ライバーズ・オフショット
金澤流都
1 竜司と深夜のドボン飯
深夜、竜司は突然「カップ麺食いてえな」と思った。
スマホの画面をつついて、時計をちらっと見る。見事なまでの深夜2時である。ウーム。
いまからカップ麺を食べるのは明らかに肌によくない気しかしない。いちおう女装の配信者をやっているのだから、「肌は大事だヨ」と先輩配信者の寧々子によく言われるのを気にしたほうがいいかもしれない。
寧々子はすごいのだ、竜司の美容に関する悩みをビシリと解決してくれる。
たとえば「ニキビがやべぇんスよ」と言えば「ビタミン摂ってよく寝な、脂っこいもの食っちゃだめだぞ! あとお腹の調子よくないなら乳酸菌飲料を飲め!」と言われたので(特に腹の調子が悪いわけでないが)言われた通りにやってみると、見事にニキビが消し飛んだ。
ほかにも「ウィッグかぶっても男顔っつうかエラが気になるんスよ」と言うと、「フェイスシャドウで隠す! あとウィッグの横髪で誤魔化す!」と言われたのでウィッグの横髪を巻いてエラにもシャドウをはたいたところ、見事に女装のクオリティが向上した。
なおこういう話は憧れの人のノアにはできていない。なんというかノアは美しすぎて、誤魔化す必要がないからだ。そういう、「美しいフリ」をするのはノアとは縁遠い。ノアとは親しくなりたいが、気軽に美容の話をする相手ではない、という認識である。
ウーム。
カップ麺、食べたい。
でも美容に悪そうだ。
でも深夜の腹減りティーンエイジャーに、カップ麺を我慢しろというのが無理な話でないか。
おかしいな。
夕飯にガッツリ、スパイスドバドバのビリヤニ炊いて食ったのにな。
とりあえずむくり、と布団から起き上がる。
カップ麺などを収納しているちょっとした戸を開けると、中からはスープ春雨のカップがいくつか出てきた。おそらく夜中にジャンクなものを食べたくなったときへの対策として、カロリーのかわいいスープ春雨を突っ込んだのだろう。
昔の自分、まあ言うて1週間前くらいの自分の美意識に一瞬イラッとしながら物色すると、かろうじてワンタン入りのやつがでてきた。それに入れるお湯を電気ケトルで沸かしながら、静かにスクワットする。
まあ、ワンタンが入っているなら春雨でもいいや。そういや九州にはチャンポンだかタンメンだかの麺が春雨になっているタイピーエンなる料理があるらしいな。ちょっと食べてみたいけど九州は遠いな。秋田とどっちが近いんだろう。
電気ケトルのランプが保温に切り替わった。わくわくとカップ春雨に注ぐ。ニコニコしてふたをして、3分待ってズルズルっとすする。うまい。
……これに白飯ドボンしたいな。
いやだめだ、さすがにそれはだめだ。明日の肌のコンディションにかかわる。
しかし心とは裏腹に手は冷凍庫に伸び、おにぎり状にして冷凍しておいた白飯を取り出し、素早くレンチンして、カップ春雨のカップにドボンしていた。
おお神よ……罪深いおれを許したまえ……というような気持ちで、竜司はドボン飯をすすった。
しかしうまい、喜びが胃に流れ込んでくるぞ!! 深夜のアパートで、竜司は一人小躍りした。
すっかり目が覚めてしまった。画面バッキバキのスマホをぽちぽちいじる。ボヤイターを観ると寧々子が深夜番組を眺めているようで、ぽつぽつとタグをつけたポストをしていた。
なんかおもすれぇこと書きてえな。
地元の訛り全開でそう呟いてから、「おお神よ、深夜にカップ春雨作って白飯ドボンして食べたおれをお許しください すごくおいしかったです」とポストしてみる。
寧々子からリプライが飛んできた。
「わかる……いまあたしカウチポテト族やってた カウチないけど」
カウチポテト族ズのはゴロシャロ寝っ転がりながらポテチぼりぼり食べるやったが?
訛り全開でそんなふうに考えて、くひひ、と笑う。
「明日の肌荒れが楽しみっスね」
「肌荒れバッチコ〜イ」
とても嬉しくなった。美容の師匠がこれなのだから自分のカップ春雨ドボン飯なんてかわいいかわいい。
◇◇◇◇
翌朝、竜司は打ち合わせで決まっていたダンジョンのゲートでさささっとメイクをし、戦闘用女装装備を身につけ、ウィッグを被っていた。
子供のころ、プニキュアシリーズという女の子が戦うアニメを毎週夢中で観ていたので、かわいい格好をして戦うというのはずっとずっと憧れだった。
男が可愛い服装をする、ということを、地元の大人たちはいっさい理解しようとしなかった。オタクの兄が「竜司の好きなようにやらへればいいべした」と言ってくれたのがせいぜいだ。
特に肌荒れはしていない。可愛くドレスアップして、気持ちは戦うヒロインである。まあ波動拳を出して魔物をぶっ飛ばしまくるのであるが。
「おはよー竜司くん」
「おはようございます!」
ダウナーなノリで近づいてきた先輩、寧々子と、そのコレ(親指の猥褻なハンドサイン)の蓮太郎に挨拶する。寧々子の額をよく見るとコンシーラーで誤魔化した肌荒れの痕跡があった。
「ほらほらあんましペコペコするとウイッグとれちゃうぞ?」
「おはようございますー」
ノアが現れた。竜司は背筋をぴんっと伸ばす。
「おはようございますっ!!!!」
「げ、元気でいいですね……じゃあ、配信回しますか」
きょうも、ダンジョンの1日が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます