第2話 文章の自動生成
一ノ瀬亜紀は、鈴木和子のスマホに登録されている彼女の日記の最後のページを見せながら、金田正太郎に今までの経緯を話し始める。
和子が自殺した理由は、付き合い当初から優しい言葉を投げていた田所某からの、突然の心変わりによる誹謗中傷のはずだと。
しかし、そもそも田所真一は、転出直後に亡くなっている。なのに、和子はそれを知らず既に死んでいるはずの彼とやり取りを続けていたことになる。
じゃあ、和子が連絡を取っていたのは誰なのか?
「うーん、彼女と幻の彼との連絡方法がわからないと一歩も先に進まないしなぁ」
正太郎は頭の後ろに両手を組んで、背中を大学会館の安そうな椅子に押し付けて、天井を見上げる。大学会館の天井はコンクリートの打ちっぱなしで、気持ちよいほど高いが埃だらけでもある。
「これかしら?」
スマホに登録されているアプリのリストを眺めていた亜紀が自信なさげに声を上げる。彼女が示した画面の片隅には、『みんなの交換日記』のタイトル文字と日記帳をイメージしたアイコンがおかれていた。
「ああ、これね。最近有名になったけど、結構昔からある、非公開なSNSだよね。確か、許可された特定の相手とだけチャットやメール、日記形式の文章のやり取りができるやつでしょ? でも、ユーザーIDがスマホに保存されていても、パスワードがわからなければ開けないよ」
探し物を見つけて嬉しそうにしている亜紀とは対照的に、少し憂うつそうな正太郎は悲観的に答える。
「それは、大丈夫だよ。多分だけど」
そういうと、亜紀は立ち上げた交換日記アプリのパスワードの欄に、おもむろに自分の名前を打ち込む。
ぴよん、ぴょん!
可愛らしいオープニング動画の後に、交換日記アプリのマイホームページが現れる。そこには、和子が飛び降りた日の前日までの田村との赤裸々なやり取りが記録されていた。
「え? すごいじゃん、アキちゃん。君、彼女のパスワード知ってたんだ。デジタル世界では、パスワードを知っている人間は当人と同じとみなされちゃうからね」
正太郎は驚きを隠せないようにして、椅子から立ち上がると、亜紀の持っているスマホ画面の交換日記アプリをのぞき込む。
* * *
「これ、ひどい」
「すごいな、ここまで書くのか」
その画面に描かれた内容を見て、二人とも声を上げることさえできなかった。
スマホの小さな画面を二人で共有するわけにもいかず、彼らは大学の図書館の閲覧室に置いてあるパソコンに移動すると、そこで再び交換日記の画面を呼び出した。交換日記アプリは、交換日記の内容を、パソコンのブラウザからも呼び出せる機能があったからだ。
彼、田所真一と彼女、鈴木和子は、どうやら高校卒業前の彼の転校直後からこの交換日記を使い始めたようだった。
最初は、彼の病気の症状に気を遣う彼女の心配そうな言葉と、それに応える彼との幼くも真摯なやり取りが続いていた。
しかし、ある時を境に、病気の内容よりも将来の希望の話が増えていく。
病気が治ったら、二人だけで出かけたいね、とか。
今年封切りの洋画は何を見たい、とか。
そして、最後の数週間は、悪意のこもった文字が彼女宛に送られる。最初、彼女は必死にその文字を押し返そうとする。しかし、やがては、その悪意に飲み込まれるように、自虐的な言葉で、その悪意を受け入れるようになっていく。
「ふうー。男女の関係って、ここまでひどくなるのかい? 僕には想像もできないよ」
「わ、わ、私だって。男女の関係になったことないもの。そんなこと言われても、も、分からないわよ」
悲しそうな正太郎の質問に、なぜか顔を赤らめて戸惑うように答える亜紀。
「ちっ、ちっ、ちっ──。君たち、だめだよ。こんな図書館みたいな勉学の場所で イチャイチャしちゃあ」
彼らの背後から、落ち着いた渋めの声が、彼らのもやもやとした雰囲気を壊すように入り込む。
「あ、先生! いやだなあ、僕たちイチャイチャなんかしてませんよ。そもそも、僕たち、恋人でもなんでもない、幼馴染なだけで。まあ、そう、言わば腐れ縁なんですから」
「おや、それは申し訳ないね。でも、僕の育った国では、そんな関係をステディって言うんだけどね」
赤いジャケットにグリーンのパンツのいでたちで、すらりとした長身を印象付ける黒髪長髪の青年は、父親譲りの青い目をウインクさせてニヤリと笑った。
「彼女だね、いつも君が話題にする明るくてちょっと走り気味の幼馴染くんは。よろしくね、ミス、アキ。私は、ジャック、ジュニア、豊橋です。彼が所属する研究室の客員教授です。去年まではMITで人工知能の研究をしていました」
そういって、ひょろっとした長い指の右手をゆっくり差し出して来る。亜紀は、慌てて右手を出すと、彼の右手に重ねる。
「ねえ、正太郎。君たちの背後からちらりと見させてもらったけど、その文章、もしかしたら人工的に作成されてたり、だよ」
「え? 先生、それって……」
亜紀といつまでも握手しながら、そういえば、と思い返したように教授は正太郎に向かって声をかける。
「だって、その交換日記を書いたであろう人間はすでに亡くなっているんだろう? それなのに、交際相手の女性が違和感なく交換日記を続けるなんて、普通じゃ無理だ。彼が今まで書いてきた文章をベースにして、人工知能の応用である生成AIが文章を作り続けてきたというのが現実的な解だとおもうよ」
「先生、それじゃあ、研究室のサーバーを使って、これが本当に生成AIが作成した文章なのか、そしてどこの開発チームの生成AIなのかを識別できますね」
交換日記の謎について教授に指摘された正太郎は、思い出したように立ち上がると、教授から引きはがした亜紀の手を引いて閲覧室を急いで出ようとする。
「おいおい、教授の私を置いてかないでくれよう。今は君の卒論テーマかもしれないけど、あの識別サーバーは、僕の研究内容の一部なんだからね」
正太郎と亜紀を追いかけるように、そして何か面白いものを見つけた時の子供のように、教授は少し速足で彼らを追いかける。
* * *
「へー、生成AIにも個性があるんだ」
「いや、個性は無いよ。彼ら生成AIは、予めプログラムされたルールに従って、ネットワークの海の中から単語や文章を引っ張り出して、もっともらしく組み立てなおすだけだからね」
研究室に入った二人は、サーバー室のガラスのトビラを開ける。中からは高性能スパーコンピュータを冷却する冷気がサーっと流れてくる。
「でもでも、それじゃあ、どの生成AIでも同じ文章になっちゃうでしょ?」
「そう、まさにそこさ。生成AIが持っているルールには開発チームによって違いがあるんだよ。例えば辞典にも、四省堂や中学館、学公研究社とか、色々とあるだろ? どの辞書も正しい内容が乗っているけど、詳細は異なるじゃないか。あれと同じだよ」
正太郎は端末の前に座ると、亜紀から受け取った交換日記の全文章が入ったUSBメモリを受け取り、端末横の接続口に差し込む。
「そうか、生成された文章から、どのAIが使っているルールかを推測するのね! そうすれば、その文章がどこで開発した生成AIか創り出したわかっちゃう」
「うん、そうだよ。そのとおり。そして、同じように、人間が作成する文章にもその作成者固有のルールがある。だけど、生成AIと違うのは、そのルールに人間としての『揺らぎ』があるんだ。普通は、その揺らぎが人間の個性になるだけどね」
USBメモリの文章をサーバーにアップロードしながら、正太郎は素早く生成AI検索の準備を始める。亜紀は彼の後ろから彼の高速タイピングを見守る。
「なるほど、文章からルールを調べて、揺らぎがあれば人間が書いたことになり、揺らぎがなければ、そのルールを使ってる生成AIを探す、そういう作業なのね」
パチパチ!
少し息を切らせた教授が、大きく拍手しながら研究室に戻ってくる。
「そのとおりですよ、ミス亜紀。君美人で活発で聡明だね。ぜひ、僕の研究室に来ないかい?」
教授の発言を無視した二人は、研究室の端末に、交換日記の文章を送り込み、その結果を待つ。
ぴぽ!
画面を流れてくる多量の文章データと計算過程が止まる。
そして、最後に現れた結果見て、亜紀と正太郎はゴクリと息をのんだ。
──文章は生成AIによるものと推定されます。
──創作した生成AIは、株式会社ドワンコ。
「確か、株式会社ドワンコって、和子と真一が利用していた交換日記アプリを運用している会社だよな」
「うん、そうだね」
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