はひ。事務所の人が預かってくれるって言ってたんですけど、うちの事務所黒い噂が絶えないところで……ぐすっ」


「あの。その猫ちゃんたち、引き取りたいんですけど」


「……はひ?」


「ちょうど、うちの18年一緒に暮らした猫が虹のむこうにいってしまって、子猫の譲渡の情報を見にきてたんです。それにうちの娘、ネココちゃんのファッションが大好きで」


「そう……なんですか。ずっとギャーギャー言いながら逃げてるだけなのに」


「小学生のあいだではファッションアイコンらしいですよ?」


 そうか、この若くてきれいなお姉さんには、ファッションに興味を持つ歳の娘がいるのか。


 獣医さんが待合室にきた。どうやら患畜が途切れたらしい。


「あれ、松山さん。伝助くんが亡くなったって連絡いただきましたよね」


「はい。子猫譲渡の情報を見にきたら、配信者のネココちゃんさんが子猫の貰い手を探していて」


「あー! 受付で泣いてた方、ネココちゃんさんだったんですか! この方、松山さんなら猫の面倒完璧に見ますよ!」


「検査費用とかもぜんぶ持つので! 安心して任せてください!」


「い、いいんですか!? じゃ、じゃあね、ジャガ、サツマ、サト……よろしくお願いします」


 寧々子は泣きながら動物病院を出た。これは嬉し涙であった。


 ◇◇◇◇


「寧々子さん、なにスマホ見てニコニコしてるんです?」


「んー、なんのことはないインステだ! ずいぶん前に拾った子猫をもらってくれたひとの投稿みてニコニコしてるだけ! そうだ、結婚したらあたしらも猫飼おうヨ!」

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