第2話 オオカミさんに狙われてる…?


 いやあ、視線で肩に穴が開くかと思ったよ。

 何はともあれ、放課後。

 とくに部活動に所属していないので、部室に行くでもなく、かといってさっさと帰るわけでもなく、僕は図書室で時間を潰す。

 一時間ほどダラダラと過ごして、教室に戻る。たぶん、もう誰もいないはず。

 教室の引き戸をそっと引いて中を覗きこむ。よかった。誰もない。

 自分の机に鞄を置いて、中からハードケースを取り出す。ケースを開けて中から取りだしたのは、マイクとレコーダー。

 そう。僕はこれから音の収録をする。

 なんのために? って言われると答えにくいけど……まあ、趣味だよ趣味。


「ん~……窓際にしよ」


 レコーダーに接続したマイクを、誰かが開けたままにしていった窓際に設置する。

 レコーダーにヘッドホンのジャックを差しこむと、マイクが拾った音が耳に流れ込んでくる。


 目をつぶり、音に「目を凝らす」。

 漫画の一コマを切り取ったような、あるいは映画のワンシーンを切り取ったような、断片的だけど、鮮烈なイメージが頭の中で再現される。


 校舎裏で譜面台を立て、音出しに勤しむ吹奏楽部員。駐輪場で自転車のロックを外す帰宅部。乱暴に閉めた下駄箱の扉が跳ね返って半開きになる。「しつれいしまーす」が職員室の戸を開く。グラウンド脇の国道を救急車がドップラーして、サッカー部のがなり声と軽音部のエレキギターが肩をぶつけていがみ合い————


 ガラッ!


 教室の戸が開いた。

 とっさに机に突っ伏した。

 人の気配が、戸のところで止まっている。歩き出した。一人。ああ、この足音と制服の布擦れは女子だな。あれ、ちょ、こっち来るんだけど……

 気配が止まる。

 いや、あの……近。

 その距離、一メートル圏内。

 心なしか、いつもとなりの席から漂ってくるシャンプーの匂いがする気がした。

 首筋に、じわっと汗が滲む。まるでそこだけにレーザー光線が当てられたように。

 ヤバい。ヤバいよ……

 いま、僕の隣に、オオカミさん(捕食者)がいる。


「……オイ」


 ひぃいい! やっぱりオオカミさんだぁあ……!!


 身体が跳ねそうになるのをなんとか堪えた。え、すごい。マジで自分を褒めてあげたい。

 机に突っ伏したまま、僕は狸寝入りを続ける。 


「オイ、起きてんだろ、分かってンぞ」


 バレてる!? いや、これはブラフ、引っかかるな!


「すぅ……ふすぅ~……」


 「何それ」って? 渾身こんしんの寝息ですけど。


「……ほんとに寝てる?」


 ほら! ホラホラ! オオカミさんも気づいてない!


古日辻こひつじ朝陽あさひ〜……?」


 ……あれ? ひょっとして僕いま、はじめてオオカミさんにフルネーム呼ばれたんじゃ……?


「……ごくっ」


 え、なんで生唾飲むの……?

 あ、あ、ま、まさか……僕ここで喰い殺されますか? し、しまっ……!


「……かわいっ♡」

 ……ん!?

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