セプテム・テラ~騎士団長、クビになったので第二の人生はのんびりする~

みっくすナッツ

第1話 騎士団長、クビになる

「アーサー=リベル、よく聞くがいい。そなたをコルヌ国・王立天馬騎士団(ペガサスナイツ)騎士団長の任から解く」

「……はい?」

「要するにクビだ。今日限りでな」


 俺は呆気にとられ、しばらく放心していた。

 どういうことだ? 俺が、騎士団長をクビ? 

 ……一体なぜ。


 軍務卿から下された、あまりに突然の解雇宣告。

 これといって思い当たる節もない。

 いやむしろ、これっぽっちも、まったくない。


 自分で言うのもなんだが、これまで真面目に騎士団長の務めを果たしてきた。

 現に今日も、こうして軍務卿の執務室に呼び出されるまで、天馬騎士団(ペガサスナイツ)の訓練に励んでいたくらいだ。

 そのため、俺は泥のついた甲冑(プレートアーマー)を装着し、右手には脱いだばかりの兜を抱えていた。

 それなのに……騎士団長をクビ。

 あまりにも寝耳に水で、思わずその兜を落っことしそうになる。


 二十歳の特に騎士となり、二十四歳の時に騎士団長となった。それから十六年。

 コルヌ王国と天馬騎士団(ペガサスナイツ)に身も心も捧げてきた、そのつもりだったのだが。


「差し出がましいようで恐縮ですが、私が解任されたその理由をお伺いしても?」

 感情的になっても仕方がない。まずは事情を把握しなければ。

 俺は髭の生えた己の顎に手をやった。何かを考える時、よくやる癖だった。

 慎重に尋ねると、俺の直属の上司であるコルヌ王国軍務卿、インぺリウム公爵は困ったように顔をしかめる。


「アルカナム王の決められたことだ。私にはその真意までは分からん。だが最近、このウィリディス城内である噂が流れている。いわく、王はコルヌ国王立騎士団の大幅な再編成を行うおつもりらしい」

「騎士団の再編成……ですか。それはどのような?」

「うむ……それがな。現在コルヌ国騎士団の中核を担う天馬騎士団(ペガサスナイツ)を縮小し、新たに魔術騎士団を創設するという計画のようだ」


「魔術騎士団……⁉ しかし、天馬騎士団(ペガサスナイツ)はコルヌ王国のいわば象徴であり、最も戦果を挙げてきた騎士団でもあります‼ そう簡単に数を減らすべきではないのではありませんか⁉ それに、そもそもの問題として、魔術騎士団を構成する魔術師の数は……‼」

 思わず声を荒げると、軍務卿は片手をあげ俺の言葉を制す。


「分かっておる。魔術師の数は少ない。それ故に集団化や団体化には不向きだと考えられてきた。……しかしアーサー、時代が変わったのだ。そなたもアスピダ戦役を覚えているだろう? 隣国であるカルディアが魔術師軍団を投入してきた、あの地獄のような戦争を」

「それは……!」


 覚えているに決まっている。

 アスピダ戦役というのは、我がコルヌ王国と隣国であるカルディア王国との国境沿いで起こった戦争のことだ。もう、十六年近く前のことになる。


 俺の人生はあの戦役で大きく変わった。

 あの戦争での働きが認められて俺は天馬騎士団(ペガサスナイツ)の騎士団長となり、そして同時に大事な人を失った。

 心から想いを寄せていた最愛の女性(ひと)を。


「――アスピダ戦役で我らコルヌ王立騎士団と天馬騎士団(ペガサスナイツ)は、カルディアの魔術師軍団によって絶体絶命の危機に陥るほど苦戦させられた。全身全霊をかけた死闘の末、からくも我が軍が勝利を収めたが、一歩間違えれば領土を失うところだったかもしれん。

 先代の王、キュクノス様の時代にも魔術騎士団を創設する話が取り上げられたことはあったが、キュクノス王の判断により却下されたという。キュクノス王は天馬騎士団(ペガサスナイツ)を中心とした従来の騎士団の体制を支持しておられたからな。それが変わったのはキュクノス王が崩御され、新しい王……アルカナム王が王位を継承なさった頃だ。

 新王であるアルカナム王は魔術騎士団の創設に非常に意欲的になっておられる。これからは我がコルヌ王国でも魔術師の兵士を育てねば、いずれカルディアに侵略されるのではないかと憂いておられるのだ。もちろん魔術師ならではの課題も多く、魔術騎士団創設のために越えなければならないハードルが非常に高いということもご承知で、それでもこれからは魔法騎士団が必要だと判断されたのだろう」

「……」


 そういえば、ここ最近、このウィリディス城内で妙な者たちを何度か見かけたな。全身を真っ黒いローブで包み、顔には奇妙な白い仮面をしていた。目の辺りだけ隠すタイプのドミノマスクだ。

 ひょっとして彼らは、王によって招かれた魔術師だったのだろうか。


 俺は普段、騎士団の団舎に詰めていて、城の方にはあまり出入りしない。城は無駄に広いし堅苦しいしで、どうにも苦手意識があったからだ。

 だがこんなことになるなら、もう少し頻繁に様子を見ておけば良かったな。

 後悔に駆られていると、軍務卿も声を落とす。


「それに……これはあくまで私の憶測にすぎぬが、私とそなたは先代の王、キュクノス様の忠臣であった。そのことも少々、関係しておるのやも知れぬ。新王であるアルカナム王にしてみれば、御父上と縁の深い家臣が今も要職に就いているのは、何かとやりにくいと感じられておるのやもしれぬな」

「インぺリウム公爵……」

「他にも外務卿や財務協など、複数の養殖で人員の交代が囁かれている。かくいう私も、いずれ軍務卿を解任されるだろう。……このようなことになってすまぬな、アーサー。長年、天馬騎士団(ペガサスナイツ)を支えてくれたそなたを、私は守ることができなかった……!」

 そう言って軍務卿インぺリウム公爵は肩を落とした。

 この人の元で働いて十余年。ここまで弱気になった軍務卿を、俺は初めて見た。


 ああ、そういうことか。

 俺は悟った。

 もう、この現実はどうにもならないのだ、と。


 騎士団を巡る戦略の変化、そして王の世代交代。

 インぺリウム公爵の言った通り、時代が変わったのだ。そしてどんなに願っても、もう二度と元には戻らない。誰かが悪いわけでもないし、良からぬ陰謀が張り巡らされたわけでもない。

 はっきりしていることはただ一つ。

 俺たちの時代は終わったということだ。

 ただ、それが分かると、却ってはっきり諦めがついた。


「顔をお上げください、インぺリウム公爵。そのようなお心遣いを賜り、このアーサー=リベル、深く感謝しております。なに、誰しもがいつかは勤めていた職を退くもの。私の場合はそれが他の者より少々早かったということでしょう」

「アーサー……」

「願わくば、最後にアルカナム王に拝謁いたしたいのですが……」

「それは難しいだろう。陛下はこのところ様子がおかしい。ごく少数の限られた臣下にしかお会いにならぬのだ。以前はそれほど極端なことはなさらなかったのに……。何か陛下の身にあったのではないかと我らもご案じ申し上げているのだが」


 軍務卿も困り果てた様子だった。

 はっきり言って、俺は政治に疎い。もともとややこしい人間関係は苦手だし、さして興味もない。だから、コルヌ王国の中心であるこのウィリディス城で何が起きているか、想像もつかなかった。

 ただ、俺は軍務卿インぺリウム公爵に恩がある。この方に取り立ててもらったからこそ、長く騎士団長を務めることができた。であればこそ、これ以上、困らせるべきではないだろう。


「いえ、出過ぎたことを申しました。今の言葉は忘れてください。老兵はただ消えゆくのみです」

 自分としてはまだ現役を続けられるつもりだ。昔に比べれば老いたとはいえ、まだまだ四十歳。若い奴らに負けるつもりもない。

 だが、どれだけやる気があっても、求められないのであれば意味がなかった。

 

 軍務卿インぺリウム公爵は複雑そうな表情で俺を見つめる。そして、コホンと小さく咳をすると、改めて俺に尋ねた。

「……つかぬことを尋ねるが、この後はどうするつもりだ、アーサー?」

「そうですね……体が動くうちにレティシアへ会いに行きたいと思っています」

 すると軍務卿は深く頷く。

「レティシア=ファトゥム……《白銀(しろがね)の戦乙女》か。彼女の働きがあったからこそ、あの悪夢のようなアスピダ戦役を戦い抜き、我がコルヌ王国が勝利を収めることができた。彼女が生きていれば、きっと我がコルヌ王国と天馬騎士団(ペガサスナイツ)はさらなる繁栄を誇ったことであろう」

「ええ、そうですね。レティシアは優れた騎士でしたから」

「彼女は確か、ヴェントレ王国出身であったな。大いに偲んでやるといい」

「はい」


 レティシアはコルヌ王国騎士学校の騎士学生(エクスワイア)だった頃から成績優秀で、天馬騎士団(ペガサスナイツ)となった後も将来を期待されていた。

 また、甲冑をまとった姿も凛として美しく、多くの騎士たちから憧憬と尊敬を集め《白銀(しろがね)の戦乙女》と呼ばれた。

 一方、騎士学生(エクスワイア)時代にレティシアと首席を争った俺には、《赤髪の戦鬼》という異名がつけられた。由来は文字通り、燃えるようなこの赤い髪だ。この世界で赤髪はとても珍しい。


 ただ、《白銀(しろがね)の戦乙女》の名を口にする時とは違い、仲間の騎士たちが俺を《赤髪の戦鬼》と呼ぶ時はたいていからかったり軽口を言う時だった。

 だが、俺がそのことを気にしたり、怒ったことはない。

 その軽口の中に、いつもレティシアと共に肩を並べる俺に対しての嫉妬や羨望も含まれていることに気づいていたからだ。


 あの時はいつまでもそれが続くのだと思っていた。

 レティシアと共に天馬騎士団(ペガサスナイツ)を支えていくのだと、信じて疑わなかった。

 だが、結果はこの通りだ。

 レティシアはとうにこの世を去り、俺は問答無用で騎士団長をクビになった。

 人生とは本当に何が起きるか分からない。


 軍務卿は深々とため息をつきつつ、言葉を続ける。

「それに……王のご不興を買った可能性も捨てきれぬ以上、そなたが国を出た方が当面はいろいろと丸く収まるやもしれぬな」

「……」

 軍務卿が善意でそう言ってくれているのは分かっていた。だが、王の不興を買った理由には全く心当たりがなく、俺は途方に暮れるしかない。

 自らコルヌ王国を出てヴェントレ王国へ向かう選択したとはいえ、こんな国外逃亡しなければならないほどのことを仕出かした覚えは一切ないのだが。


 訳が分からないのは軍務卿も同じらしく、縋るような目を俺に向ける。

「このようなことになってしまったが、アーサー、これだけは忘れないでくれ。私はそなたを心から信頼しているということを」

「クリフト様……!」

「そなたは若い騎士たちにも慕われている。ゆくゆくは後進の育成に注力して欲しい。役職は私が何とか用意しよう。だから……必ず戻ってこい、アーサー。待っているからな」


 インぺリウム公爵の言葉は素直に嬉しかった。アルカナム王の信頼は得られなかったかもしれないが、少なくとも同僚や上司には恵まれた。

 それだけで俺は幸せ者だ。

「ええ、必ず。お約束します」

 最後に深く一礼すると、俺はインぺリウム公爵の元を辞した。


 ウィリディス城は石造りの堅牢な城であるため、昼間でもとても薄暗い。だが、今日はとりわけほの暗く、寒々しいように感じた。

 この城に登城するのもこれで最後か。

 そう考えると、急に見知らぬ場所に迷い込んだかのような余所余所しさを感じる。 


 本来なら、これから騎士団のみなに事情を告げ、あいさつの一つでもすべきなのだろう。だが、性分として湿っぽいのは好きではない。

 それに突然の解任で部下を動揺させたくもなかった。

 うちの天馬騎士団(ペガサスナイツ)は団結力が強みだ。俺が不本意な解任をされたと知られればあらぬ憶測が飛び交うだろうし、王に対して不信感を抱く者も出るかもしれない。

 それは俺も望んでいないし、何よりそんな事で天馬騎士団(ペガサスナイツ)の誇りである団結力を弱めたくなかった。

 新しい騎士団長もすぐに指名されるだろうし、うちにはしっかりした副団長がいるから引き継ぎも心配ない。

 そもそも俺は王にクビを言い渡された身だ。

 無駄に混乱を引き起こさないためにも、ここは静かに立ち去るべきだろう。


 それに正直なところ、俺自身もまだ少し混乱していた。

 突然、騎士団長をクビになった現実を受け止め切れていなかった。

 何せ、つい先ほどまで天馬(ペガサス)にまたがって訓練を行っていたくらいなのだ。あまりにも急すぎる。

 そんな状態で不用意な言動などして無様を晒したくない。

 立つ鳥、後を濁さずだ。


 結果として、俺は騎士団の仲間には黙って荷物をまとめ、騎士団の団舎を引き払うことに決めた。

 

 城内を進むにつれ、あちこちに黒いローブの者たちの姿が見られた。みな気味の悪い仮面を被っており、素顔は全く分からない。

(……あれが陛下の招いた魔術師か。随分と数が増えてやがるな……)

 普段、俺は任務で外に出ていることが多く、登城するのは軍務卿に呼び出されるか陛下に謁見する時くらいだった。だから場内でここまで魔術師たちが我が物顔で振舞っているとは知らなかった。

(所詮、クビになった身だ。どうすることもできないが……そうは言っても気になるな)

 不審に思いつつも、俺は城を立ち去る。


 城外に出ると、改めてウィリディス城を見上げた。

 コルヌ王国の中心である、飾り気はないが荘厳な城。

 城自体が一つ巨石のようにどっしりとしており、その足元に広がる王都の街並みを見下ろしている。

 石造りの白い壁に青い尖塔がいくつも聳え立っており、その上には緑の地に天馬と剣をあしらったコルヌ王国の国旗がはためいていた。

 

 天馬と剣、どちらもコルヌ王国の象徴だ。


 その旗のさらに上空、よく晴れた青空の元で天馬(ペガサス)たちが飛んでいるのも見えた。

 天馬騎士(ペガサスナイト)の駆る天馬たちは隊列を組み、整然と飛行していく。編隊での飛行訓練を行っているのだろう。

 一糸乱れぬ、美しい隊列。

 天馬たちの真っ白な翼が陽光を受け、光り輝いている。

 俺があの中に加わることはもう二度とない。天馬(ペガサス)にまたがって空を翔けることも、騎士の仲間たちと酒を酌み交わすこともない。

 あまりにも呆気ない騎士生活の終わりだった。

 後ろ向きな考えは好きではないが、さすがに虚無感がこみあげてくる。

 俺の人生とは何だったのか。騎士団長として己の全てを捧げたことは誤りだったのだろうか。


 積み上げる時はあれほど苦労したのに、失うのはあっという間だ。

 あっという間に、両手から零れ落ちる。


 思わず溜め息が漏れた、その時。

「先生!」

 振り返ると、一人の少女が城の方から走って来た。まだ十二歳くらいで、コルヌ王国騎士学校の制服を着ている。

 騎士見習い(エクスワイア)のイリーナ=グレイスだ。

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